
1995年に家内は日本ソムリエ協会の試験に合格し、ソムリエとなったがその年は丁度 田崎真也さんがソムリエ世界一になった年であったので、赤坂プリンスで行われた祝賀会にも家内と一緒にソムリエ協会経由招待されて参上した。
その後しばらくたってそう、デジプリを創業して3-4年くらい経ったときであった。
当時デジプリの常勤監査役であった伊藤忠OBより、田崎真也さんのワインバー「カノン」を紹介してもらったのである。そのときその監査役は「ワインバーに行ったらきれいな女の人がいて似顔絵を描いてもらった」とナプキンを差し出したがそこには「川島直美」のサインが、あった。監査役は川嶋さんを知らなかったのであった。
カノンの店長の野田幹子氏はシンガーソングライターで、デビュー曲である「太陽・神様・少年」を知っており、しかもカノンは私が大好きな「石垣ビール」(特にバイッツエン)が置いてある店と初めて唯一の店としても印象が強かった。
デジプリでは「結婚報告はがき」をひとつの主力商品としていたので、実は写真にも造詣の深い田崎さんに写真コンテストの審査員をお願いしたのである。この写真はその最終選考会の模様である。ちなみにデジプリの後に田崎さんは富士フィルムの写真コンテストの審査員もされていらっしゃいました。
田崎さんは写真を見て撮られた情景や映っている人の心情をワインの講釈のような語り口で見事に語られ、一芸に秀でている人はどんな場合でも才能を発揮すると感心したものである。
ある年のグランプリの写真を結婚専門誌「ゼクシイ」で発表したところ、翌年からその構図の写真の注文が格段に増えた。結婚写真を撮っているカメラマンがこぞってその構図を採用し始めたのである。上からガーデンに立っている参加者の写真を撮った構図であるが田崎さんの選考理由は「この写真に写っている人の中にはつくり笑顔がなくみんなが本当に幸せそうな顔をしている」というものであった。
グランプリ受賞者に連絡を取るとやはりその背景があった。
「あの写真は披露宴の時に非常にいい雰囲気になり、どうしても全員で記念写真が撮りたかったので、仕方なく披露宴を中断して庭に出てもらい、カメラマンに上からとってもらった写真」とのこと。
写真を見ただけでずばり当ててしまう田崎さんがソムリエ世界一をとられたのも納得できるエピソードであった。
田崎さんとは最近でも年に数回お会いする機会があります。これからもよろしくお願いします!