新しくブログをはじめて約2か月半  1か月半で気づいた。

 

 

 

前のブログを続けることが、自分の思っていた以上にストレスだったみたい。

 

 

これに似たことは過去にも何度かあった。そういうのを総合して考えると

 

 

自分としては「やりたいこと」をやってるつもりだけど

 

実は「やりたくないこと」を上書きするためにやってる

 

 

ってケースが多い。

 

 

流れ星

 

 

前のブログは、主にスピ系発信者Pさんのことを書いてた。

 

 

共感できたし、気づきがたくさんあったから。

 

 

でもちょっとずつ考え方がズレてきて、いつしか共感より反発の方が上回ってしまった。

 

 

そこですぐ離れたらよかったんだけど、しばらく決断できなかった。

 

 

それなりに学んできたし、離れるのは抵抗もある…

 

 

って、なんとかポジティブに続けようともがいてた。

 

 

そしたらどんどん書けなくなってしまい、ようやく決心がついてブログを引っ越すことにした。

 

 

行動に移すまでは時間がかかったけど、決めたら一瞬!

 

 

すると急に視界が晴れて、書きたいことがたくさん出てきた。

 

 

だからこのブログ、最初は更新頻度が高い 笑い泣き

 

 

でも今、それほど書きたいことがない ハートブレイク笑

早いって💦

 

 

日々いろいろ考えてるので、書こうと思えば書ける。ただ、前みたいに「どうしても書きたい!」ってほどじゃない。

 

 

書こうかな~どっちでもいいかな~、くらいのテンション。

 

 

 

それで分かった。

 

 

わたし、あの場所から抜けたかっただけ だった。

 

 

ストレスだったから、弾き返そうとするエネルギーが出てただけ。

 

 

ストレスを取り除いたら、そのエネルギーも消えた。

 

 

流れ星

 

 

過去も似たようなことをしてたのを思い出した。

 

 

昔、勤めてた会社。

 

すごくやりがいがある一方で、ストレスもハンパなかった。

 

 

そこでずっとやってみたかった企画があったけど、やらせてもらえなかった。

 

 

そのうち、普段の仕事のストレスが上回って退職した。

 

 

辞めた後、会社ではやらせてもらえなかった企画を、自力でできる範囲でやってみた。

 

 

そしたら、最初は良かったけどすぐ飽きた 滝汗

 

 

あれだけやりたかった企画なのに…笑

 

 

 

なぜそんなことになっちゃったのかというと、

 

 

当時のわたしは、社内でできる範囲のやりがいを求めていただけ。

 

 

企画そのものには、そこまで興味がなかったんだね。

 

 

会社という枠組みが外れて自由になったら、企画なんてどうでもよくなったの。笑

 

 

ストレスありきの「やりたいこと」だったわけ。

 

 

流れ星

 

 

知り合いのケースでもある。

 

 

「わたしは仕事が好きだから、旦那の稼ぎがあっても働きたい」っていう人を何人か知ってるんだけど

 

 

話を聞いてると、本音は「仕事が好きだから」じゃないのよ。

 

家でグータラしてると思われるのがイヤ

 

別の用事を頼まれるのがイヤ

 

旦那がいなきゃ生きていけない状況がイヤ

 

社会から切り離されるのがイヤ

 

とかだったりする。

 

 

「仕事が好き」はウソではないけど、第一の理由ではなさそう。

 

これが、本人に自覚がある上で、「他人に本音を言うのは体裁が悪いから言わないだけ」ならいいと思う。

 

 

でも、自分の中でナチュラルにすり替えてたりする。

 

 

わたしはそうだった。

 

 

逃げてるつもりはまったくなくて、「本気でこれがしたいんだ」って信じてた。

 

 

「新しいブログを始めたら、このテーマで書きたい」って強く望んでたけど、実は旧ブログのストレスの反動だった

 

 

「この企画がやりたい」と望んでたけど、合わない会社で働き続けたストレスの反動だった

 

 

 

本音では、罪悪感があったり「やめちゃダメ」という謎の試練を課してたために、かき消していた。

 

 

どストレートな望みって怖いんだよ。

 

 

非常識だったり、倫理的じゃなかったり、孤独になるかもしれないし、批判されるかもしれない。アイデンティティを失うかのような錯覚に陥るかもしれない。

 

 

でもそれを避けて【すり替えの望み】を叶えても、ずーっと不一致のまま。

 

 

人生かけてそれやってる人もけっこういる。

 

 

ホントは、

 

どストレートな本音を知って、恐怖に震えながら一歩踏み出すのが、人生の一番の近道なのよね

 

 

流れ星

 

 

ちなみに、身体ワークってこの行動をするためにやるものだと思ってる。

 

 

心と身体は繋がってるから、身体がガチガチなら心もガチガチ。

 

身体を緩めたら心も緩む。

 

 

すると、今までやれなかったことをやってみようかなという気になったり、問題と思ってたことが問題じゃなかったことに気づいたりする。

 

 

そこで、一歩踏み出せる。

 

 

そういう話じゃなかったっけ?

 

 

 

身体ワークとか瞑想は補助輪。

人間、動いてナンボ。

 

 

それを忘れて、「変わった気がする」って脳内で満足してるだけの人、いるよね。

 

 

仲間内でドーパミン出してスッキリしてるだけとか。

 

 

目の前の現実はというと、「ゴハンを味わった」「景色がキレイだった」とか、簡単で無難な変化だけ。

 

 

それも大事だけど。そういうのじゃなく、もっと別の現実があるでしょう。怖くて直視できない現実が。

 

 

「あなたはそのままでいい」とかいう言葉に甘えて、安全地帯の中に留まったまま傷つかずに変われると思うなよてへぺろ