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なんといっても、スタージェスの『淑女イヴ』の痛快な

バーバラが、思い浮かぶ。


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私にブロマイド(スターピクチャー)をくださったかたの

お気に入りがこのヘディ・ラマー(ラマール)だった。


以下の

http://mamdarin.blog87.fc2.com/blog-entry-126.html


にも多くのイメージがある。

ものの解説では、大輪の花と期待されながら五分咲きに

終わる悲運と評されているものがある。

この人は銀幕以外のエピソードにも富んでいて、たしかに

興味深い人である。


ヨーロッパ的なデカダンな雰囲気がアメリカには高級

すぎて合わなかったのだろうか?という勝手な憶測。


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ベネットがブロンドのころのもので、珍品。


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これは、若い頃ですな。『バターフィールド8』を想起させます。

リズ好きって、ベタすぎるかもしれないけど。


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この豊満な黒髪がまた魅力なのだが、実際は

黒に染めたらしい。と聞いたことがある。

これもいただきもの。許可は得ている。

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これは、岐阜のあるかたからの寄贈品。公開に際する

許可は得ている(数年前)。

もっと歳をとってからの、艶女・熟女化してきてからのほうが

私は好きだが。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%82%A4%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%89


1934年に始まり、1968年に終わる。

「世界についての表象」を良くも悪くも、34-5年支配した。

加藤幹郎さんの『映画・視線のポリティクス』(筑摩書房・1996年)の

巻尾に、日本語訳が所収されている。


映画における、エログロ(ポルノ映画と恐怖映画)はこの

ヘイズコードの終了時に、再開される。

ただやや、短絡的な志向がそこにあらわれる。

エログロを直接的に被写体におさめるという。

そこにおいて、表象の洗練さが失われた感はいなめない。


(ドラッグや他のトランスをもたらす手段を介した)純粋な

自閉的享楽への欲動は、一つの政治的瞬間に生まれ出る。

一九六八年の解放的筋書きがその潜在力を枯渇させたときが、

それである。この決定的な時点(七〇年中葉期)で残された唯一の

選択肢は、<現実的なこと-に向かう-衝動>であり、それは直接的で

野蛮な行為への道だった。それは三つの主要な形態を採って

顕れた。第一のそれは性的享楽の極端な形式の探求である。

二つめは、大衆が資本主義のイデオロギー嗜眠に完全に漬り

切っている時代ではイデオロギーの標準的批判はもはや役立たず、

したがって直接的暴力の生々しい<現実的なもの>に靠(もた)れる

こと(直接行動)だけが大衆を覚醒させるための突破口であると

考えた左翼の政治的テロリズム―「ドイツ赤軍RAF」やイタリアの

「赤い旅団」など―である。そして最後の形態が、内的経験の<現実的

なこと>という方向性の追求である(東洋的神秘主義)。これらの

三形態が等しく分け持っていることは、具体的な社会政治的関与から

退出し、<現実的なこと>との直接的な触れ合い(contact)に引き籠もる

という姿勢である。


S.Zizek(長原豊他訳)「バートルビー」。『ロベスピエール/毛沢東』

=河出文庫。.215)


「1968年」の残骸としての、ポルノ表現運動。

大島渚やアンゲロプロス(『蜂の旅人』)などにそれがある。

そもそも、若松孝二にあるのだろうか、未見ゆえに知らず。

例えばハリウッド映画は女優の歴史というより女の

歴史だと思っていて、これは一度書きたいと思っている

わけですけれど、その書き方がわからないんです。

バルトが、フローベールについて語るとき、自分には

方法がないということを盛んに言っていました。僕にも

方法がないんですよね。その方法のなさというのが女性の

すばらしさで、僕は快くそれをうけいれます。それについて

語るべき、あるいは分析すべき方法のなさというのが

いわゆる女性的なるものの最初であり最後でもあるという

ことです。


蓮實重彦インタヴュー(聞き手金井美恵子)、1992年4/13

(『國文學』1992年7月号)。


もうひとつ、私には解読できていない発言だが。