ベトナム・ハノイで5年間暮らし、その後に北京に引っ越してきた自分としては、気にならないわけがない中越関係。南沙諸島の領土問題を巡る事情は緊迫感を増すばかりです。確かに中越間の歴史的感情(これに関しましては中国人が紹介した「ベトナム人は中越戦争をどう見ているか?」で触れました)は大きなファクターでしょう。中国に警戒感を持つベトナム人、もっとぶっちゃければ中国が嫌いなベトナム人は多いです。また、外交・国際政治的には中国の膨張、そしてそれに対抗する周辺国としての小国ベトナムと言うことになるのでしょう。

北京で考えたこと-mongcai
中越国境にて、両国友好を描いたもの。こんな日が実現するにはまだまだ時間がかかりそう…


 こういった点、そして最新事情は既に多くのメディアなどが論ずる中、ここでは今の緊張状態を、そしてベトナムが「一歩も引かない」背景を、この半年くらいの各種の事件を振り返りながら、ベトナム国内事情のコンテクストの中で考えてみたいと思います。単に「中国膨張、ベトナム対抗」という視点のみが語られる中で、敢えてベトナム国内事情の側から語る中で、今後を見るヒントがあるかどうかを探ってみましょう。

(1)【政治】新体制のベトナム共産党―――初の外交試練、最大の試練?
 今年1月、ベトナムでは共産党第11回大会が開かれ、中国より1年お先に政治体制の移行が行われました。ノン・ドック・マン総書記が退任し、共産党トップにはグエン・フー・チョン氏が就任、グエン・タン・サン氏が国家主席就任(予定)、首相はグエン・タン・ズン氏が留任しました。最低5年程度は続くであろう新しいグエン・フー・チョン体制、これが初めてぶつかる大きな外交問題、それが今回の中国との領土問題と言えます。これまでよりも「強硬」と言われる対応を取っているベトナム政府を見る際には、この「できたて」の新しい政治体制との兼ね合いも注目されます。

 これは新指導体制の新しい「毅然とした」外交姿勢を見せているのか、はたまた例えばより軍の声が大きくなっていてそれに流されてこうなっているのか。中国政治報道に比べてその辺りはなかなか表に出てきませんが、船出したばかりの新政権が新機軸を打ち出そうとしている可能性はあります。(そう書くと、昨年の尖閣問題における民主党も、船出したばかりで新機軸を打ち出そうと逮捕しちゃったけど、結局その後にっちもさっちもになってしまった・・・という事象を思い起こされます。)

 ベトナムは「トロイカ体制」と言われた総書記・国家主席・首相という体制から、それに国会議長を加えた4人の集団指導体制などと言われていますが、よくよく見ると共産党序列第3位は国防相のフン・クアン・タイン氏がいるなど、中国同様軍がどういう行動を取るかというのは見逃せないファクターです。外交をつかさどる外務大臣であるファム・ザー・キエム氏は副首相兼ですが、今回の党大会で政治局員から「落選した」と伝えられており(この辺りの過程は中国がベトナムに学ぶ!?(その1)―中国からみたベトナム共産党大会をご覧ください)、そろそろ交替が目に見えていてもう「引退モード」である中、より軍の声が大きくなり易いタイミングではありそうです。

(2)【経済】経済成長を脅かすインフレ
 昨年からベトナム経済は激しいインフレに見舞われています。今年5月のインフレ率が何と前年同期比19.78%増という高さ、前月比でも2.2%という高インフレです。経済成長は続いていますが、庶民の生活は苦しくなっているようですし、何よりも現在アジアでも一二を争うこのインフレ率が続くようでは、中国に続いて「安泰」と見られていた高度安定成長が不安定に、或いは危機に陥ることになりかねません。

 通貨ベトナムドンの価値も米ドルに対して下落傾向。銀行が20%近くの預金金利を付けざるを得ない中、ベトナム人は土地か、マンションか、金か、株かとインフレから身を守るために資産を回流させています。これだけ金利を上げられれば中小企業は本当に大変でしょうが、これだけ上げてまだインフレがまだおさまらないとしたら本当に異常事態と言えるでしょう。回して運用、資産防衛できる階層は良いですが、そうでない人たちの不満が高まれば…。

 このような経済不安からくる社会不安が、ベトナムの新指導体制に不満の矛先を向けかねない、というのもこの中越関係緊迫が続いているベトナムの現実の一つです。国民の怒りが中国にバッチリ向けられる中、多少ホッとしているベトナム経済担当大臣、官僚もいるのではないか・・・。国内の怒りの矛先を外に向けると言うのは今も昔もあることです。

(3)【社会】ベトナム国内の少数民族問題と中国国境
 そして、最後に挙げるのは先月から表面化している北西部地域での少数民族問題です。(こちらに関しては詳しくは「政治的に安定した共産党ベトナム」の死角・北西部Hmong族の暴動とその報道をご覧ください。)今回の領土問題は海上の南沙諸島ですが、中国に対する緊張感と言う意味では陸路国境もあります。中越戦争は1979年とそれ程昔のことではありません。その国境に近い地域で起きた先月のモン族の暴動は、日本ではそれほど報道されませんでしたが、新指導部には記憶に新しいところでしょう。

 中越の陸路国境はようやく全てが確定したとされていますが、未だに国民の中には「中国に妥協したに違いない、弱腰!」「バンゾック滝が中国に取られた!」という話がまことしやかに語られるホットなイシューです。そんな国境地域の安定はベトナムにとっても引続き重要な戦略課題。「中国に対抗するにはベトナム国民一致団結」というこれまた外敵を用いて内憂を収めると言う少数民族政策の意味に加え、モン族暴動鎮圧の際に動員されたベトナム軍がそのまま地域の安定を図るために駐留する際にも、今の対中緊張関係は却って好都合なのではとも…。

【今後について考えたこと】
 これら政治、経済、社会のベトナム近況3点から中越関係の緊張感を考えると、「ベトナムがすぐには引きそうにはない」という結論になるでしょうか。正直、したたかなベトナムが、そして国際情勢と相互依存の国際経済が、両者の軍事衝突のような事態は許さないとは思っていますが、今のベトナムはもう少し「突っ張る」のではないかという気がしてなりません。ハノイやホーチミンでの街頭デモにまで国民が立ち上がった国内情勢を考えると、ベトナム政府も安易には引けない、そういうところにまで状況は来ていると言えそうです。