
八月納涼歌舞伎の第一部「恐怖時代」について。長文です。
久々のブログ更新でこんなに長々書いたら、またプッツリ途切れそうだけど、感想書いてないお芝居がいっぱいあるから、これからボチボチ更新します。お久しぶりの皆様、またよろしくお願いします。
さて、八月納涼歌舞伎三部の「怪談乳房榎」は本当に面白い演目だけど、個人的にはもうお腹いっぱい。
一方、人気なさげな一部(チケットweb松竹であまってるっぽい)の「恐怖時代」は、横溝正史が1976年の対談(『髑髏検校』講談社文庫コレクションに収録)で、
「ぼくの美少年趣味のもとは、谷崎さんの『恐怖時代』(中略)あれは谷崎さん自身も書いているが、ト書きがおもしろいんです。こわいんだ。美少年がじつに悪党なんですね、終わりになると。あの強烈な印象の影響です」
と言ってたの読んで以来、見たかった演目。
だけど、歌舞伎ではずっと上演なく、このたび33年ぶりの上演。
ってことで、ここを逃したらもう生きているうちには観られないかも!って気持ちで、暑さにひきこもっていた怠惰な体に鞭打って朝から出かけました。
そして見終わって思ったのは、これは「またやるな」
だって、勘九郎と七之助が「これあて書きじゃないの?」ってくらい役にぴったりで、どっちも生き生きとしていた。再演しないともったいない。
勘九郎の役は『甚だしく臆病で瓢軽なるお茶坊主』茶道珍斎。
七之助の役は『十ハ九歳の怜悧にして武術に達し、眉目秀麗なる小姓、太守の寵臣』磯貝伊織之介。
『』内は、谷崎の戯曲の人物紹介より原文ママ。
珍斎の登場は、序幕2場【女中・梅野の部屋】
みんな大好き芝のぶちゃんが珍斎の娘のお由良役で、父に似ず度胸の据わった忠義者。
お銀の方が、正室とその腹の子を亡き者にしようとしているというお家の大事を知ってしまい、
臆病者の父親の尻を叩いて、ご注進すべきと説得を重ねるのだけれど、珍斎は我が身かわいさに腰引けまくり。
ここの会話が、ほぼ戯曲通りなのだけれど、まあ面白いこと。
勘九郎の台詞と間が、おどろおどろしい戯曲をコメディにしている。
ますます勘三郎さんに似てきた声で「えっ?」「ええーっ」とか言って、仰け反られるとそれだけで客席大笑い。
「ズルイところが似てきたなあ(笑)」
ズルイって表現は悪いけど、ズルイって言いたくなるんだよ。
だって「え?」だけで笑わせるんだよ。
もっというと、台詞無くっても笑わせるんだよ。
故勘三郎さんも、舞台に登場するだけで客席が笑顔になる華を持った人だった。
「それに比べて勘太郎(当時)は華がないなあ」って思っていたんだけれど(失礼!)、いつの間にかお父さん同様、華のある役者になっちゃって~。
で、この場面、芝のぶちゃんが斬られて終わる。(きれいです。芝のぶちゃん!)
この戯曲、とにかくたくさん人が斬られる。毒死もあるけど、とにかくたくさん人が死ぬ。
でもね、あ、ネタバレだから言っちゃダメかな。でも、歌舞伎にネタバレなし(←マイルール。この後もひたすらネタバレ続く)ってことで言うと、珍斎だけは生きている。そこがまたいい。
すごいグロイ場面も見せられるんだけど、珍斎の存在がね、この芝居見終わったあとに「ああ、面白かったね」って言える雰囲気を作ってくれるのだ。珍斎は生きていてよかったね的な。
この芝居の主役は、珍斎だといっても過言じゃない! ←過言です。
さて、もう一方の磯貝伊織之介、第2幕第1場【春藤家奥庭の場】から登場。
長くなるけど、谷崎戯曲のト書きを引用。
『前髪姿の、国定流のうら若い妖艶な美男子で、女のような優しい口の利き方をする癖のあるのが、何となく油断のならない、狡猾らしい感じを与える。袴も着物も派手でなまめかしくて、女性的の優雅と奸譎と、男性的の智慮と豪胆とが巧みに織り交ぜられた人間であることを想像させる。』
って、どんな萌えキャラー-?!!!
他の登場人物がここまでしつこく描写されていないところからも、谷崎の伊織之介愛がうかがわれます。
実際は、登場した七之助を見てあそこまで↑想像した観客は少ないと思うけれど、とにかく、美しいのは間違いない。
後の立ち合いの場面では『袴の股立ちも取らず、平然として鬢を撫でつけたり、襟を掻き合わせたりする。』
はい、ト書きどおり!
ナヨナヨ見せておいて実は家中の誰よりも強いって設定は、現代の漫画やアニメでもかなりのモテキャラ。
実は、お銀の方も、伊織之介が好きだったのでした。
ここがポイントでね、一幕見ているとき観客は、お銀の方は春藤靱負のことを好きなんだと思っている。で、二幕で伊織之介と抱き合っていて、なんじゃこいつーとか思ってしまうのだけれど、実はお銀の方は春藤靱負のことを(子まで成したけれど)大嫌い。
玄沢殺しの場面で、靱負をクソミソ言うのには、実は本音が混じっていたわけ。面白いね!
梅野をだますために『嫌な嫌な靱負殿に真実焦がれて居るような、心にもない狂言を書く胸悪さ』なのだ。
このあたり、お銀の方を演じる扇雀さんがインタビューで、
「彼女は心から伊織之介と愛し合い、運命に翻弄されても最後は好きな男と死ねてうれしい。そんな感情を表したい」
と言ってます。ご参考に。
http://www.yomiuri.co.jp/culture/stage/trad/20140728-OYT8T50205.html
でーもーねー。
お銀の方は、心底伊織之介を愛していたかもしれないが、伊織之介はどうかなー?ってのが、私の解釈。
「愛し合って」はいなかったんじゃないかなー。
だって、伊織之介が愛しているのは、自分だけだもん!!!←と、谷崎は言ってないが。
『お部屋様、ここへおいでなさりませ。二人一緒に刺し違えて死にましょう』
これはお銀の方にとっては心中だけれど、伊織之介には、ただの「美しい」自殺。
ひとりで切腹なんて野暮ったい。綺麗なお銀の方を道連れに、自分の美の引き立て役。
魔性の美少年は、こうじゃなくっちゃ。
と、大学時代に某漫研の「耽美ゼミ」に身を置いていた私は解釈したのでした。
あー、ホント面白かった。
千秋楽にも観にいくよ。
「龍虎」の感想はそのときに。ごめん。笑。
歌舞伎公式総合サイト「歌舞伎美人(かぶきびと)」公演情報
http://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/2014/08/post_78.html