タスク2:振り返らない
2日目。
今回の目的を遂げるために出かける。
世界遺産で泳ぐこと。
美しい景色が世界遺産として認定されたわけじゃないけど。
片道2時間、徒歩でしか行くことができないジョンビーチを目指して出発。
海岸に原チャを停めて、山の中を入っていく。
思い返せばバカだなって思うけど、蛍光ピンクのビーサンで。
地図上では遊歩道ってなっているけど、ただの山道。
汗ぐっしょりになりながらひたすら山を登る。
ビーチで泳ぐために山を登るってどういうことかね、と思いながら。
山頂から見下ろすと海と空の境界線が見える。
太陽がジリジリ照りつけて暑いけど、空の青がきもちいい。
もうすぐかしらと思いながら山を降りる。
でもまだまだ。
誰もいない海岸をてくてく歩いてまた山に入る。
白い砂浜に足跡をつけていくのがきもちいい。
ジャングルみたいな山を2つ越えて、ようやくたどり着いたジョンビーチ。
これが世界遺産ってやつか。
暑くて暑くてたまらなくて、波も高いけどそんなのおかまいナシ!
青や黄色の魚を追いかけまわして。
海に浮かんでいると波に揺られてとろんとしちゃう。とろん。
贅沢な海水浴だな。
海から上がってお弁当を食べて、また歩いて帰るのだ。
とにかく歩く。
正直帰るのがめんどうだなと思わないでもないけど、そのうち歩くのが楽しくなってくる。
自分の身体で一歩一歩前に進む感じがするから。
頂上を目指してのぼるのも、ビーチをめざしてくだるのも自分の足。
一歩一歩着実にって、こういうことなのだなあと思った。
そういえば後ろを振り返らなかった。
前に進みたい気持ちが強すぎて、来た道を振り返ることはなかった。
おしまい。
タスク1:感じる
どうしたらいいのか。どうしたいのか。自分がわからない。
わからないことがあふれてしまって、モヤモヤだけがつもっていく。
このままじゃいられないので、旅に出ることにした。(ありがちな自分探しの旅・・・笑)
行き先はガラパゴス(東洋の)!
BONIN ISLANDS ―――
5年ぶり2度目の小笠原。
あのときも自分を見失っていたなってことを思い出したら、ため息が出た。
ぜんぶひっくるめて、いろいろ考えなきゃ。
前日(というより当日朝)は、流れ流れて六本木のクラブにいた。
朝焼けをぼーっと見ながら、今週朝焼けを見るのは何度目なのか数えてみた。
むむむ。
急病人の搬送で1日ちかく到着が遅れて、結局着いたのは朝5:30。
六本木の朝焼けから島の朝焼け。
そのギャップの激しさに笑った。
「あー来ちゃったよ」
寝ぼけた頭で海を見ていたら、今ここでいろいろ考えるべきなのか、またわからなくなりそうだった。
でもそんなモヤモヤばっかり抱えていても時間がただ過ぎていくだけ。
ぜんぶ水というか波に流してしまえー!!
原チャをレンタルして、とにかくすっ飛ばす。
とにかく人のいないところに行きたいなと、選んだのは島の南西に位置するコペペ海岸。
完全なる逃避行だけど、そうしたいんだからしょうがない。
1番ノリかと思いきや、家族連れがいてキャッキャはしゃぐ声が聞こえた。
ここは日本かと疑いたくなるくらいキレイな青い海。青い空。緑の山。白い砂浜。
そんな景色の中に立って頭に浮かぶのは、「ああ、キレイだなぁ」ってことだけ。
いろんな形容詞を並べることはできるけど、キレイだなってそれだけでいいと思った。
誰かになにかを伝えるわけじゃない。
今はただ、自分のなかをこのキレイな風景でいっぱいにしたい。
心ゆくまで泳いで、本を読んで、また泳いで。
時計もないから時間の感覚もない。
顔を上げるとキレイな青が見える。
「キレイだな」って言葉にするとアホみたいだけど、でも本当にそれしか出てこない。
自分しかいない、だから何も伝えなくていい。
ぜんぶそぎ落としたら、見たもの、感じたものだけになる。
考えちゃだめなんだってことに気がついた。
深く深くもっと深くって考えるしかないと思っていた。
でも答えはもっと上にあって、そこから遠ざかっていただけなのかもしれない。
答えはとってもシンプル。
考えない。
感じる。
おしまい。
ピリオドの打ち方
真っ白なノートにペンを走らせてみた。
手書きで書くのは実に中学生ぶりで、最初は気持ちよく進んでいたけれど、やっぱり途中でうまく文章が並んでいかないことにイライラしてしまう。
途中で放棄したあと、ピリオドの打ち方がわからない理由を考えてみた。
もう何年もピリオドが打てない症候群だから、今さら考えてもしょうがないのに。
でもふと思ったのは、「物語を終わらせたくないからじゃないか」ということ。
あ、それは大いにあるかも!
