杜润生という方をご存知の日本の方は多くは無いと思いますが、中国の農村経済改革に尽力された方として(その筋では)有名な方で、(その筋では)「中国農村改革の父」と呼ばれているそうです。既に今年で97歳、ですが今もメディアを通じて発言を続けています。1950年代には毛沢東と農村改革について意見を違え、一時は第一線から退かされますが、後に復権し、改革開放以降の農村改革に大きく貢献しました。その彼に財経2011/1/3号がインタビューを試みています。(以下は彼の回答から)

 現在中国農村における「土地請負制度」の問題は3つ。一つは請け負われた土地の「所有権」が誰に帰属するか、それは生産隊か、村民委員会か、はたまた郷鎮政府か、これらが不明確なこと。二つめは結果的に土地が非常に細分化されてしまっていること。そして三つ目は土地請負権が財産権として十分に法律で保護されていないこと。

 (訳注:中国の土地は、都市部は国家所有、農村部は「集体所有」とされており、上記の「所有権が誰に帰属するか?」と言う問題は、農民に所有権があるのかということを問うているのではありません。この「集体所有」の概念があいまいなことから来る、多くの利害関係者の混在と、時にある権利の濫用を問題していると考えられます。)

 そして、解決すべき問題として頭を離れないのは、1.如何に農村人口を減らしていくか;農村人口の移転を進め、今世紀中頃までに如何にして2億人ほどの農民を都市に移転し、「国民待遇」を享受できるようにするか。2つ目は農民の意見を代弁してくれる人・組織が無いこと;これについては世界の経験からいっても「農民協会」を設立すべき。80年代中期に鄧小平に農民協会を「復活」(訳注:中国ではかつて1920年代に農民協会が設立され、後に毛沢東も全国会の会長になるなど、革命運動に貢献していく)させる提案をしたところ「3年待って、皆が賛成したら俺は許可するよ」と言ってくれたが、その3年後に「八九風波」(訳注:天安門事件に代表される1989年の一連の動きを大陸ではこう表現することが多いです)が起きてしまい、それどころではなくなってしまった。2003年、90歳の誕生日の済に「この問題は15年以内に解決して欲しい」と語ったが、既に7年が過ぎ、残りは8年間だけになった。

 農民を「二等公民」と呼ぶのは適当ではないが、一部の事実を表しているとも言える。リンカーンが「奴隷解放宣言」を出した後に、何十万人にも及ぶ奴隷を解放するという決断をどうしてできたのかと問われ、リンカーンは「政治家が必要なものは多くの場合勇気だけなのだ。恐れているのは不確定ゆえの恐怖である。」と答えた。農民に国民待遇を与えることは、彼らを土地とその他の束縛から解放することは、何も一部の人が恐れるような怖いことではない。

 中国の改革は、市場、民主、のそれぞれの垣根を越えなければいけない。市場の垣根は明確だが、「民主」は面倒くさい、間違えれば政治的な騒動になるかもしれない。ただ、民主をやらなければ乱れないのか、と言えばそうではない。民主をやらなければ「权贵资本主义」(訳注:特権階級による権力が幅を利かせる資本主義、と言った感じでしょうか)が現れて、騒ぎはもっと大きくなるであろう。そして、農民にはもっと自由を、自由が与えられなければダメだ。
 
【考えたこと】

 日本でもそうは言えますが、秘密事の多い中国の政治の世界は多い中、やはり引退すると少し発言が自由になってくるもの。引退した後の政治家や官僚の言葉には面白いものが多いですが、彼の発言にもなかなか面白いものが含まれています。

 例えば「農民協会」提案と1989年あたりのタイミングの問題は、彼は単に「構っていられなくなった」と軽く書いていますが、その当時の政治的雰囲気が、あらゆる結社活動を促進する声を消してしまったのは、想像に難く無いところでしょう。まあ、経済問題からの発言とはいえ、中国大陸の刊行物でこの話題が少しでも出せるのは、やはりそれなりの立場にならないとできないことでしょう。

 また、比喩とはいえ、農民をアメリカの「奴隷」と比べるかのような発言も、現役の人間ではできないでしょう。確かに中国での都市住民と農民の差は諸々の意味で非常に大きいです。農民工はその農民という「身分」と都市という環境で、「二等公民」を象徴する事象となっています。出稼ぎが多くなってきた初期の頃には「盲流」と呼ばれていた人たちも、もう少し中性な「農民工」という風に名称は、意識と共に変わってきました。しかし、戸籍が残す都市においての不利な待遇は変わらず、杜润生が叫ぶような自由な移動も「都市が崩壊する」という都市側のロジックからは簡単ではないでしょう。

 ですが、とにかく農村・農民側にたって改革を行なうべきだという、「中国農村改革の父」の熱い想いはヒシヒシと伝わってくるようなインタビュー記事です。