昨年憲法を改正したベトナム。皆が思ったようなラディカルな憲法改正は無かったものの、それでも憲法が変わったことを受けて、色々な法律の改正作業が行われています。その中で注目を集めている法案の一つが「政府組織法」改正の動き。

 幾つもある争点の内、昨日今日と複数のベトナムメディアが取り上げたのが「首相の権限強化」という提案。10月1日付TuoiTre紙によると、この法律を審議する国会常務委員会の議論では「首相の権限をもっと強めるべきだ」とする内務省の提案があり、内務省大臣は「首相の権限には制限があり、政府のトップという地位と合っていない。独立した体制のような、政府のリーダーとしての首相の役割、権限、責任が明確でない」などと発言。具体的には大臣、副大臣や、各国大使の任免権などの追加が提案されたとの報道ぶりです。

 ただその提案にはすぐ反論の声が。グェンシンフン国会議長は「権限強化は提案されているが、それに合った責任強化はあるのか?」と意見を返しています。法案審議の中では至極まっとうな議論ではありますが、その裏には色々な政治背景が。現在の首相といえばグェンタンズン首相。一般的には既にベトナム政治の中で十分に権力が拡大していて、共産党総書記などを超える影響力なのではないかと言われているくらいに拡大する権力を更に法的にも拡大するのか!?と第一感は思ってしまいます。反対意見もそういう風に具体的な個人の顔を思い浮かべて反対している人もいるのかもしれません。2016年のベトナム共産党大会までは政治の季節、そういう駆け引きはあるのでしょう。

 それに、口には出さないまでも「この国のそういう人事権って本当は共産党が握ってるんだし、そことの関係は一体・・・」とは皆が思っているところ。国会だって少しずつ権威を確立する中、そんなに行政側に持っていかれるのもシャクだとも感じるはず。「公務」と「政務」(=党務)をはっきり分けようという議論もあるこの政府組織法の議論、微妙な改革の動きが見えるかも注目されるところです。

 ちなみに、ベトナムにおける問題のもう一つの面として、「とにかく上層部に判断を委ねまくって、責任逃れのために誰も判断しようとしない体質」がベトナム政府の上から下まで広がっているところがあります。そこでなんでもかんでも「それは首相判断で」となることが多く(例えばダナン市での土地問題、これもいくらキリスト教信者とか絡んだ問題とはいえ、地方の土地問題が一々首相まであがらなければいけないのかと疑問)、物事が全く進まない、首相府や首相自身が機能不全に陥るという現状です。トップダウンも良いけど、そのトップに行きつくまで何も動かないんですよねえ、これが。これを解決する方が、首相の権限云々よりも本質的なんじゃないのかなあと思う今日この頃、政府組織法ではそんなこともきちんと議論されると良いのですが。

 より民主的な首長選挙を求める、香港での抗議デモ。かつて短い期間とは言え学生生活を過ごした地での負傷者の出る事態に心を痛めつつも、中国の影響力が増える香港で危機感を募る、特に若い世代の思いに心を寄せるところです。ともかくも、暴力はこれ以上広がらないことを願うばかりです。

 ベトナム・ハノイの地で離れた地で歯がゆく思うと同時に、このニュースを聞いた時に「これはどのようにベトナムでは報道されるのだろう」とふと思いました。自らの手で直接リーダーを選ぶことができていないのは、共産党一党独裁の政権であるベトナムでもその状況は同じ。各種の自由は明らかに香港より制限されているベトナム。香港でのデモはどのように伝えられたのでしょうか?

HK protest
激しいデモの様子はベトナムのネットメディアでもトップ扱いで伝える

 デモが一部警察との衝突に至った直後の報道の印象は、「文章少な目、写真多め」というネット上での報道姿勢。一見、「何だか香港は混乱していて大変だぞ」という表面的な伝え方を重んじ、「なぜこうなったか」の経緯をあまり伝えていませんでした。ただ数日経ち9月30日に入ってくると、徐々に報道も細かくなってきます。TuoiTreは香港城市大学の教授に寄稿してもらいながら香港社会のバックグラウンドを解説しつつ、裏一面を全て使って報道。大見出しは引き続き「混乱して香港市場も同様」という感じにしながらも、良く記事を読んでいくと「大陸政府が約束を次々と反故にしてきている」と、外電を引用しながらも伝えるなど、報道も少し包括的になってきています。

tuoitrehk
背景解説も加えて詳細な記事を載せるTuoiTre紙。思ったより当局干渉は無く?

