定期レッスン休止中、このブログは私のグルメブログと化しております。
それは、震災や原発について、情勢や因果関係を正確に理解していない私が
ブログを通じ何かを発信する事は、あまりにおこがましいと思う故、あえて書かずにおりました。


ある問題に対して、一部の情報を持ち合わせていない私の考えは、実情にそぐわないかもしれない。

日々、たくさんの方がツイッターやフェイスブックで自身の考えを発信していますが、
考えや意見が異なっても、私自身は芯のぶれない気持ちを持っていれば、それで充分だと思っていました。


けれど、震災後の大変な状況である現実は紛れもない事実であり、地に足のついていないような内容ばかりを綴ることは自身の本意でないので、今日は震災について私が思うこと、行っている事を、少し書かせていただきたいと思います。


ご興味ない方や反論をお持ちの方も勿論いらっしゃるかと思いますので、以下は無視して下さいね。
一個人の考えとして捉えていただけると幸いです。


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震災後、5か月が経過しました。


地震で沢山の方が犠牲になり、悲惨な光景を映像を通じ目にする度に、この世のものとは思えぬ残酷さに
私自身、やり切れない悲しみと不安に落ち込む日々が続いていました。


そんな状況下において、『私は、何が出来る?』
『助けの手を差し伸べるならばどうすべきだろう?』


そんな事をひたすら考えていました。
けれど長い人生の歴史すべてを押し流されてしまった被災者の皆さんに対し、自分が出来る事など無に等しい。


況して、震災が起きた3月は、業務は過渡期真っ只中。
ボランティアとして被災地で緊急支援に駆けつける時間もなく、
僅かながらの支援物資を車に積み、区役所に持ち込むだけの些細なことしかできずにおりました。


  ・・・どれだけの人達が、今後過酷な運命を背負うのだろう。

     ・・・長く苦しい復興の日々から、脱却される日はいつくるのだろう。


ただ、ただ、胸が苦しくなり悶々とする日々を送っていました。


震災の被害を受けた人がいる傍らで、私達が美味しい食事を楽しんでいいのか、自分だけ遊んでいいのか、買い物をしていいのか、と考え悩みもしました。


けれど、”アクション無しに、何も始まらない。”ということを、ニュースや新聞を通じ沢山の方の意見を受ける機会を経て、気付かされました。

そして、経済の循環をよくする為に消費をしてお金を使う事こそが、僅でも自分にできる事なのだと確信しました。


心情的に、震災で被害を受けた人がいるから、自分も自粛したい気持ちは充分あります。
けれど、消費しなければ社会にお金が回らなくなってしまう。 
お金を被災地に回すためには、私達は、経済活動を止めてはいけないと思うのです。 


私は、震災後も以前と変わらぬ生活を送り、レジャーを楽しみ、美味しい食事をいただいています。

ですが、沢山の思いを胸に抱えいる今は、浮かれた気持ちが沸いていないのは、確かです。



そして、もうひとつ。私が大事と考え、行っていることがあります。

それは、”長期的な資金的支援”です。


政府の援助に比べ、一個人が支援できる額は僅かであることは重々承知の上です。

ですが、ミクロレベルな手助けもしなくてはいけない。必ず誰かの役に立てるときが来ると信じています。

政府の対応が迅速でないなら、尚更だと思うのです。。


私自身、東日本震災後は毎月収入の1割程度を寄付させていただいております。

復興に必要とされる資金に比べたら、それは僅かな金額です。

ですが、皆さんが被災者の方々に対し、息長く援助してく事こそが、一番大事なことだと考えています。

(今の時代は大変便利で、毎月インターネットバンクを通じて、定期預金のような感覚で、寄付をする事ができます。)


被災者した方の希望がたった一つでも叶いお役に立てますように、願いを込めて。。


今、何不自由なく過ごすことが出来る日々に心から感謝し、
当り前にある目の前の生活が、当り前ではなく、偶然の積み重ねの上に成り立っている事を忘れないために。


蛇足ですが、寄付するのは以下二箇所と決めています。
○震災で両親を失い孤児になった赤ちゃんや子供の成長を助ける為の募金
○日本赤十字社募金


私自身が出来る事など、本当にわずかで些細な事です。
自分は、物事や情報を表面的にしか、捉えられていないと思い知らされることも多々あります。
それでも、アクションを起こし、やり続けていかなければならないと思っています。


「正しきを知る」「手を差し伸べ続ける」「正しく伝える」


東日本大震災に対する思いを薄れさせることなく、強く持ち続けていこうと思います。