花織のお腹には今 赤ちゃんが居る。

丁度、亡くなった父の誕生日が出産予定日だ。

いつもの夕食。いつもの食卓風景。

ここにもうすぐ赤ちゃんが生まれてくる。

そう思うと 楽しみな気持ちとともに、親としての自分のありようなどを考える花織なのだった。


『母と娘って 男性から見ると 特別な関係に見える』のだそうだ。

何気なくつけたテレビで ニュースキャスターが言っていた。


「一体 母と娘って 男性からは どういう風に見えているんだろうね?」花織は夫に向かってそう聞いた。

「う~ん・・・母と息子の関係 とは また 違うわけなんだよな?」夫の正和は 首をかしげ、そう答える。

夫の正和は客観的・・・傍観的な立場で物を考える。

そのお陰で 問題が深刻になっても負担にならないで済むから助かるわ と 花織は考えていた。

実際 正和は 問題が起こったときにいつでも冷静だった。

感情的になりがちな花織にとってはありがたい存在だ。


「男性って 難しいよね・・・。
いつか母親の元を離れていく存在なのに。
心は何時までも母親の元に居て
母親に似た人、もしくは正反対の人を 大体伴侶に選ぶらしいよ。」頬づえをつきながら花織は言う。


「ふ~ん・・・でもさ、嫁とお母さんが似てるって~~考えたら、気持ち悪いよ。女性から見たら例えばどういうとこが似てるの?あくまでも 一般的に。」と 正和が聞く。


「精神性だとか、容姿だとか、雰囲気だとか、家庭環境だとかさ。

まぁでもねぇ。男性って 彼女の事にしろ、妻の事にしろ、仕事の事にしろ、友達関係の事にしろ・・・
プライベートなあれこれについても
母親に全てをベラベラ話すっていうわけでもなかろうし。
まぁ・・・自分の都合の良い事をぺらぺらと喋るだけなのかもしれないし。」そう花織はゆっくり言った。

一呼吸置いて「母と娘ってちょっと違うじゃない。」花織が言う。


「母と娘っては 男性から見たら 特別と言ったら まぁ 特別ではあるのかもしれないなぁ。」夫は またう~ん と 考え込む。「精神的双子って感じの母娘も居るよな。反対に、仲がわるい母娘も居るし。」


「そういう『特別さ』って・・・・多様性がありすぎて 難しいんだよね。 

一心同体的な絆の事を指してるのか 共犯者的な絆の事を指しているのか
ライバルである様な絆の事を指しているのかな・・・???解らないよ。」花織は言った。


正和は「世の中には、色んな親子がいるからなぁ。」と 頷いた。

夫はにんまりして聞く「花織とお義母さんはどうなの?」

花織は考え、考え、言う。

「我が家では 母は時にライバルで、時に先生で、時に悪ガキで・・・そういう存在かな。

正直言うと 彼女は『100点満点の母親』ではないよ。きっぱり。」


「きっぱりって・・・また 何で?」夫はびっくりした様に聞き返す。

「何でって・・・・」花織は口ごもる・・・。

「親不孝な娘だなぁ。お前。育ててもらっておいて。」答えを聞かないで 笑って言う。

「でも・・・そこが・・・母と娘の難しいところだよな・・・。『女』だからな。」笑いながら和之は言う。


花織は大きく頷く。

「私は長い間、母を見てきて。
彼女が出来ないところも、出来る事も、足りないところも、頑張ってる所も、知ってる。

出来ない事が在るからといって、0点というわけじゃないのよ。
母として、足りないところが在るからといって駄目人間なわけでもない。」


正和は言う「逆に 親に完璧な親であることを求めるなんて 一体自分は何様のつもりなのか と 思うしなぁ。」
「そんなのただ自分にとって都合が良いだけの存在でしかない。
良いものを与えられたからといって、良い人間になるわけじゃない。親が『適度に』良い親であろうとする様な・・・・そういう気持ちが大事なんだと思ってるよ、俺は。そういう姿さえ見せてくれたら、それだけで充分だと思うし。俺は好きなことしてきたから、そう言えるのかな。」