気づいてしまったら、あたしのピリオド症候群を笑っていたKさんと話がしたくなった。
案の定Kさんは深夜のスレッドのカウンターに座っていた。
「俺、今日は調子いいよ」というKさん。
ピリオドの打ち方について話をしたら、「それはプロじゃない」とKさんは言う。
たしかに。
そこから話が流れて、書くことがなぜ楽しいかという話になった。
妄想の世界を書けるからフィクションは楽しい。
主人公にも、登場人物の中の1人もなれる。
もちろんその全てにもなれる。
自分を映し出したキャラクターを書けば、自分を遠くから見ることもできる。
書く人はわりと妄想癖のある人が多いのかもしれない。
なぜあたしはピリオドを打てないのか。
ピリオドのない話ばかり書こうとするからだ。
終わりを迎えることができない物語を、あたしは書こうとしている。
書きたいのだけど、終わりたくはない。
その物語は続いているから。
妄想の世界を夢見ながら、終わりのない今を書いてばかり。
毎日続く日記みたいに。
ピリオドのない物語がたくさん溜まっているけれど、考えてみたらそのなかに楽しい物語はひとつもない。
救いようのない話ばかり。
というか、同じ話をいろんなアプローチで書き換えてるだけだけど。
それじゃ書くほうもストレスが溜まるわ。
このコンセプトで書くって頑なにこだわっていたけれど、そもそもそこが間違っていたのかも。
そういうのは向いてないって割り切ってみようかな。
これからは楽しい物語を書こうと思う。
妄想の世界に浸って。
それがピリオドの打ち方かもしれない。
おしまい。
ノルウェイの森
映画『ノルウェイの森』を観た。
村上春樹の小説『ノルウェイの森』は、あたしのなかでは曰くつきの本である。
1番最初に読んだ村上春樹の本で、村上春樹嫌いになった本だからだ。
そして紆余曲折を経て村上春樹がすきになって、再び読み返してすきになった本だ。
いかんせんすっかり村上さんのファンなので、(ハルキストって言うとマニアっぽいけど)
映画化にはいまいち喜べないのだけど、他の人の解釈のしかたとして観てみるかと思った。
でもはっきり言って、全然おもしろくなかった。あたしはまったく共感できなかった。
村上春樹の短編を映画化した『トニー滝谷』という映画がある。
市川準が監督で、主演はイッセー尾形と宮沢りえ。
この『トニー滝谷』は、こんな村上春樹の読み方もあるのだなと思えるような
わりとおだやかな気持ちで観られる映画だった。
だから『ノルウェイの森』もそんなふうに観れたらいいなと思っていたんだけど。
途中から「ああ、もうこんなんじゃないのに」と悶々として原作が猛烈に読みたくなって
読みたいという気持ちがおさまらないまま見続けたら
原作のシーンが頭にいっぱい浮かんできてしまって
ミドリの家にワタナベ君が遊びに行って、ふたりでごはんを食べるシーンで一時中断。
原作を読みはじめたらおなかが空いたので、ごはんを作ることにした。
村上春樹の小説には美味しい料理がいっぱい出てくるから、おなかが空くのだ。
ひじきの炊き込みごはんと揚げナスの味噌汁。
ひさしぶりに台所に立ったのだけど、なんだかほっとした。なんでだろう?
