喜んで、生きる。
丸山敏雄のすごいことは、全てのことに喜んで生きる、喜んで働くことが、幸せになる法則だと言っている。
ニーチェの言う超人は、これに近い。と西研さんの講義で初めて知った。
今ある状況、生まれてこのかた、あった、様々な事柄、障害があるとか、貧乏だとか、容姿が悪いとかもろもろ、
それらを、受け入れる。これで良かった。これが良かった。と、積極的に受け入れることから、始まる。
と言うのだ。
もう一度、この同じ人生を送るとしたら、どうするか?と問われたときに、
喜んで、もう一度この人生を生きたい。と思える生き方が、超人だと解釈した。
丸山敏雄は、当然、ニーチェの哲学も学んで来たのだろう。
先日、小平のモーニングセミナーで話された水澤心吾さんの話にも、
「人は、自分の力では限界がある。
無限お力を発揮するためには、宇宙の意志に従うことだ。
その為には、心の底からわき上がるワクワクする思いで楽しんで行うこと。」
と、おっしゃられていた。
共通することは、一緒だ。
積 極的に、能動的に、ワクワクしながら、取り組むこと。
素晴らしい。
西研(にしけん)さん!
偶然に見たテレビで出会った。
すごい。
笑顔がすごい。
話がすごい解りやすい。
またまた、すごい人に出会ってしまった。
ニーチェの「ツァラツーストラは、かく語りき」の解説だったが、
目からウロコ、えー?こんな話だったの!
すんごい、よく分かるわ!
西さん、あんたは、何者なの???
視点が良いんだね!
第3回、第4回の録画準備完了しました!!!
100分 de 名著 ニーチェ ← 興味のある方はどうぞ!
小気味よく生きる。
毎日のブログの更新
毎日のランニング
毎日の仕事
コツコツと、はつらつと、小気味よく、
続けられる人生。
あたりまえのことを、あたりまえに
なんなく、軽く、こなし続ける人生
を送りたい…。
魂の仕事
BS世界のドキュメンタリー・シリーズ・カンボジア・虐殺の記憶
「“民衆の敵”に迫る~カンボジア人記者の記録」
~カンボジア人記者が虐殺の真実を追求~
チャンネル: 101(48)ch : NHK BS1 放送日時: 4月13日(水) 24:00-24:50
を見た。
家族を、クメールルージュによって失った男の、加害者への執念のインタビュー番組だ。
テット・サンバットさんの取材は、魂の仕事だと思う。
仇に対し、真摯に真摯に、迫って行く。
歴史の真実を引き出すためという目的のために。
これで終わりだと言うが、これで終われるのだろうか…?
新聞記者のテット・サンバットさんは、当時小さな子どもだった。(たぶん5-6歳)
父は農民だった、クメールルージュの集会に参加し、
「なぜ、個人の財産を全て政府に差し出さなければならないんだ?」
と質問した。
クメールルージュの兵士に畑に連れて行かれ、兵士に囲まれ、ナイフでめった刺しにされた。
長い時間苦しんで、死んだ。その様子を、木の陰から兄が見ていた。
その兄は、その後、クメールルージュで働いていたが、連行され「粛正」された。
母は、クメールルージュの兵士との結婚を「断れば皆殺し」と、強要された。
その母は、子どもを出産するとき、出血が止まらず、亡くなった。
亡くなる前に、ベッドサイドに呼ばれ、兄弟助け合って生きるように言ったそうだ。
テットは、新聞記者のかたわら、週末毎にヌオン・チア(元ポル・ポト派のNo.2)に会いに行き
虐殺の真相を聞き出そうとしていた。取材は2000年頃から始まり、特別法廷に連行されるまで
2007年まで続いた。
何年も黙りを決めていたヌオン・チアは、それでも、数年経つ頃から、少しづつ過去のことを語りはじめ、
ついには、反対派を殺傷することに指示を出したことを、彼のカメラの前で語ることになる。
連行されてしまったことで、テットさんの取材はピリオドを打った。
それから、彼は国境近くに農地を買い、
「これまで、子どもたちに寂しい思いをさせてきたので、これからは家族で脳炎を楽しむ。」と、
畑の一本道を歩き去って、ドキュメンタリーは終わった。
だがしかし、その後の法廷での裁きはまだ出ていない。
カンボジアの大量虐殺は、170万人とも200万人とも言われている。
なぜ、こんなにも長い間放置されたままにされてきたのであろう?
なぜ、そんなにも多くの人々を殺さなければならなかったのか?
どのようにして、そんなにも多くの人を殺戮したのか?
その真相は、明らかにされていないと言う。
テット・サンバットさんの取材は、魂の仕事だと思う。
仇に対し、真摯に真摯に、迫って行く。
歴史の真実を引き出すためという目的のために。
これで終わりだと言うが、これで終われるのだろうか…?
ポルポト派が政権を握っていた1975年~79年と言えば、
私は、中学から高校生の時期だった。
しかし、今の今まで、この時代のこととして、捉えたことがなかったのはなぜだろう?
ベトナム戦争も1960年~1975年の出来事だ。
私自身の歴史と全く、一致しているというのに、
一体どういう事だ?
浅間山荘事件や、はらはら時計の時限爆弾事件などは、とても鮮明に覚えているというのに、
ベトナム戦争や、カンボジアの出来事は同時代の出来事としての意識がない。
もっと過去の事件と捉えていたのはなぜ??
父が新聞記者だったことから、少なくとも、情報は多かったに違いない。
なのに??
私の少年青年時代は、社会の窓は開かれていなかったのかも知れない。
今更ながら、そう実感せざるをえない。
ハセツネ30 やけくそ 試走 その後…
試走から、3日経った今日、未だ足が痛いよー
太股の筋肉痛は、格別で階段は、下りが最高に気持ちいいサー
平地を歩いていても、油断すると、後ろにがくんとたおれそうだね
マラソンを走った後の様な、イヤ、それ以上の筋肉痛だね
週末には、再度、山に行きたいよ
毎週走ればなれてくるだろうね