中 九兵衛のブログ 大和川流域歳時記



 今日は梅田に出かけましたが、いつもの地下鉄御堂筋線ではなく、JR大阪環状線を利用しました。

 というのも、環状線の前身、天王寺・大阪駅間の「城東線」の内、天王寺駅~桃山駅(のち桃谷駅と改称)~玉造駅間が、明治28(1895)年5月28日に開業したことに、こだわってみたからです。


 路線を建設したのは、すでに明治22(1889)年から、上町台地を掘削横断する柏原・湊町間を運行し、天王寺駅を開業していた私鉄の「大阪鉄道」で、大阪駅までを結ぶのが目的でした。のち、国有化され、明治42(1909)年から「国鉄城東線」と呼ばれるようになりました。


 天王寺駅から京橋辺りまでの北上する部分は、上町台地の東麓に沿っています。

 この路線の東側の往古は、入海やそれに流れ込む幾筋かの古大和川が流れていた地域です。

 生野区の「鶴橋」、東成区の「深江」、城東区の「鴫野」などの地名に、往時の風景が浮かびます。