ごはんをもそもそ食べながら映画の続きを観る。
やっぱりどうもしっくりこなくて、最後まですっきりしないままに終わった。
読む人によって違うだろうなとは思うけど、こんな『ノルウェイの森』もあるのか。
すごく刺激的で、力強くて、握り締めたら割れちゃった。そんな感じだった。
おだやかで、さらさらしていて、掴もうとしても掴めない空気みたいな話だと思ってた。
むむむ・・・と思いながら、3杯目の炊き込みごはんを食べた。
『ノルウェイの森』★☆☆☆☆
おしまい。
記憶
妹が写真をはじめたのはなぜか深く聞いてみたことはない。
いつも仕事場の近くにあるギャラリーで写真展をやるので、できるだけ行くことにしている。
毎回お知らせしてくるというのは、やっぱり来てほしいってことなのかなと思うし。
アポなし突撃してみたら、案の定本人はいなかったのでささっと見て回った。
あれひょっとして、と思った写真はやっぱり妹のものだった。
写真の隣にテキストが添えてあって、それを読んだらちょっとじーんときた。
小学生の頃に行った写生大会で妹が描いたゾウの写真で、
テキストにはそのときのエピソードが書かれていた。
そういえばそんなことがあったなと、そのエピソードを読んで思い出した。
妹はゾウを描いて、あたしはフラミンゴを描いた。
とても暑い日で、汗をたらしながらフラミンゴをじーっと観察しては画用紙に向かう。
絵の具セットを並べた木陰のベンチとフラミンゴの池の前を何往復もした。
完成した絵がどんなものだったのか、どうしても思い出すことができない。
でも、太陽がじりじりと照りつけるなかフラミンゴを観察し続けた記憶だけが残っている。
やっぱり同じ空間で育ったのだなと思った。
妹が書いたエピソードの中には、父の言葉が出てきた。
「絵が上手い下手じゃない。どんな動物なのか見てこい」
父のその言葉は、あたしも今でもはっきりと覚えている。
父はそれを覚えているのだろうか。
おしまい。
マジックアワー
先週、四ッ谷・荒木町にあるマジックバー 八時に行った。
テーブルマジックとステージマジックを間近で見たら、もう大興奮!
手からカードが溢れてくるやつ、はじめて生で見たけどすごすぎる!
マジックって、なんでこんなに夢を与えてくれるんだろう。
テクニック系のマジックは、本当にマジシャンを尊敬する。
マジックグッズを揃えていたこともあるけど、テクニック系のほうがすき。
タネを理解したからといってできるかといえば、そうではないから。
練習を重ねて、ようやく完成したときが最高に楽しい。
最初に覚えたのは、ふじいあきらさんがよくやっている口からカード吐き出すマジック。
人に見せられるようになるまで2週間くらいかかった。不器用なので。
10中10成功しないと、人に見せても面白くないからって
鏡の前で毎晩欠かさず練習して、ああでもない、こうでもないって。
「カード吐き出しまくって、口の端が切れたんですけど」
っていうレベルまで練習した、あたしの定番マジック。
ゼミで撮った映画の中でも披露しているのだけど、あのときは緊張しすぎて
NG連発して、カードを吐き続けるNGシーンが20数カットあるけど笑。
もうひとつは、カードを消したり出したりするマジック。
カードマジックの基本であるコレができるようになったら他のも教えてあげるって
師匠に言われたので、これまた必死になって練習したわけだ。
「1にこうして、2にこう。3でこうなって、4で消える」
そんなこと言われたって、そうならないわけ、最初は。
これ、人に教えると「手が小さいからできない!」って言われるんだけど
あたしは極度に手が小さいから、大抵の人があたしより手が大きい。
これはもう練習の成果だなと思う。
今はドヤ顔で人に見せびらかしているけど、そりゃもういっぱい練習したんだから。