「そうだね。でも・・・まぁ時に 子どもは与えられたものだけではなく。
与えられた中の悪い事を見て、反対に学習していく事だってあるのよ。反面教師・・・ってね。」花織は悲しそうに微笑んだ。

正和は 普段 慣れ親しんで 何もかも解ってしまった関係であると思ってる妻の、

いつもは元気で明るい妻の

また違う一面を見た気がした。


香織は正和の気遣うような視線に気が付くと そっと手に触れて、いつもの柔らかい笑顔で言った。

「親だって 人間だから、怒りたいときも、泣きたいときも、何かを気に病むときも在る。
イライラする事も在る。

当然だよ。
一生懸命生きてるからこそ迷ったり、悩んだりするんだと思うの。」


正和は この妻の・・・弱弱しい子どもだった頃の花織を思い描いた。

花織は 一生懸命に向き合おうとしていたのだろう・・・


花織は続けた。「パーフェクト主義で、鉄面皮で、人を寄せ付けないよりは、ずっと良い。

そんな悩む母の姿は・・・・」少し言葉を詰らせて、喉の奥にこみ上げる昔の思い出を飲み下す為に早口でしゃべろうとしている。
 
「なにもやろうとしなくって 低いところで自己満足をしたり、
低いところで肯定感を抱いたりする人なんかより・・・・

私は ずっと 好きなの。」香織は言う。


「うん・・・」正和は考え深げにそんな妻の姿を眺めた。


「誰かの文句を言ったり、貶めたりしない そういう事で ようやく自己肯定することがない母を見るのが 好きだよ。」

「お前は、そうやって 頑張ってきたんだね。」よしよしと頭をなでてやると妻は堰を切ったように言葉を放り出した。


「母は慈愛溢れる母親ではなかった。
子どもの体調を気にかけるような母親ではなかった。
子どもを守る様なそんな能力もなかった。
子どもの表情1つでこの子はどういう気持ちなのか と 解ろうとするような母親でもなかった。
子どもの為にと 何かをするような母親でもなかった。
ベタベタとスキンシップをとるような母親でもなかった。

けれど、そんな気も無いのに、慈愛溢れる母親の不利をされるより、
口だけ「子どもを守る!」と息巻いてる様な あたまでっかちな規範的過ぎる母親より
私は 自分に素直な母を見て、結果的に とても 良い人間勉強をしてきた と 思ってる。」


