また久々になってしまいました。。
20代後半から5年半証券会社の立ち上げに携わったが、
この間、その時サポートをしていたトップの営業マンが
遊びに来てくれた。
その会社はまだ存在しているが、名前も株主も変わっている。
当然ながら、私達が当初目指した方向とは少し違っているよう
で、そんな話も聞いた。
始めからいる営業マンは、私達が研修をし、日々支援をして
いた方々なので、私達の時代のやり方にロイヤリティが高い
方々であり、今自分が彼らを支援出来ないことに申し訳なさ
で一杯になった。
自分としては、その会社でずっと勤めるつもりだったし(少なく
とも成功を見るまでは)会社を辞めることは、大きな決断で
あった。そして職をかけて、私になり戦った結果ではあった。
外資系というのは、ローカルと本社(主要投資家)との間に
大きなギャップが生まれがちであり、コミュニケーションが
政治的になったり、ローカル経営のコントロールが効かな
かったり、と難しい点が多い。ただでさえ、外国語でのコミュ
ニケーションやスタイルの違いで大変なのに、その上に、
英語が出来る人がそれを濫用して政治的に使うケースも
少なくなかった。
今の時代、いつ株主が変わってもおかしくないが、今の
会社の形態が、子会社でなく、経営権がローカルにはっきり
あることは、フランス人である我が社長が、意識的にした
ことであるが本当に望ましいこと。
御蔭でドイツも「良い先輩」として、彼らの成功体験を元に
良いアドバイスを頂ける存在で、こちらもスピーディーに
判断が進み、風通しの良いフラットな環境が実現している
と思う。
20代後半から5年半証券会社の立ち上げに携わったが、
この間、その時サポートをしていたトップの営業マンが
遊びに来てくれた。
その会社はまだ存在しているが、名前も株主も変わっている。
当然ながら、私達が当初目指した方向とは少し違っているよう
で、そんな話も聞いた。
始めからいる営業マンは、私達が研修をし、日々支援をして
いた方々なので、私達の時代のやり方にロイヤリティが高い
方々であり、今自分が彼らを支援出来ないことに申し訳なさ
で一杯になった。
自分としては、その会社でずっと勤めるつもりだったし(少なく
とも成功を見るまでは)会社を辞めることは、大きな決断で
あった。そして職をかけて、私になり戦った結果ではあった。
外資系というのは、ローカルと本社(主要投資家)との間に
大きなギャップが生まれがちであり、コミュニケーションが
政治的になったり、ローカル経営のコントロールが効かな
かったり、と難しい点が多い。ただでさえ、外国語でのコミュ
ニケーションやスタイルの違いで大変なのに、その上に、
英語が出来る人がそれを濫用して政治的に使うケースも
少なくなかった。
今の時代、いつ株主が変わってもおかしくないが、今の
会社の形態が、子会社でなく、経営権がローカルにはっきり
あることは、フランス人である我が社長が、意識的にした
ことであるが本当に望ましいこと。
御蔭でドイツも「良い先輩」として、彼らの成功体験を元に
良いアドバイスを頂ける存在で、こちらもスピーディーに
判断が進み、風通しの良いフラットな環境が実現している
と思う。