マジックバーで見せてもらった輪ゴムのマジックがシンプルなのに面白くて
「あれってどうなってるんですかね」ってスレッドで聞いたら、あっさり解決した。
でもこれまたテクニック系で、分かっているのにうまくできないから練習中。
我慢しきれなくて、「どう?どう?」って見せては失敗を重ねてるけど。
練習中、何本も輪ゴム切ってます。バチーーーーンってイタい・・・涙
でも、すきなことだから練習するのは、そんなに苦じゃない。
しかも人に見せるために練習するわけで、
完成したら「おお」ってなるんだから楽しいに決まってる。それがマジック。
練習は実を結ぶ。芸は人を助ける。ま、べつにマジシャンじゃないけどね。
おしまい。
Out of Kenya
例のごとくスレッドで遊んでいたら、ケニア人と仲良くなった。
現地の旅行会社で働いているそうで、ケニアについていろいろ教えてもらった。
アフリカ大陸=サファリなイメージしかなくて、知らないことだらけ。
初歩的すぎるけど「ケニアってどこ?」からはじまったくらい。
とにかく動物がいっぱい
天気がすごくイイ
キレイなホテルもいっぱいある
ホテルのまわりにも動物がくる
思っているほど動物は危険ではないらしい
テントのほうがよりスリリング
テントの中にはバスタブつきのシャワーとかベッドもあって快適
最近は日本人カップルがハネムーンでケニアに行くのが人気らしい
ケニア人は、英語、スワヒリ語、自分の民族の言葉の3カ国語はしゃべれる
日本からは飛行機で17時間くらい(直行便はない)
ビーチもあってリゾートとしてイタリア人やドイツ人に人気
フルーツが豊富で安い(オススメはマンゴーとパイナップル)
輸入用に栽培しているバラ園がある(現地の人はバラを贈ったりはしないらしい)
ケニア人はダンスが得意(実際に踊ってた)
お店はだいたい23時には閉まる。クラブやディスコは朝まで
人気のあるスポーツはサッカー(プレミアリーグは大人気)
動物園はあるわけない。でも動物孤児院はある
ざっとこんな感じだったと思う。
あまり良いイメージがないから、とくに若い人たちにもっとケニアの魅力を伝えたいと彼は言っていた。
話を聞いていると、ケニアがものすごく楽しそうだということが分かった。
スワヒリ語の「こんにちは」は「ジャンボ」というは知っていたのだけど
かなりテンション高めに「ジャンボ!ジャンボ!」と手を振りながら言うらしく
その国民性というかノリは、ぜひ生で体験しておきたい。おもしろい!
あと、ケニアのある民族は、子どもが生まれた場所や時間を表す名前をつけるんだとか。
道ばたで生まれたら、その道の名前をつけたり、朝生まれたら、朝っぽい名前にしたり
なんだか素敵じゃないか!そういうのすきだ。
「いつ来る?」と言われたけど、「う~ん」としか答えられないのが残念。
せっかく全部セッティングするって言ってくれたのに。ごめんね。
それにしても昨日はフランス人、今日はケニア人と外国人率高いな。
ちなみにどちらも日本語ペラペラなので、助かります。
おしまい。
夢落ち
ひさしぶりに衝撃的な夢をみて目が覚めた。
「あー夢でよかった」的なやつ。
昔から同じ夢を繰り返しみたり、ぶっとんだ夢をみたりすることがあって
ちょっと気になる夢をみたときは調べてみるのだけど、なるほどと思うことが多い。
深層心理というか気持ちが反映されていたり、変化の前兆だったり。
予知夢って言葉もあるくらいだから、夢占いの結果はわりと信じてしまう。
(星座占いとかの悪い結果は、すぐに忘れてしまうくらいあっさりな人間だけど)
怖い夢が必ずしも悪い暗示だったりしないところがおもしろいのだ。
読み解く人によって解釈も変わるけれど、夢そのものはその人しか見ないわけだし。
個人的にいえば、(良し悪しは別として)変化の前にはよく印象的な夢をみているから