 ベトナムネットメディア大手のVN Expressでは相当数読まれているはずなのに、コメントはゼロ、その不自然さには激しくなるかもしれないコメントへの「配慮」が感じられます。ただ同サイトのフェイスブックアカウントではたくさんのコメントが付いており、「香港の学生の行動に感動した」というコメントにもっともイイねが集まると同時に、「ベトナムではいつこんな風に行動起こせるのだろう・・・」「まあベトナムの学生は遊んでばっかりで・・・」と嘆いたり、今の学生を茶化したりの様々なコメントがみられます。大学生も多いであろうウェブユーザーに、同世代の香港学生の行動は感ずるところが多くあったのではないでしょうか。

 まあ当然とはいえ、ベトナム共産党の公式見解を伝える「NhanDan」ウェブ版には、今回の事態を伝えるニュースは全くありません。対中関係悪化云々とは言っても、そこは類似体制の中国政府への配慮、というか自らの体制への反発への憂慮なのでしょう。ただ、場所が香港ということもあり、発信される情報量が止められないという判断もあったのか、ベトナムでの各メディアの報道自体は非常に活発に行われています。その状況を黙認した今回の態度は、「まああそこは一国二制度だから」ということなのでしょう。ですが、ベトナム共産党の幹部は、きっとこの件で色々な「会議」を開いているのだろうとは想像に難くありません。誰よりも彼らが「人ごとではない」と感じていることでしょう。
 今年で25週年を迎えた天安門事件、実は元々中国屋を目指していた自分にとっては、若かりし頃、その重要性は理解出来なかったもののインパクトは非常に大きかったのを覚えています。その事件からもう25年かあ・・・と、感慨深く感じていたところです。かといってハノイでその話題をする相手も周りにあまりおらず、悶々としている内に「ベトナムメディアはどう伝えるかでもチェックしてみるかあ」と。

【見えたり見えなかったり・・・の天安門事件】
 最初に色々見てた際にしたツイートでは、

ハッキリ言って似たような共産党独裁体制のベトナム、天安門事件はどうメディアに出ているか?今朝TuoiTre(紙)には無かったが、ネットは結構書いてる。中国の公式見解も紹介しつつ、欧米メディア報道から当時を振り返る等自由な書きぶり。

 なんて書きながら「おぉー、結構大胆に書いてあるなあ」と思っていました。このツイートがRTされ始めた頃に再度ニュースを見ようと思ってツイートで紹介したベトナムエクスプレスのサイトに行くと、以下の写真のように「リンク先は見つかりません」と削除されちゃったとのお知らせ。うわっ、やっぱり規制されていたんだあ、と思って他のニュースを見ると、あれっ、戦車が燃えるような写真や、かの有名な「タンクマン」の写真も出すなど結構詳しい書き方のものもあり、報道が完全に規制されているわけでもない・・・。どういうことでしょ?

tamnho

 BBC VietnameseはタイムリーにNguyễn Thế Kỷベトナム中央宣伝委員会副委員長にインタビューしていますが、天安門事件に関する報道は「規制はしていない」との答え。一方、自分は確認していないのですが、6月4日前後の天安門事件関連報道をBBCやCNNが流すと「内容が適切でないので、番組は一時中断」とのテロップとともに、画面が映らなくなってしまったそうです。(イキナリ画面真っ暗の中国よりは親切丁寧!?)ただNHKはというと、4日晩など当日に見ていましたが、普通に関連番組は報道されていました。日本語はスルーか?何だか規制するならする、しないならしない、じゃないけど何だか中途半端な感じです。

【全方位外交のための巧妙な方便?】
 この中途半端なネット規制は一体なんだろうか?一つ考えられるのは、ベトナムが掲げる「全方位外交」のための措置なのではないか?つまり、「そんなニュース出させるなあ!」という中国には「ハイ、ちゃんと規制していますよぉ」と削除したニュースを見せ、「言論の自由だ!」という欧米諸国には「いや、規制してませんよ、ほらニュース報道されてるじゃない?」とどこにでも八方美人できるようにしているのではないか?
 メディアの自主規制の可能性は否定できませんが、一度出して降ろすやり方は必ず当局から「お声」がかかったはず。それを、上記Ky副委員長がまあ堂々と否定する姿から、この全方位八方美人説はあり得るかなと。