「そっか。辛い思いをしたんだな。それに耐えてきたんだからお前は立派な人間だと思うよ。」正和は 言った。

「・・・俺は 母とも、父とも よく喧嘩をする。
つかみ合いの喧嘩もする。

だからといって 仲が悪い というわけじゃないよ。

いつもベタベタしてる親子が仲が良いとは限らない。
いつも友達みたいな親子が仲が良いとは限らない。

違うか?」


「ううん。違わない。」涙ぐみながら花織は言う。「うちもそうだ。」


「時にぶつかり合いながら 人間って 丸くなるもんだ。」正和は笑顔で言った。

「今のお前にあえて、良かった。」


花織は 「全てが 今 報われたよ。」そういって 正和に寄り添った。

「生まれてくる赤ちゃんがどうか元気で育ちますように。」正和はお腹に手を当てた。

花織は「この人が居たら 何があっても大丈夫だ。」と思った。

本当の意味でやっと気負いがない母親としての気持ちになれた気がした。





「今の時代は昔に比べると物が増えたねぇ。」ひぃばぁちゃんは いつも デパートに行くたびにそう言う。


お父さんのお母さんのお母さん。寝たっきりで、しわくちゃで、時々入れ歯ががたがた言って、時々独り言を言ったりするからちょっと怖い。


「藍はひぃばぁちゃんが居なかったら生まれてこなかったんだよ。」そう、お父さんが言っていた。


ひぃおばぁちゃんは「自分のお母さんは物心ついたら居なかった。」 ・・・って、言ってた。


私は お母さんが居るのも お父さんが居るのも当たり前で、いつもデパートには素敵な物が一杯あって、お金を払えば大抵何でも手に入る。


だからひぃばぁちゃんの言う事が まるで おとぎばなしみたいに きこえてくるの。


「おばぁちゃんは ひぃばぁちゃんの面倒を見るのが嫌で 先に死んじゃったんだ。」って お母さんが辛そうに言ってた。


でもお父さんは「逆縁って言ってね。先に子どもを亡くすって事は不幸な事なんだ。」って言ってたよ。


「ひぃおばぁちゃんって 可哀想なの?」って聞くと お母さんは黙っているし。

お父さんは「藍が悲しい時、誰も側に居てくれないって辛いだろう?」って聞いてきた。


私はうんって答えたの。


そしたらね。


お父さん「ひぃばぁちゃんもそうなんだよ。」って言った。


だから 私ね。何が出来るか 考えたの。


時々 手をさすってあげたり 背中をさすってあげたり お茶を入れたりするとね。


ひぃおばぁちゃん 「ありがとう。ありがとう。」って手を合わせるの。


何だか 解らないけど あったかい気持ちになったよ。


ひぃおばぁちゃん 今まで怖いって思って ごめんね。


困ってる人に 何かしてあげる事って すごく 気持ちが良いんだね。

藍、自分が偉くなった気持ちになったの。


お母さんは ずっと ひぃおばぁちゃんの世話をしてるから 辛くなったりするのかな?


私も いつか お母さんみたいに「おばぁちゃんなんて 要らないんだ。」って 思うように なるのかな?








空は心に寄り添ってくれるような気がして 美里は空を見上げるのが好きだった。


悲しいときは 今にも泣き出しそうに、悲しくみえるし。

楽しいときは 空だって 色鮮やかに見える。


夏の暑い日の下で


汗をかきながら 美里は空を仰いだ。


現実逃避なのかもしれない。


でも それでもいい。


何か1つ 今自分が此処に居るんだという強い実感と

自分の底から湧き上がるあてどもない感情を放出させる事が 美里が今一番したいことだったのだ。


何で 自分は生まれたのか

何で 今 生きているのか

何の為に?


