ほぼ毎日のように通勤のために東京駅を使うようになって長くなった。

はじめの頃は構内の造りも複雑で、あまりにも人が多いので怖いと感じることが多かった。

使うようになってしばらくすると、自分の通るべき道はわかるようになって、人の多さも流れを見ることができるようになったので、
怖いと感じることはなくなっていた。

しかし、東京駅に慣れてくると、それまで見えてなかった部分が段々と見えるようになってきた。


明らかに流れを乱している者がいる!


ゴロゴロのバッグを振り回し歩く者
流れの中心で荷物を広げて立ち止まる者
流れに逆らって自分の道を切り拓く者
そして僕が最も厄介だと思っているのが、
流れの中で自分の前方を力で押し退ける者


すこしずつ僕は東京駅に怒りを覚えるようになった。
たしかに利用者は多い。しかし、道幅は十分にあるのだ。
各々がほんの少し周りをみて、ほんの少し譲り合えば、東京駅はもっとストレスフリーに利用できるはずなのだ。


僕は悩んだ。
はたして僕という個人が、この群衆を相手取ってどこまで戦えるのだろうか。

形の定まらない相手との戦いの中で、僕は深く、深く傷ついていった。

主にやられるのは弁慶の泣き所である。
憎っくきゴロゴロのバッグ!許すまじ!



そして、不毛な戦いに疲れ果てたとき、ふと気づいたのだ。

そうか、この戦いを楽しめば良いのだ。


そうして始まったのが東京駅レーシングウォークだ。

ルールは至ってシンプル。
障害となる要素をかわしつつも、流れを乱さないことを第一として、いかに目的地までストレスなくたどり着けるかを競う競技である。


障害は、ゴロゴロのバッグ、ナゾの大きなカバン、東京駅に潜む野生のオジサン(レア)などがある。

流れに関しても、ただ向かう方向に身を預ければ良いわけではなく、
様々な特徴を持った集団を瞬時に見極めて後ろに付かなければならない。

おばあちゃんたちのピクニックは非常に遅い。
学生たちの修学旅行は横に遅い上に横に広がる性質がある。
バックパッカー達には特に注意だ。やつらは巨大なゴロゴロのバッグを持っている上に道に不慣れだ。
何も考えずに後ろを着いて行くと、やつらが突然立ち止まって弁慶の泣き所をクラッシュさせられるのだ。
一方で単独のサラリーマンは動きが速いのだが、彼らは無理な追い越しを重ねるので、後ろを着いて行くのは難しい!

東京駅レーシングウォークの醍醐味は自らの選定眼と体捌きの技、そして周りに迷惑をかけない心意気である。

僕はいつしか東京を楽しんで歩けるようになっていた。

今日の人の流れを見るかぎりこの人の後ろについて行って、そこからあの人の後ろに乗り継いで……
バックパッカーを右、いや、左に避ければ……よし!先頭をとった!あとはこの直線をトップスピードの歩行で進んでいく!

こうしてコース取りを意識するようになってから、あることに気づいた。
同じように東京駅を楽しんでいる者がいる。
そういうものは決まって、歩行の緩急を自在に操り、向かい合ったときに相手がどちらに避けるのかを伺うのだ。

おっと!柱の影から単独のサラリーマン!僕は右に体重を寄せて刹那歩みを緩める!相手も……わかっているな!右に避けた!

正面から向かい合ったときでも、この半身の譲りさえ分かっていれば必要最低限の減速で歩みを進めることができるのだ。


しかし、この遊びを正しく理解しないで、嗜む者がいることも事実だ。
そういう者は決まって、流れを乱すことも構わず、フィジカルを使った割り込み、追い越しと、威圧的な歩行スピードによって周りを押しのけながら進んでいくに。

こういう者は電車内にもおり、
降車客が多い駅で、集団が降りる流れ(僕はこれを降りるムーブメントと呼んでいる)を生み出しても、それを無視して追い抜こうとする。前は詰まっている。土台無理な話である。
意味もなく身体がぶつかるだけなのですごく不快である。

東京駅レーシングウォークにおいて、このような力技はご法度とされている。(僕の中では)

しかし、こうした無法者にストレスをためていては、たちまちこの遊びは瓦解してしまう。
力に力で戦おうとしてはいけないのだ。
無法者に対しては、あくまでも自分のスタンスを崩さず、技で戦っていくのだ。


彼らは力技に頼るあまり、動きが無駄が多い。
また、周りにもストレスを与えるため、無意識に弾圧され、動きにくさを与えられるのである。

彼らが後ろから追い越してきたとき、力と技の勝負が始まるのである。

僕は力で僕を追い越していくが、僕は焦らず彼らに前を譲る。
そして冷静に最高のルートを選定していく。

彼らは周りにぶつかりながら、ストレスをためながら進んでいく。
僕はルートを乗り継ぎながら、ストレスをためず、与えず進んでいくのだ。

始めにリードさせた分をすこしずつ詰めていく。

改札に向かう最後の直線。

僕の目の前にはサラリーマン、相手の目の前にはおばあちゃんが向かい合う。

僕は半身の譲りを使う……相手は……譲らない!ここにきて第二の刺客か!
しかし僕は焦らない。右に寄せた体重をさらに寄せ、左半身を進行方向とは逆にねじっていき、ロールターンでなんとか回避に成功した。

やつはどうなった……!?

向かい合ったにも関わらずさらにスピードを上げた!道を譲ろうとはしない。これは威圧という技だ。道を譲らず、相手に譲らせる力技の最高峰である。
威圧の成功率はフィジカルとスピードの高さがものをいう。身体が大きければ大きいほど、スピードが速ければ速いほど相手が道を譲る確率が上がるのだ。

ここでやつが威圧を成功させた場合、僕はロールターンで減速した分で改札まで一歩届かず、ギリギリのところで負けてしまう。

やはり、技では力に勝てないのか……

しかし、僕が諦めかけた瞬間……

やつと向かい合ったおばあちゃんは、威圧されるあまり、道を譲ることすらできずに立ち止まってしまった!
あまりの体格のよさとスピードに、萎縮してしまったのだ!
あわや正面衝突というところで、やつは慌てて回避をはじめる。なんとか衝突は防いだものの、お互いに嫌な気持ちになってその場をしのいだ。やつはおばあちゃんに向かって舌打ちを浴びせ改札へ向かった。

衝突は免れたものの、致命的なタイムロスと、周囲にストレスを与える致命的な減点。なによりやつ自身がストレスを受けてしまった。

勝負は明白である。
僕はストレスなく改札をくぐり、やつはイライラしながら僕の後に改札をくぐった。

技が、力に勝ったのである。

やつは運が悪かったから負けたのではない。自らの力を過信し、冷静に歩みを進めることができなかったから負けたのだ。


こうして僕はその日の仕事を晴れやかな気持ちではじめるのであった。





こんな感じで最近は毎日たのしい。


おわり