大和川水系の一級河川「西除川」(にしよけがわ)。
大和川付け替え後は、現在のJR阪和線の鉄橋の西側で、大和川に流入するようになりました。
今から30年ほど前の昭和57(1982)年。台風10号や台風9号句崩れの低気圧の連続豪雨で、大和川南岸に近い西除川下流部が氾濫、堺市・松原市域に大きな被害が出ました。
大阪府は「激甚災害対策特別緊急事業」の指定を受け、西除川を主とする大和川下流部の改修工事を行いました。
その中でも最大の目玉が「西除川捷水路(しょうすいろ)」。
合流地点までの1.5キロは、元の落堀川の流れと共に大和川に平行して流れていましたが、南東からその地点に達する流れのまま、大和川に放水出来るバイパス(捷水路)が造られました。
その大和川に流入する地点の手前に、普段は空気を入れたゴム式ダムで閉鎖しておき、梅雨や台風シーズンなどの増水時には水圧で自動的に大和川に流れ込むようにしたものです。
捷水路が流れ込む所で、河川管理の境界の標識がありました。
そこまでの西除川捷水路は、大阪府の南部特定事業建設事務所。
ここからの大和川は、国土交通省の大和川河川事務所の管轄下になるようです。
左の小さな大阪府の西除川の標識には、大和川合流点から0.0kmとあります。
上は、大和川に流れ込んだ地点。
現在は、雨の季節ですが、「阪神高速大和川線」の工事もあって、堰は常時開かれているのかもしれません。
工事のため、大和川に平行して流れる部分の西除川脇の「遊歩道」も順次閉鎖され、水路の水量もほんのわずかです。
JR阪和線の浅香駅近くの「あさかばし」から覗いてもこの程度です。
西除川捷水路が大和川に流れ込む地点近くの対岸(大阪側)堤防には、こんな標識がありました。
「やまとがわ」「河口から7.0km」。ここから捷水路が流れ込んでいるのが見えます。
大和川叢書④『流域歳時記・甚兵衛と大和川~この日何の日』の6月17日の頁も、昭和60(1985)年のこの日に、西除川捷水路の通水式が行われたことを採り上げています。