【常にゆるゆるな「越南式」ネット規制??】
 もう一つの有力説は、単なる「ゆるゆるネット規制」説。今はベトナムでもかなり自由になったフェイスブックも一時期は締め付けが強かったですが、その時期でも規制は簡単に飛び越えられるものでした。また、同じ国内でもここではアクセスOK、ここではNoと言った具合に、全く徹底がされていません。今はツイッターにそういう現象がありますが、それでもその規制は超ゆるゆる(というか規制ではなく単なる障害??)。仮に規制対象となることが決まっても、「予算がない」「時間がない」などの制約(!?)からの消極的反抗で実施されていない可能性も高いです。
 ネット規制にかぎらず、一事が万事、ベトナムにおいては大仰に政策などが決まっても、隅々まで徹底されることはあまりありません。中国のように(馬鹿げているほど)莫大な国家予算と労力をネット規制に使えるわけでもなく、当然規制の対象は主にベトナム語に限られ、外国語(特に英語以外)で書かれた文章にはお手上げでしょう。
 その意味では今回の天安門事件に関するネット規制のゆるさも、単なる「越南式」の延長なのでしょうか?

【考えたこと】
 上記両方の可能性、そして両方共ある程度当たっているかもしれませんが、どちらかと「ゆるゆる」説が近いかな後。加えて言えば、要は単に予算と「重要性」に応じて柔軟に対応しているのかもしれません。天安門事件に関しては恐らく中国政府からの要請はあったでしょう。ただ、徹底規制は金も人もかかるし、ましてや今の対立状況で「中国に言われるがまま」規制したと思われたら国内で反発が来るかもしれません。だから「ちょっと規制」したと。
 国内での同様のニュースならもっと規制したでしょうし、恐らく国内メディアも検閲以前に「自主規制」で同種の記事が出てこなかったかもしれません。もちろん同じ政治体制であるからして、そこでの大規模な学生運動は知らせないに越したことはないという思惑でもあったでしょう。もちろん真相は闇の中ですが、今年の天安門事件25周年という事象は、タイミング的に非常に扱いにくいネット案件であった、それがゆえの中途半端な規制になったのかもしれません。
 引き続く南シナ海領土問題を発端としてベトナムと中国の緊張状態。その対立構造の中で、日本はベトナムから「何だかすげーベトナムを助けてくれるっぽい!」という感じに捉えられています。先日シンガポールで行われたアジア安全保障会議で、安倍首相がASEANへの更なる支援を約束した(っぽい)演説が出ると、ベトナムでも大きく取り上げられました。自分も職場のエレベーターでベトナム人同僚に「Thank you!」とか言われて何のことやらわかりませんでしたが、どうやらその支援表明にありがとうとのこと。

 何だか早合点だなあと思っていると、「日本が巡視船を供与してくれるらしい」って話も妙にサクサク進んでいるようにベトナムでの報道が先行し、ベトナム国防省グエン・チ・ビン副大臣が「来年初にも日本が巡視船供与してくれるってぇ~」と発言したのは一昨日の6月1日。

 「調査だってやらなきゃいけないし、大体建造するにだって何年もかかるんだよ、そんな早くできるわけないでしょ!」と日本が反論して、そうかあなんてベトナム側が思い出したと思ったら、「日本が汚職疑惑で対越円借款新規案件を一部停止」を発表!それも国防副大臣発言の翌日、昨日2日のことでした。

 この対ベトナム新規円借款一時停止のニュースですが、実は2008年にも当時の日本コンサルタント会社が絡んだリベート事件で既に前科あり。その時はベトナム国内も大騒ぎだったのですが、今回はベトナム国内メディア反応が、このブログ執筆段階でほぼゼロ。というか、多くの記事は「2日に反汚職に関する日越会議開催し、双方善処しようと合意」として双方が話し合った旨を述べるのみで、一時停止の事実を伝えていません。伝えているのはBBCなど海外の越語メディアか、ThoiBaoKinhTeSaiGonが共同通信を引用する形で一時停止を伝えているくらいです(いずれもこのブログを書いている時点で)。「日本はベトナムの事件処理を高く評価!」なんてトンチンカンなタイトルのメディアまであります。

 というのも、当事者であるベトナム交通運輸省のプレスリリースにも、上記会議のことは伝えつつ、そのODA一時停止が書いていないのだからそれもそのはず。南シナ海問題で中国と対立し、日本の支援をガチっと求めている今、ベトナム政府の内輪で起きた汚職事件によるこの顛末は、日越団結には超冷や水、余りに格好が悪いとのベトナム政府の判断でしょう。主要なメディアでは報道が「自重」されています。

