スピリチュアルって「言ったモン勝ち」の世界だよね。

 

 

 

見えない世界だもの。

 

 

 

人によっても定義が違う。

 

 

 

わたしは「まだ解明されてない法則」と定義してる。

 

 

 

すでに証明されてる「法則」は、目に見える実験とか方程式で表せるけど

 

 スピリチュアルは解明されてない。

 

 

 でも、知らなくても存在するものはある

 

 

 

わたしはそれを少しでも知りたくて、いろんな人の話をきいてる。

 

(youtubeとか見てるだけ。笑)

 

 

 

でも、どんな素晴らしい人でも、ぜんぶ話半分で聞いてる。



ふーん、おもしろいねーって。

 

 

 

たとえば、高次の存在からアドバイスもらってる人いるじゃん?



でも、どのくらい高次なんだろうね?


 

最近見た某高次のオジサンとか、めちゃくちゃ人間ぽかった。チャネリングしてるオジサンもそんなに、、だったかな。



もう少し上と繋がってそうな人もいて、そういうのはけっこう参考にしてる。



それでも全部は信じない。高次すぎると理想論が多いから、続くと疲れるてへぺろ



自分が気に入ったところだけつまみ食いしてる。結局、なんでもいいんだよ。笑


 

 

あと、スピ発信者全般に思うんだけど

 

みんなに当てはまる話と、すごく限定的な話をごっちゃにしがち。

 

 

 

最初は抽象度高いことを言う

ファンが増える

ファンが具体的なことを知りたがる

説明が増える

抽象度を下げていく


 

という流れをいくつか見てきた。

 



ビジネスとか自己啓発ならいいんだけど、「これが真理です」っていいながら、全員に通用しないことを言う人は、けっこうヤバイ。



その辺、誠実な人ほど慎重に対応してるよ。



 うまくいかなかった人がいても「それはあなたが間違ってる」って言われたら終わりでしょ。



周りの人間も「メンターが言うなら間違いないよね」となる。



本人は歯向かうのが怖いので「わたしが間違ってたんだ」って受け入れるしかない。



じつは支配と同調圧力。



それを明るくナチュラルにやっちゃってるコミュニティは、、どうなんだろうね。





まあ仕方ないのかな、とも思うんだけどね。


こういうコミュニティは勝手に磁場が作られてしまう。


それを選ぶのも自己責任。


自己責任論すぎてもしんどいけどね。




いまみんな余計なことを言わないようになってるから、「やめたほうがいいのでは⋯」って内心思っても本人に伝えない。



本当のことを言ってこじれるの、めんどくさい。



信じたら一直線。

でも、はずれたらぜんぶ終わり。



わたしは極端なのは苦手なので、いつも「ほんとにそうかな?」って考えるし、多数決が好きそうな人との付き合いはほどほどにしてる。




みんな、いいところも悪いところもある。



オイシイとこだけ取っていこう。笑