先日、近くの公園を通ったとき、本格的なカメラを三脚にたてて、レンズをのぞき込んでいるご年配の方が目にとまった。

 何を撮っていらっしゃるのか興味をもった連れが、その方に伺ったところ、「この季節になると、この辺りに姿を見せる珍しい鳥」とのこと。その方の視線の先にある木をスマホで撮ってみたのが、この写真↓

 よーく観ると、2羽のつがいと思われる野鳥が、木にとまっている。

 この方は、この季節に、この野鳥を撮るために、望遠レンズのカメラと三脚を持参して、ここにくるくらい野鳥が好きでいらっしゃるんだなーと感心した私。

 その時ふと「バードウォッチングが趣味」って、こういう方のことをいうのだなと思った。

 私も買い物に行く途中や出勤途中など、たまたま野鳥を見かけると、可愛くて、ついつい足をとめて、スマホで写真を撮りたくなるくらい野鳥が好きだけど、この方に比べると「バードウォッチングが趣味」とまでは言えないなって思った。

 

 そういえば、最近、人から「娯楽とか趣味はなんですか?」と聞かれて、すごい動揺してしまったことを思い出した。その時、とっさに『この人、人は娯楽とか趣味があるのが当然だと思っているから、「趣味はありません」っていったら、「変な人」「かわいそうな人」だと思われるに違いない』と察知して、「趣味とか娯楽とは言えないけど、野鳥を観るのが好きです」と返したら、相手は「ふーん」という感じで、話が膨らむことなく終わったのだが、「なんでこの人、急にそんなこと聞いてくるのか」と、突然自分のパーソナルスペースに土足で踏み込まれた気がして、しばらく嫌な気持ちを引きづってしまった。

 その時「趣味とか聞かれただけで、こんな風に相手に嫌悪感を抱く自分は異常ではないか?」と自分の未解決な問題(だいたい親との関係にぶち当たるのだけど)に焦点をあてて、自分をみつめてみようかな?と思ったけど「もういいんじゃない?」という、もうひとりの自分からポンポンと肩を叩かれて止められた思いがして、ハッとした。うん。確かに。もう別に「普通の人」でも「変な人」でもどうでもいい。感じ方は人それぞれ。自分が楽しければ、人からどう見られていたっていいと思う。

 野鳥だって、↑こんな風に、いつも池の真ん中でダンスしているような、目立ちたがり屋さんもいるし、

 ↑こんな風に、目立たないように花と戯れている野鳥もいる。

 

 私は、目立たないように、人と距離をとって、楽しく、心穏やかに暮らしたいタイプ。だからといって、目立ちたがり屋さんを、「変な人」とか「かわいそうな人」とか思ったり、否定したりしない。野鳥は、最初っからそんなことしていないしね。

 

 野鳥もそれぞれ。人もそれぞれ。

 あなたはあなたのことをする。わたしはわたしのことをする。

 

 人に依らず、自然の摂理に依って、自分を使って、平安に生きられることを祈るばかり。