https://diamond.jp/articles/-/247317
日銀元副総裁がアベノミクスを総括
「辛口の評価をせざるを得ない」
成長率の平均は1%を切る
景気拡大を実感できず
――安倍晋三総理大臣が8月28日に辞任を表明しました。
これまでのアベノミクスの成果をどう評価しますか。
総理が体調を崩されて辞任を表明されたばかりの時に、総理の政策について評価めいたことを述べるのは非常に心苦しい。
そう申し上げた上で、お答えすれば、2012年末から大胆な金融緩和、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略の3本の矢を掲げたアベノミクスが始まった。
最初に円安が生じ、それから株高が進んだ。
円安と株高で日本の企業マインドも大きく改善した。
その限りにおいては非常にスタートダッシュのいい政策だった。
コロナショック前までだが、少子高齢化という支援材料もあり雇用も改善が続いた。
ただ、この8年近くの間の実質GDPの成長率は平均1%を切っている。
その意味で回復過程は非常に緩やかだったといえる。
企業経営者、消費者の感覚からすれば、景気回復、景気拡大を実感できるような状態ではなかった。
雇用情勢が良好だった割には、賃金がそれほど増加せず、その結果として個人消費はほとんどゼロ成長だった。
つまり、消費者の厚生は高まっていないということだ。
――第一の矢である大胆な金融政策についての評価は。
13年4月から黒田東彦日本銀行総裁が異次元緩和を開始した。
それまでの金融政策ではデフレを克服できなかったことを受けて、大規模な金融緩和に打って出た。国債やETF(上場投資信託)の購入額拡大、マイナス金利などの政策を重ねた結果、追加の政策手段がほぼなくなってしまった。
2%の物価目標を達成することもできていない。
これまでの政策はうまくいかなかったのではないか、ここまでの大胆な緩和を打ち続ける必要があったのだろうかと考えている。
大規模な金融緩和、大量の流動性供給では
物価は上がらないことが明らかに
――大規模な金融緩和をすれば物価は上昇すると主張し、緩和策を続けてきたわけですが。
結局、大規模な金融緩和、大量の流動性供給では物価は上がらないということが明らかになった。
物価上昇率をマイナスからプラスに転じさせるには、やはり企業の期待成長率が上がる、消費者の所得増加期待が増大するといった日本経済の先行きへの見通しが強くなることが必要だ。
――日銀が金融緩和を継続し、物価を上昇させるとコミットすれば期待インフレ率が上がるという経路にはならなかったわけですね。
そうだ。
そして、今、金融政策がだめなら財政政策でという政策論議が起きている。
私は、金融政策にしても財政政策にしても、その効果と副作用を常に点検しなければいけないと考えている。
副作用が目立ってきたら政策を見直すということが重要だ。
――ここまで拡大してきた金融緩和を手じまう時は来るのでしょうか。
効果があまりなかった政策については手じまうべきだと考えるが、政策の効果より副作用が上回るとか、振り返って判断が間違っていたという議論がなされていないので手じまうきっかけが生まれない。
本来は、そうした議論をすることが金融政策や日本銀行への信任につながると思っている。
――第三の矢である成長戦略の成果は上がったとお考えですか。
数回にわたって成長戦略を策定してきたが、見るべき成果は今日までない。
申し訳ないが、総合的に判断してアベノミクスには辛口の評価をせざるを得ない。
――今後、ウイズコロナ、アフターコロナの世界での経済政策はこれまでと変わるのでしょうか。
金融政策、財政政策双方を合わせて考えると、今後、景気が後退局面に入ったときに追加で講じることができる政策がなくなり、限界が見えつつある。
短期的には、コロナ制圧のための治療方法の確立に向けた政策や現在の企業倒産、生活破綻を防ぐための政策はやらざるを得ない。
結果として、実質的には日銀が財政ファイナンスの主体となることも覚悟して対応するしかない。
しかしそこから景気が立ち直っていく過程を、金融政策・財政政策で支えることは難しいと考えている。