そんな事を考え。考え。

今だって またほら 考えている。


深く考えれば考えるほど、心に降り積もる痛みが増す事もある。


でも考えずには居られなかった。自分の事、周りのこと、社会の事。世界の事。


どれもどこかひずみがあって自分は上手く世界にと溶け込めていない様な気がしていた。


友達は居るけど。


心の奥底の事など、学校の友達にはそんな事は話せない。


きもがられて病気だとか・・・余計な 噂をされるのがオチだ。


他の子がそんなこと言って来ても 自分もひくし。

大体 競争相手にそんなこといっても 仕方がないのだ。


唯一 心で繋がれるのは、ネットとメールの相手で

それが 「本当に誰なのか?」 はっきりした実態など掴めない。


でもたった『今』の美里の逃げ場所は そこしかなかった。


空でもなく 人間相手に感情を出すと言う事

そして 自分にとって辛い事、受け止めきれない事を肯定的に受け留めてくれる誰かがいるという事は

美里の気持ちを多少、強くさせた。


メル友のyu-koは中々毒舌だけれども、たまにぴたりと的を得た事を言ったりする。

自分がわざと隠している姿を見つけ出してくれた様で

美里は yu-koに親近感を感じた。

yu-koになら 思ったことをそのまま話せる。


思いついたことをそのまま文字にして打つ。「最近、『何で』しか頭に浮かばない。いつも答えは痛いものばっかりなんだよね。」


yu-koは言った。「あんたは詩人だったら良かったのにね・・・詩人だったら物事を曖昧なままにしておく事が出来るから。」


詩人になりたいなんて思わなかったけど。

どちらかというと 自分は、散文詩的なのではないか・・・と美里はyu-koからのメールを読みながら思った。


どうして 私は こんなにも考えてしまうんだろう。


生きることについても、自分の事についても。


何故だろう。


家で深夜にテレビをつけると 

芸能人が言ってた「折れない心が大事なんだ。」とか「死ぬ気があれば何でも出来る。」だとか。


多分、そういうのって 誰にでも言える事なんだろうな と 美里は思う。


学校の友達にしても きっと何か当たり障りのない悩みを言っても 

「前向きに考えなきゃ!」とか どっちにしても、その程度なのだ。

そして強迫神経症のごとく言うのだ「前向きに考えたら良い事が起こる!」と。


そういう『低い次元』で肯定ができないから美里は 多分 彼らのロマンティックでナルシズムに溢れた世界に溶け込めないのだ。


そして『前向き』な言葉を素直に受け止める余裕がある人間は 

その言葉を待っている人間で

きっといつの日か、誰か別の人の言葉でも救い上げられるに違いない。

そういう人間は放って置いても大丈夫なのだ。


むしろ『放って置いてはいけない人』は社会に大勢居るのに、何故彼らは特殊だという扱いを受けているのだろう。


美里は詩人というモノは

それこそ肯定感でいっぱいのロマンチストでナルシズムに溢れた浮き草の様な存在だと思っていたし


それは何より 美里が毛嫌いするものだった。


けど、今の自分のままで居たら やがて自分にずっと素直で居られなくなってくるだろう。


解っている。自分の頑なな態度が周りの人を弾いている事。


でも 「だから私が助けてあげる。」的な態度をとってくる人間は 美里は更に嫌いだった。


お前は一体何様だ。


そういう人間に限って、『可哀想な存在が居ないと生きられない』体質なのだと美里は思っていた。


そして「私は弱い子を助けてあげてるから、こんなに偉いのよ。」という態度をとるのだ。


面倒くさい。


それでも いつか 私が起き上がろうとしたら そいつは邪魔をし始めるだろう。


自分の『ヒロイックな立場』を維持する為に。


それは 見方を変えれば 主従・服従 の 関係ではないのか。


本当の優しさって・・・ 解らないように 手助けしてあげる事なのではないのか。


究極の優しさとは 寄り添うことなのではないか。あの、空の様に。


誰かをうまく自分の味方につけたり

懐柔することが苦手で、誰の言葉も弾くなら弾くのだという気構えがない美里は

誰に対しても 距離があった。


だからといって特別に浮いていたわけではない。


皆 自分が一番だ そう思っているだけで 皆が 周りの人間に特別関心が在るわけではなかったから。

誰が どんな事を抱えて生きているか など 誰も知らないし興味などないのだ。


「親友だね。」そんな言葉で結ばれる友情も実に陳腐なもので、

自分の利益が損なわれたり、自分という者を脅かされるような事が在ると すぐにその絆は捨てられる。

その言葉自体は ただ自分の保身の為に相手を拘束する為のもので、特別な意味などまるで無いのだと美里は既に知っていた。


yu-koたちメル友の様に、知らないからこそ 言える事も在る。

学友たちの様に 知ってるからこそ 言わない事も在る。


家族の様に 理解して 知っていくと 寄り添っていくと 

簡単に答えを出したり、言えない事が増えてくる。

それもまた思いやりの1つなのだ。


また 階下では 父と母が喧嘩をしている。


だけれども美里は 彼らが仲が悪いと思った事はない。

彼らは自分に素直に生きている。ただそれだけ なのだと思っている。


自分も譲れない事があっても 譲らない姿勢が取れたら良いのに 

がんがんぶつかり合うくらい我を脹れたら良いのに。


今日も 自分と言う者と向き合い、自分に触れている世界を必死でかたちづくろうとしている美里は

また 今宵も暗い夜空を見上げている。


そして考えるのだ。


散文のように。ぱらぱらと。