八年ぶりに訪ねました。
《一石橋迷子しらせ石標》
(案内板から引用)
江戸時代後半、この辺から日本橋にかけては盛り場で迷子も多かったらしい。
迷子がでた場合、町内が責任をもって保護することになっていたので、付近の有力者が世話人となり、安政四年(一八五七)にこれを建立した。
柱の正面には「満(ま)よひ子の志(し)るべ」とあり
また、
右側には、「志(し)らする方」と
また
左側には「たづぬる方」と彫ってあり、
それぞれ
上部に窪みがある。
利用方法は左側の窪みに迷子や尋ね人の特徴を書いた紙をはり、それを見る通行人の中で知っている場合は、その人の特徴を書いた紙を窪みに貼って迷子や尋ね人を知らせたという。
お互いさまの気風と
江戸の人々の知恵に瞠目するばかりです。
いわば庶民の告知板ですね。
一石橋の親柱と
その解説板
ちなみにここは中央区
千代田区との区境なのです^ ^


