医師の家庭物語(30)
ソフトボール会場がざわついた。
町内のソフトボール大会のような草野球
行事に大臣が突然現れたからだ。
悠然とグランドの中を歩み大会本部テント前
に立つみぞうゆう財務大臣。
大会本部
「皆様、試合中ではありますが一旦中断して
その場から本部前に向かってください。それでは
みぞうゆう財務大臣のご挨拶を頂きます。」
みぞうゆう財務大臣
「え〜、下々の皆さん、ご苦労です。え〜、
たまにはこのような下界での球遊びの場に私も
天孫降臨してみるのも良いかなと秘書に命じ
ましてですね、やって来た次第でございます。」
会場から野次が飛ぶ。
「何だ、あの我々を見下したような物言いは!」
「来なくて結構だ!」
「国を売るな!」
みぞうゆう財務大臣
「最近、みぞうゆうコンツェルンの分析によります
と、巷でみぞうゆうの影が薄くなっているとの
結果がありまして、これは私が余りにも下界に
顔を出さなさ過ぎによるものだと、ま、このように
認識したまでであります。え〜、少々の悪口や批判
なら結構でございますので、できれば随所でこの
私みぞうゆうの話題をしっかりして頂きたい。
SNSなどにもですね、しっかりとみぞうゆうネタ
を投稿して頂きたい。そうするとアルゴリズムの
関係でみぞうゆうというワードがトレンドになり
ますからみぞうゆうコンツェルン全体と致しまして
は大いにプラスになるわけであります。」
会場から野次が飛ぶ。
「何しに来たんだ!帰れ!」
「宣伝のために来たのか!」
「口の歪みを治せ!」
「水道を勝手に外国に売るな!帰れ!」
みぞうゆう財務大臣
「今は大変な世の中でございまして、伊達に私の
口も歪んでいるのではありませんが、え〜、この
みぞうゆうな時代におきましては下々の皆様も
しっかりとみぞうゆうな知恵を出して頂き、え〜、
このみぞうゆうな局面をしっかり乗り切って頂き
たい。え〜、特に若い下々の方々には天上界から
見ていて思うのですが、え〜、前例に囚われず、
型にはまらず、みぞうゆうな生き方をして頂きたい。青年よ、みぞうゆうに生きろとでも言いたい。
え〜、みぞうゆうな若者がどんどん出てきてですね、みぞうゆうな新しい時代を作って頂きたいと切に
願っております。」
会場から野次が飛ぶ。
「日本の国土を売るな!」
「水道を売るな!」
「早く試合を再開させてくれ!挨拶はいらない!」
「帰れみぞうゆう!」
みぞうゆう財務大臣
「この場をお借り致しまして下々の皆様にお告げ
したいのは、え〜、私はビションを描いておりまし
て、それは1億総みぞうゆう計画であります。え〜、何と言いましても日本国民全員が型に囚われない
みぞうゆうな、大胆な生き方をしようではありま
せんか。まさに1億総みぞうゆうであります。
ちなみに私はご承知のように国会におきましても
堂々と愛人問題につきましては7人の愛人の存在
を公言致しました。中途半端に週刊誌が愛人3人
などと記事にしましたものですから、はっきりと
デタラメを書くなと叱ったわけであります。え〜、
このみぞうゆうがそんなに異性にもてないとでも
思われては困りますから、はっきりと3人ではなく
愛人は7人だと国会で答弁した次第であります。