民間企業がこれまでの内部留保重視の姿勢を転換して、リスクテイクを積極化し技術革新、デジタル化に向けた投資をしていくこと、さらには発想豊かな若手人材を発掘し抜擢していくことが求められる。
そこに日本経済再生のチャンスがあるとみているし、日本人はそれができると期待している。
設備や債務の過剰、資産バブル崩壊の兆候
金融システム不安懸念が景気回復を阻む
政策効果の限界が来る
景気や資産価格は下振れする
バブルの末期に増える
不正会計、粉飾決算
―コロナショック前の経済水準に戻るのにどれくらいかかるとみていますか。
コロナ前の水準に戻るのは、民間の経済調査機関の見通しの平均では、米国は22年末、欧州もほぼ同時期となっている。
日本の場合は23年末頃とみられている。こうした予測は、この4~6月期を底に緩やかに景気が回復していくことが前提になっている。
われわれは、先ほど触れたように年明け以降再び景気が落ち込んでいくとみている。
民間の経済調査機関の平均よりは慎重だ。コロナ前の水準に戻るには少なくとも3年はかかるだろう。
それをもって日本経済は最短でも全治3年とみている。
――その見通しよりさらに、回復が遅れるリスクシナリオは。
金融システムに火の粉が移るシナリオだ。
このシナリオの確率はかなり高いとみている。
資産バブルが世界で破裂すると、金融機関のバランスシートへの打撃は大きくならざるを得ず、同時発生する可能性が高い。
ただ、景気の落ちこみの程度、バブルの破裂の程度が読みきれない。
その程度によって金融システムへの打撃の大きさが変わってくる。
――バブルが膨張しているときは、そのバブルを正当化する論や考え方が出てきます。
1980年代後半の株式のバブルの時代は、Qレシオがそうでした。
MMTが出てきたことは債券バブル、国債バブルを正当化するためのように思われます。
その可能性はある。80年代後半、通常の物価は上昇していないが、資産価格が上昇している経済は均衡を欠いているのではという議論は封じ込められた。
地方でリゾート開発が進み、東京を国際金融都市にするということが表明されるなどして地価上昇があおられた。
日本経済はずっと右肩上がりが続くとする論さえあった。
それはおかしいと言っても、そんな弱気な見方ではだめだと反論される時代だった。
――バブルを正当化する理論以外に、バブル崩壊の兆候となるものはありますか。
7月に日本公認会計士協会が2020年3月期の不正会計の数を公表した。
46と、19年3月期より13も増えた。私はいよいよ出始めたと思った。
バブルの末期には不正が横行する。
90年前後もそうだったからだ。世界大恐慌の時代も不正や詐欺が多かった。
21年3月期に不正会計はさらに増えるかもしれない。
今までの延長線上で利益を出そうと無理をするから不正会計や粉飾決算が増える。
90年代前半に明るみになった証券会社の飛ばしも不正の一つだ
インフレターゲティング政策による
大規模緩和は金融不均衡を生み出した
―これから中央銀行の役割は変わっていきますか。変わるとすればどう変わりますか。
物価安定と金融システムの安定を図るという役割は変わらない。
そして、その結果として国民生活の厚生を高めていくということも変わらない。
この20年間、先進国ではインフレターゲティング政策の名のもとに、大規模な金融緩和を続けてきたことの弊害も出た。
資産バブルに代表されるような金融不均衡が生じ、蓄積されて、それが崩壊することで金融システムが動揺し、国民生活の厚生を損なってきたと私は思っている。
こういうタイプの政策は見直すべきだ。
先進国の中央銀行は、こうした認識を共有し、物価安定のための政策と金融システム安定のための施策を一体的に運営するにはどういう政策がいいのかを議論していくことが望ましい。
――インフレターゲティング政策は望ましくない政策なのでしょうか。
経済のポテンシャル(潜在成長率)が低下し、自然利子率が低下している状況では、金融政策で経済に刺激を与えていく余地は限られてきている。
ポテンシャルを高め、国民の厚生を高めていくという観点からは、インフレターゲティング政策は貢献度が高くない政策かもしれないという視点は持っておく必要がある