慈悲慈愛のお叱りを賜り本当にありがたかったです。

弥陀の大阪施術声聞会、九八さん皆様本当にありがとうございました。



小学校高学年くらいになる頃にはどんどん思考を取り扱ってややこしくなりだし、病み始めていたのを思い出しました。

今の言葉で言うメンヘラかまってちゃんというやつで、自分が傷ついていることをアピールして周りをコントロールしようとしていました。

可哀想な人を演じているうちにそこから抜け出せなくなってきて、高校生くらいの頃には布団からなかなか動けない日も増えてきて、20代の頃には躁状態と鬱状態を繰り返してめちゃめちゃな日々を送っていました。30代になると自殺のことを考える時間が増えていきました。




今、あの小学校高学年の時以降初めて、心が落ち着き、豊かで、日々が本当に幸せです。

まさかこんな風になると思いませんでした。

5年間口を聞かなかったこともあるくらい、煩わしく感じて邪険にしていた父のことも、今、一緒に過ごせて、生活のお手伝いをさせてもらえることがありがたいなぁと感じています。

父も、私と過ごせる時間を大変喜んでくれ、病状は進行していてもどんどん心が明るくなり、その様子が私も涙が出るほどうれしくありがたく、本来の布施波羅蜜のありように間違いはありません。




苦しみは総て思考を取り扱ったがゆえに生じた錯覚でした。

もともと一切の苦しみなどどこにもありませんでした。

この身このありようでハッキリ実証されています。

この実証されるということが凄いんです。

実証されるから、九八さんの言葉も弥陀の大弘誓、法力も総て信じられるのです。

自分で信じたのではありません。

疑いようのない事実に救われていく道だったんです。




九八さんはこれまでもずっと一貫して、難しいことは一つも言っていません。要求もしていません。

もともと既に完璧にできているよと、示してくださってるんです。

「心を制すること」も、人間が想像するような、心を無にするとか考えないようにするとかそんなことではまるでありませんでした。

湧いた思いを、今の動きを、一切どうすることもしなくていいよと仰られてるのです。

こちらから何か動くことはないんだよと、ずーっと仰ってるんです。

認識前に済んだ動きのままで、どうもしなくていいんだよという、何よりも易しく優しく正しい妙法を説いてくださっています。




師や同志の言葉を素直に聞けるとは本当に、大安楽でとても気持ちの良いうれしいことです。

「うーん、でも、だけど…」という自分の言い分を、アングリマーラのようにスパッと捨てられたら、世界がまるで変わってしまいます。

変わったのではなく、まったく気付いていなかった、苦しみの一切ない本来のありように気付かせて頂けるのが、声聞会です。




今回の声聞会は、

二度とあるかもわからない仏縁を今生頂けたこと、

召喚の勅命を頂けること、

一人でも多く正定聚に、と九八さんが揺るがぬ覚悟を持ってやってくださってること、

どうしようもなく汚れた泥水のままで必ず救うと、弥陀が仏の座をかけて誓ってくださっていること、

これがどれほどの一大事であったかを、

九八さんや皆様の言葉の大爆発で、このことへの自覚を賜るとても大事な声聞会でした。

本当にありがとうございました。

自分では絶対に気付けません。

こんな凄い声聞会から、弥陀の願船から、除かれるようなことだけはしてはいけないとあらためて思いました。

来られなくなった人たちもこれまでたくさん見てきました。

ここに参加できることがどれほど凄いことなのか。

この御恩に報いることは、私が弥陀のお導きに逆らわず無上の幸せの仏の道を往かせて頂くことだけです。

九八さん、皆様、あらためましてどうぞ果てしなく極まりなくよろしくお願いいたします。

南无阿彌陀仏。

ナモアミターバ・アミターユス。

かなで。