皆様、今年もよろしくお願いします。
正月休み明けの三連休というのは、思いのほかホットする嬉しいものですね。

人を動かすことの難しさは永遠の課題ではないかと思うくらいメディアでも実に多く取り上げられています。
この連休初日の今日も、人を動かすコミュニケーションのことをいろいろ考えていました。

人動かす手段というのは様々なものがると思いますが。いずれにせよコミュニケーションがその重要な手段となるの間違いないでしょう。

大阪の高校で体罰を受けた生徒が精神的苦痛から自殺する事件がありました。
精神的苦痛と簡単に書いてしまいましたが、自殺した本人と遺族の方の気持ちを思うとその言葉では表しきれない深い悲しみと憤りがあると思います。

体罰というのはコミュニケーション手段のうちでは、「接触行動」と呼ばれる種類に入り、具体的には、なでる、抱く、叩く、蹴るなどの行為があります。
この接触行動には二つの性質を持つ面があり、一つは言語の乏しい発達の初期段階にとられた場合に重要な意味を持つこと、もう一つは成熟した大人同士の感謝、友情、愛情などを表す意味を持つ場合です。

ただし、ここで注意すべきは発達初期の段階は深い愛情が伴っていてこそ意味があるもの。成熟期では心が通じ合っていてこそ意味があるものということです。

ちなみに、コミュニケーションの種類には「接触行動」以外にも、動作(ジェスチャー、手足の動き、顔の表情、目の動きなど)、準言語(あくび、ため息、咳払い、相槌など)、空間行動(相手との距離、位置など)、他にも実に様々なものがあります。そして、もちろん言語もその一つです。

コミュニケ-ション=言語と捉えている人もいるかもしれませんが、前述のとおり言語はコミュニケーションの一部にしかすぎません。このことはコミュニケーションにおいて発生する問題の重要なポイントです。

コミュニケーションが成立するためには、送り手が「的確」に相手に投げ、受け手が「正確」に受け止めることが必要となります。この送り手の投げる「的確性」が大変重要です。的確でないものを投げられては、当然ながら受け手は受け取れることが困難となります。
送り手は、投げる前に相手が受け取れるかどうかをまず考える必要があります。
投げる球の種類は言語だけでなく様々なものを選択、組み合わせなければなりません。

力ずくの暴力で人を動かそうとしても、その恐怖感などから一時的に行動につながるにすぎず、決して相手は理解も納得もしていません。しかも一度受けた暴力は一生思い出から消えることはありません。


もし、事件が起きた高校の体罰を与えた顧問が、この受け手側のことを考えて相手を動かすための的確なコミュニケーションをとっていたら、事件は防げていたかもしれません。

「人を動かすことは難しい」、そのことをわかるだけでも、コミュニケーションは一歩前進です。