ハっとする夢をみたあとは、身構えるってほどでもないけどシャキっとなる。
普段、自分のことを考えたりすることはあまりないけど
夢を受け取ったら、それなりに思い当たる節はあるわけで
そこを意識し出すと、まぁなにかしら変化は出てくるに決まってるんだけど。
ここのところしばらく記憶に残るような夢をみていなくて
ひさしぶりにみた夢が、うわっとなるくらいメッセージ性が強くてドキっとした。
しかもなんだかちょっと嫌な感じがして、起きたときは軽くテンパり気味だったのだけど
調べてみたら思っていたのとは違う暗示で、ちょっぴり安心。
(でも夢の中での感情まで含めると、また違う読みになるような気もする・・・)
身の回りをほったらかしだったところに、昨日友だちと深いトークをして
変な欲が出ているのかもしれないなと思いながら、とにかく気合を入れねばって
無意味に14cmヒール履いて、朝から翼はやして出勤とね。
ここ数日心の底からぼやっとしていたから、本当にシャキっとしないと。
とかそんなことを考えるきっかけにはなったか。シャキっとするしないは別だけど。
おしまい。
四ッ谷の真ん中で愛を叫ぶ
2日連チャンでNからお誘い電話がきたのに、タイミングが合わなくて延期。
がっかりしながらスレッドで飲んでいたら「これから行くー」だって。さすが!
4年前は週5で2人でスレッドにいたのに、働きはじめたらあっさり友情崩壊して(笑)
そして突然友情が復活。ちなみに金曜日に会ったばっかり。
ブランクはあるけど、その前があやしいぐらい濃すぎたせいか
のっけから腹割って話しましょ~や状態で、ぶっちゃけすぎた。
根本は変わらないから「こうなんでしょ」がお互い分かっていて本当にラクだ。
深いようで浅いトークをしていたら
「人生のターニングポイントはいつもスレッドにいる気がする」だって。
そう言われれば、いろいろ見ている気はする。全部見られている気もするけど。
でもそれだけさらけ出せる友だちがいてよかったーと深く深く思う。
なんだかすごく女子っぽい話だけど。
でもお互い「ちょっとオトナになったよね」って言えて(言えない部分もあるけど)
オトナにはそれがないのかと思ったら、ちょっぴり目からウロコ。
ほろ酔いながら「なんだかねぇ」とぼやいていたら
隣で飲んでいたフランス人が名言を放った。
「明日という字は、明るい日って書くんだよ(ハート)」
そうだよね。と言いながら、フランス人に日本語解説されたって爆笑したけど。
でも、明るい日を笑って迎えられるのは大事なこと。
ターニングポイントを越えるであろう強気なNを見ていたら
明るい日は笑顔で迎えられそうな気がした。
お決まりのスレッド→ジョナサンコースで、本日のまとめをして
明け方2時に四ッ谷の真ん中でハグして「ラブっ」を叫ぶ。
おしまい。
バーレスク
およよ。かっこいい!と思っていた『バーレスク』を見た。
バーレスクと言えば、ディタ・フォン・ティースだ。
コアントローの広告*
に出ているディタはかわいい。
赤いリップ、高いヒール・・・フェティッシュな世界はドキドキ。
そんなつもりで見たのだけど、思っていたのとは違った。
個人的には『コヨーテ・アグリー』のほうが楽しく見れた。
流れが手に取るように分かるのだけど、それはいいとして
友情だの、家族だの、空中権だの、ゲイだのとあれこれ詰め込まれて
いったいどこが見どころなのか分からないまま終わってしまった。
アギレラが歌うシーンが、もっとビシっとなっていたらよかったのに。
なんだか消化不良みたいになってしまったので
『バーレスク』を見たあとに、Youtubeでディタの動画を見ていたら
そっちのほうがワクワクドキドキして楽しくなってしまった。
『バーレスク』★★☆☆☆
おしまい。





