寛保2年(1742)12月3日、中甚兵衛の妻・法名妙春が85歳の人生を閉じました。


1658年、中垣内村の河村家に生まれ、1673年、19も年上の甚兵衛と結婚した時は16歳。

それから1730年に甚兵衛(法名乗久)が亡くなるまで60年近く連れ添い、内助の功を発揮しました。

一男二女。

1684年、27歳で娘誕生。長じて大坂菊屋町の河内屋五郎平方に嫁入り。

娘がもう一人、長じて日下村の河澄作兵衛方に嫁入りしていますが、生没年は不詳です。

1687年、30歳で息子誕生。長じて甚兵衛を継いだ九兵衛です。


京都東山西大谷墓地に乗久・妙春の名を前面に刻んだ墓が現存します。


            昭和60年上石建て替え以前の墓石と拓本