これは私の妻に対して説明責任は生じますが、
どうして国会の場で下々の議員たちからその件で
追求される筋合いがあるのかと・・・・。」
大会関係者
「あの〜、大臣、そろそろ切り上げてください。」
みぞうゆう財務大臣
「え、何?話が長いって?いやいや、ついこう
下々の皆様の顔を見るとですね、同情を禁じえない
ものですから。え〜、最後に今の567液体ですが、
あれはこのみぞうゆうは打たないよ。あんなものは
下々向けに打たせる方針でありまして、私のような
本当のセレブはあんな液体なんか打たないよ。
だから、みぞうゆうに生きろと、さっきから私は
こう言っているわけでして・・・。」
大会関係者
「あの〜大臣、大会の協賛企業のモンスターバイオ
様のこともありますので、液体につきまして赤裸々
に個人的な見解は控えて頂きますよう・・・。」
みぞうゆう財務大臣
「何を言うんだね、あんな液体はみぞうゆうは
打つわけないんだ。下々の皆様も参考にしなさい。
ん?何か文句でもありますかね?」
ざわつく会場。
財務大臣が液体を打たないと公言したことで
試合中の参加者や会場内外にいる参加者がざわつき
始めた。
みぞうゆう財務大臣
「え〜、ですから、このみぞうゆうは打たないよ。
あんな液体はセレブは打たないからな。打つわけ
ないでしょ。」
大会関係者
「だ、大臣、すいません、モンスターバイオ様が
聞いていますから穏便に願います。」
みぞうゆう財務大臣
「ほれ、いつかの厚生労働大臣も言っていたじゃ
ないか。あんなものは打たねえよってね。」
大会関係者
「だ、大臣!え〜、それではみぞうゆう財務大臣
もご公務にお忙しいので、そろそろご退席となり
ます。皆様、拍手でお見送りください。」
みぞうゆう財務大臣
「ん?俺はまだ大丈夫だけどな。まだ時間はある
からさ、まだ喋るぞ。」
大会関係者
「あわわわ、ちょ、ちょっと液体に関しては明言
を避けて頂ければ。」
みぞうゆう財務大臣
「なんで?」
大会関係者
「なんで、とおっしゃいましても。」
みぞうゆう財務大臣
「あんな液体を打つ連中の気が知れねえな。大体だな
俺はさっきから下々の皆様にみぞうゆうに生きろと
挨拶してんだから、みぞうゆうに液体も捉えたら
良いのだよ。分かるかな、そこの下々の関係者よ。」
大会関係者
「え〜、そ、それではみぞうゆう財務大臣には
このまま急遽、始球式に打席に立って頂きます。」
会場から野次が飛ぶ。
「始球式って?だってもう試合中だろ。」
「いつまでやってんだよ。早く試合再開させろよ。」
急遽、取り繕われた始球式。
打席にはみぞうゆう財務大臣が立つ。
マウンド上には大会協賛企業のモンスターバイオ
から中堅社員が急遽、上がった。
大会関係者
「それでは、みぞうゆう財務大臣ようこそ、と
いう事で始球式を始めます。それではどうぞ。」
マウンド上のモンスターバイオ中堅社員は
ソフトボール経験者なのだろう、手慣れたマウンド
さばきからウインドミル投法の動作に入った。
少し前かがみになってから右腕を風車のように
回してサッと球を投げた。
速球だ。
が、速球が明らかに逸れて、みぞうゆう財務大臣
の左脇腹を直撃した。
あっ!?