 巡視船供与の議論は恐らく無償資金協力が想定されていて、今回ベトナムでリベート疑惑が起きた挙句に一時停止となったのは円借款(有償資金協力)なので、テクニカルに言えば「直に停止対象」というわけではないのですが、数日の間に日本のODAを巡って「何だかなあ~」というやり取り。そもそもベトナム自らの官僚汚職から出た身から出た錆、メディアの報道規制している場合じゃありません。中国に対抗云々も良いけど、そのためにも「あんたら自身ももっとちゃんとせなあかんよ」というベトナム(政府高官)へのメッセージになることを祈らずにはいられません。
 先日ベトナムのサッカー代表監督に三浦俊也氏が就任することになったニュースは、まあ今はもろにワールドカップネタに隠れてしまっていますが(笑)、サッカー系メディアを中心に少しニュースになりました。Jリーグのアジア戦略とも歩調を合わせた動きでしょう。今ではワールドカップ常連になった日本から代表監督を招聘し、最近気勢の上がらないベトナム代表を建て直すんだ!ってな動きが、親日なベトナムではさぞ好評かと思いきや、実はその反応は結構冷やか?っていう話題です。

HLV Nhat?
先月のスポーツ紙週末版も
「日本人監督は希望か、疑問か?」との特集を組むなど
ベトナム人の意見は割れている模様

 まあどこの国もスポーツメディアは言いたい放題と言いますか、三浦氏の「代表監督としての資質」にもかなりの言いたい放題。就任記者会見でも本人に対して「代表監督としての資質に疑問が付いていますが?」なんていう、まだ就任発表の席での外国人監督に対してもこれまた言いたい放題の質問も。昨日TuoiTre紙では「何と三浦氏は最近11カ月は「テレビでサッカー解説」をしていたらしい、それは監督経験者としては「失業」と同じ。つまり監督としてのレベルに疑問有りだ」という何ともな推論。ただいずれにせよ、BongDa+など一部スポーツメディアを除いては、相当厳しい見方をしていると言えるでしょう。

(ちなみに上記コメントから、ベトナムにおけるサッカー解説者(ベトナム語では「評論員:Binh Luan Vien」と呼ばれます)が全くプロフェッショナルな仕事として認められていないことも見えて面白いです。確かにベトナムのサッカー中継ではただアナウンサーが選手名を連呼したり「すごーい!」「あぶなーい!」とか叫んだりしているばかりで、戦術の説明はほとんどありません。しかも「評論員」は試合中はコメントせず、ハーフタイムや試合前後に「あーだこーだ」と議論するだけ。実況アナも一人で疲れるのか、試合中適宜休む(!?)ために「スタジアムの音声だけでお伝えしております」状態に勝手になる局面も多く、評論員のコメントも「じゃあ試合中に言えば良いじゃん」と突っ込みたくなります。)

 メディアの受け手側も、確かに三浦氏のこれまでの監督としての業績に「大丈夫か?」という声が主流のよう。例えばこちらベトナムエクスプレス記事でもコメントは否定的なものが大多数。正直すいません、Jリーグに関心を持ちだしたのが一昨年な自分には「三浦監督」に対するリアルな印象がゼロなのですが、ビッグクラブを渡り歩いたわけではない中、確かに一見しては輝かしい戦績とはいかず、ブランド大好きなベトナム人からすると「名監督が来た!」ってなニュースを期待していたところから物足りないようです。まあその点はともかくもベトナムでの実績でカバーするしかないかもしれません。ベトナムらしく「13,000-15,000ドル/月」(その内大部分ホンダベトナムが出すとの報道も?)という、給料レベルがこれまでのベトナム代表外国人監督よりも安いという報道も真っ先に出て、「VFFはまた安物買いなんじゃない?」なんてエグいコメントも出ています。

 このような冷やかな反応の遠因(もしかしたら主要因?)となっているのは、三浦氏の就任発表の前に一部ベトナムメディアから「あの岡ちゃんが来るらしい!?」というニュースが出回っていたからです。何と日本の元代表監督がベトナムに!?となればそれはベトナム人サッカーファンも色めき立ちます。ただその噂はあっという間に立ち消えた後に三浦氏の就任発表。三浦氏に何の罪もありませんが、変な「落差」が付いてしまったというところ。「なぜ元代表監督を選ばなかったのか?」なんてタイトルの記事も、ただ読むと「給料高くて払えなかったんでしょ」という安易な結論(推論)。

 ともかくも、メディアやベトナム人サッカーファンからの反応からは、順風満帆とは言えない三浦ベトナムの船出。でもレコンビンムーブメントが去ってしまった中、日越サッカー界交流のためにはまたとないチャンス、在ハノイで全力で応援しておりますので、これら地元メディアをあっと言わせるような活躍を期待しています!