今、スーパー店頭からお米が少なくなっています。
新米の収穫、出荷が始まり一時を思えば回復していますが、まだまだ少ない状態が続いています。
もっとも思い返して考えると、五から十種類のお米が常に並んでいるのが普通になっていたのが多すぎるとも言える気がしなくもないですが・・・
と、少し脱線しましたが、お米が少なくなっています。
理由は多方で語られています。
色々な思惑が絡んでいますし、今までの国の政策の結果でもあり、個人、企業ともに不作への対策を怠った結果でもあります。
ただ今回の米騒動で感じた一番の問題は、買い占めや転売のような米不足を助長する行動と、米がないと困るという発想のような気がしました。
もちろんお米は大事です。そこは大前提ですが、大半は少なくなってからどうこう出来る事ではありません。
少ないものは仕方ありません。収穫しなければ増えてはいきませんから。
ならどうしますか?
人によってはお米を食べず麺を食べれば良いと言うかもしれません。
パンやピザもあります。
もっと言うと雑穀は普通に売っていましたし、店によっては小袋ですが玄米やもち米は売っていました。
米粉も普通に売っていました。
だから?と言われそうですが、要はある意味お米を買おうと思えば買えたということです。
玄米のまま炊けばよいですし、カサは減りますが精米する手もあります。
まぁ、食べ慣れていなければ玄米は食べにくいでしょうが。けれど白米と混ぜて炊けば食べにくさも軽減されますし、白米の減りも遅くなります。
※水分量は違います。
もち米にも同じことが言えます。
また混ぜて炊くと同じ発想で芋などを混ぜて炊き込み、お米のかさ増しをするというのもあります。
麺を主菜にするとご飯を食べる量を減らせるかもしれません。
要するに無いものを無理して探し出すのではなく、ある分でどうするかという発想をもう少し持ってもいいのではないかということです。
もちろん0では困るでしょうが、そのために売り場のお米を0にするようなことをしたら、自分が良いだけで結果としては本末転倒だと言えます。
その積み重ねが米騒動なのではないでしょうか。
今現在の気候は温暖化という一言ですむ分かりやすい気候ではないと思います。平時と非常時の波も大きいですし、読み切ることも対策を取りきることもできない気がします。
最近、農産物の不良は常に何かに起きていると思います。
ないじゃ困る、ではなく、ないならどうするか。
そういう考え方が大事ではないでしょうか。
少なくとも今回の騒動は、もう少し気を使いあったらここまで大きくならなかったのではないでしょうか?