会場の皆が息を呑んだ。
始球式でデッドボールになるとは。
うずくまる、みぞうゆう財務大臣。
慌ててみぞうゆう財務大臣に駆け寄る大会関係者
一同。
騒然とする大会会場。
みぞうゆう財務大臣
「痛えじゃねえか、この野郎。」
マウンド上で涼し気な表情で立ったままのモンスター
バイオ中堅社員。
みぞうゆう財務大臣秘書
「わざとだ!」
大会関係者
「ど、ど、どどどど、どうしよう!?」
みぞうゆう財務大臣
「痛えなあ。痛えぞ。」
みぞうゆう財務大臣秘書
「おいお前!大臣に謝れよ!」
大会関係者
「わ、わわわわわわ。」
モンスターバイオ中堅社員
「・・・・・・・。」
みぞうゆう財務大臣秘書
「おい!謝れって言ってるだろ。聞こえないのか!」
モンスターバイオ中堅社員
「あ、これは失礼しましたね。」
みぞうゆう財務大臣秘書
「こいつ!わざとだ!」
モンスターバイオ中堅社員
「さあ。わざとだと言う証拠でもありますかね?」
みぞうゆう財務大臣秘書
「この野郎!」
大会本部テント前は険悪な空気に包まれた。
速球が左脇腹を直撃したみぞうゆう財務大臣は
打席でうずくまったままだ。
みぞうゆう財務大臣
「痛えな。下々の世界の痛みだな。」
モンスターバイオ中堅社員
「言っておきますが、我々製薬企業は下々では
ありませんよ。」
みぞうゆう財務大臣秘書
「な、何!?」
モンスターバイオ中堅社員
「我々のような世界的製薬企業から見れば、大臣、
あなたのほうが下々ですよ。」
みぞうゆう財務大臣秘書
「こいつ!言わせておけば!許さんぞ!」
険悪な空気に会場が包まれた中、気まずい雰囲気
のままそれぞれのグランドで試合が再開された。
医師の夫はベンチから始球式の模様を見つめて
いたが、再開された試合に視線を戻す。
対戦相手の薬師町チー厶のピッチャーがOLの
恭子ちゃんから見るからにソフトボール経験者
の女子大生の佳子ちゃんに交代した。
様になっているウインドミル投法で投球練習を
マウンド上で繰り返す。
薬師町チー厶もこれ以上は点を与えたくないと
本気モードになってきてピッチャーを交代させた。
希望ヶ丘5丁目チー厶は先程から医師の夫の代打
で入った医師の妻の打順であり、そのまま医師の妻
が打席に立った。
「プレイ!」
審判の声が響き試合が再開される。
ピッチャー佳子ちゃん、第1球を投げる。
鮮やかな速球が空気を切る音と共にキャッチャー
ミットに収まる。
バチッ!
強烈な速球がキャッチャーミットに響く。
ストライク!
審判の声が高らかに響く。
医師の妻は軽く素振りを繰り返し、マウンド
を見つめてバットを構えた。
医師の妻の涼やかな眼差しがピッチャーの佳子ちゃん
に向けられる。
対するピッチャーの佳子ちゃんも大学の体育会
女子ソフトボール部の投手でありプライドがある。
キリッとした眼差しで打席の医師の妻を見つめる。
引き締まった空気がグランドに流れる。
女性同士の熱い火花が散る。
ふと風が吹いた。
そよ風にバットを構えて打席に立つ医師の妻の
前髪が靡く。
涼やかな眼差しでマウンド上のピッチャー佳子ちゃん
を見つめる医師の妻。
打席に立つその姿は威風堂々。
まるで王者のような貫禄と落ち着いた雰囲気を
醸し出していた。
ピッチャー佳子ちゃん、第2球を投げる。
鮮やかな速球だ。
医師の妻はカッと涼やかな目を見開いたかと
思うと一気に踏み込んだ。
カキ〜ン!
涼やかな金属音がグランドに響き打球は美しい
放物線を描きセンターの守備位置の遥か上空に
消えて行った。
呆然と打球を見送るセンター。
ホームラン。
医師の妻による2打席連続ホームランである。
打球がセンターの遥か上空に消えて行ったのを
見届けてから医師の妻はゆっくりとまたゆっくりと
ベースを回っていく。
地鳴りのような大歓声がグランドを包む。
悔しそうにマウンド上にしゃがみ込むピッチャー
の佳子ちゃん。
息子の隆
「母さん、凄い・・・。」
息子の健二
「さすがは杜の都のスラッガー。宮城国体の
女子ソフトボール元宮城県代表選手だな。」
医師の夫
「・・・・・・・。」
医師の妻がホームべースに戻ってくる。
ベンチ全員が総出で医師の妻を迎える。
ハイタッチを交わす医師の妻。
4対0。
息子の健二の2ランホームランと医師の妻による
2打席連続ホームランにより希望ヶ丘5丁目チーム
はリードを広げる。
と、グランドに救急車が入ってきた。
再び騒然とする会場。
みぞうゆう財務大臣が脇腹を抑えながら救急車
に収容されていく。
大会関係者も念の為に救急車を呼んだようだ。
何やらキナ臭い空気が大会会場を包み込んだ。
つづく。