この頃妙に元気ですね

 ぐり : ハイ!

 

首の痛みが治まらず何か月も整形外科に通っているうちに、体中のあちこちも

痛み出して困っていたはずですが。

 ぐり : ハイ!

 

それで総合病院を受診したらリウマチ性多発筋痛症と診断されたのですね。

 ぐり : ハイ!

 

何やら恐ろし気な病名に不安を覚えたことでしょう。

 ぐり : ハイ! でも病名にはあるものの、リウマチではないそうです。

 

おもに高齢者が発症するとか。

 ぐり : 。。。高齢者ですぅ

 

インドア人間で運動とは無縁のあなたが体中の筋肉痛に悩まされるとは

皮肉な話です。

 ぐり : ハイ!

 

元気なのは処方された薬がよく効いているからですね。

 ぐり : ハイ!

 

何か月も悩まされていた痛みから解放されてよかったですね。

 ぐり : ハイ! どこも痛くないって幸せなことだと気づきました。

 

ところで、処方薬は適正に服用しなくてはなりませんね。

 ぐり : ハイ。。。

       朝食後にだけ服用するところをうっかり夕食後も飲んでいました。

       2週間も。。。

       医師に叱られました。

 

処方薬にはステロイド剤も含まれているとか。それでそんなに元気なのですね。

つまりあなたは・・・

 ぐり : ハイ!

 

 

                   薬は用法用量を守って正しく服用しましょう

 

 

 

 

 

 

 

ぽっかり空いた時間が30分あったとしたら何をするかなと考えてみることがあります。

気になっているあれやこれやの整理整頓や処分、マンネリ化した料理のレシピに変化をつける、何年も連絡の途絶えている友人に電話してみる、あとは散歩、ぐらいかな。

って、こんなことを考えているときは大抵30分なんてものじゃない、1時間ほどもうだうだして無為に時間を費やしていたりします。

 

でも、今なら何だってする。

年末に見て見ぬふりした窓のサッシを掃除する。

今のわたしのこの状態よりマシだもの。

30分あれば読み終えてしまえるのに、予期してたエンディングにはなりそうにないとほったらかにししている本を読む。

今のこの苦痛の30分よりずっといい。

 

散歩だ、散歩。あしたはうんと寒くなるとテレビが言っていた。穏やかに晴れている今日は散歩日和ではないか。

今すぐ散歩したい。

 

ああ、鼻の横が痒くなってきた。困った。

こんな時は痛みより痒みのほうがツラい。

人間に痒いという感覚なんてなけりゃいいのに。

我慢だ我慢。痒いのは妄想だと思い込もう。

そうだとも、クシャミが出ちゃうよりそれこそマシではないか。

 

わたしは今、身動きがとれない。

いいえ、動いちゃいけない。

動いていいのは心臓だけ。

 

「30分間、リラックスして横たわっていればいいですからね」

そんな言葉も、指一本動かさないでと言われた後じゃリラックスどころか、緊張するばかりです。

呼吸時のお腹の膨らんだり凹んだりは問題ないのかな。

などと要らぬことまで考えてしまう。

 

そんなこんなで苦行の30分が経過。

 

微動だにしない30分間が、この先わたしの人生に二度と巡ってこないことを願っているうちにMRI検査は終了しました。

 

 

 

この2か月、首が痛いのです。

 

検査後の診察で、医師は言いました。

「画像を見る限り異常はありませんね。

グリさん リハビリをサボってばかりいるからです。

きちんと通いなさいね。マッサージは30分もあれば済むことですよ。」

 

 

 

馴染みのない言葉を聞いたとき、それが外来語ではないらしいと推測はできても、頭の中ではその音(おん)がカタカナで鳴るばかりで漢字の表記がさっぱり浮かばず、意味が解らないことってありませんか。

「クモイのクゴ」

子どものときに聞いたこれがそのうちのひとつです。小学校の校歌の歌詞にありました。

おそらく平仮名で書かれた紙を見て覚えたのでしょうが、歌詞の意味を教わった記憶もなく、年に数度歌うのみで気にも留めなかったのでしょう。

卒業してしまえば校歌なんて歌う機会もなくなりますし。

それでも歌詞は忘れずにいて、歌の終わりに地名を繰り返し唱和したことを思い出したりすると、そういえばと、「クモイのクゴ」ってなぁにとなり、相変わらずカタカナばかりが頭の中で跳躍するのでした。

 

おとなになるに連れ、「クモイ」は「雲居」、雲上人のことだと解ってきました。

校歌は昔から地域の特産品をエライひとに献上していることへの矜持が内容ですから。

さて、残るは「クゴ」。

けれど検索しようとさえしません。そんなのは些細な疑問でしたから。

これが解けたのは3年前の同窓会で、でした。

会食の席に件の校歌をプリントした紙が用意されていて、皆で何十年ぶりかで歌ったときです。

今はおとなですもの、歌詞は漢字でした。

「供御」。

「雲居の供御」でした。

小さな疑問でしたが、解決すれば気持ちもスッキリ。

オマケに作詞者が坪内逍遥と初めて知ってヘェ~。

 

 

これの干し上がって粉をふいたのが雲居の供御です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

              ザリガニの鳴くところ   ディーリア・オーエンズ

 

 

むかし母から聞いた、母の幼かった頃の話を時々思い出します。

「近所の父親が大雨の翌日、川で死体で見つかった。酔って川に落ち溺れたのだろうと巡査は言った。これであの家も平和になった、仕方なかったのだ、警察は関係ないと、近所の者みなが言っていた。」

 

どんなに発達した文明社会にあっても、人間も生き物の一種。生き残りを賭けた一瞬には本能だけが働くこともある。そんなとき意思や社会のルールは意味を成さない。

 

 

「ここには善悪の判断など無用だということを、カイアは知っていた。そこに悪意はなく、あるのは拍動する命だけなのだ。たとえ一部の者は犠牲になるとしても。生物学では、善と悪は基本的に同じであり、見る角度によって替わるものだと捉えられている。」 (抜粋)

 

 

この小説が映画化されていることをブロ友さんの記事で知り、そういえばわたしの読書リストに載せていたっけと思い出し、読んでみた次第です。

舞台は1950年代からの主に20年間のノースカロライナ州の湿地。

沼地で他殺体で発見された青年の捜査の行方と、「白人トラッシュ(貧乏人)」と蔑まれながら湿地でひとりで生きる少女の成長譚です。

 

定職もなく癇癪持ちのうえ、酒癖の悪い父親が振るう暴力に耐えかねた家族が次々と去り、幼少期からひとりで生きていかざるを得なかった少女。

少女には湿地がすべて。湿地の動植物に馴染み、貝を採り、食料に替え、地域社会との接触を最小限に抑え、普通に暮らす人々から逃げて生きていく。
その胸には消えない疑問があります。

きょうだいや父親はともかく、感性豊かで優しく、愛情深かった母親までもがなぜ自分を置き去りにしたのか。

母親への断ちがたい思慕とともに年月を重ねた少女は、その答えを生き物のサバイバル本能のなかに見出します。ああ、少女の胸にストンと落ちただろうなあ。生き物としてお母さんを理解し、それはあなたも同じだったんだよね。読者の多くが本書で最も共感するであろう場面です。

 

ところで、少女の成長譚と書きました。ロマンスが付きものです。野生児がまともな人間になった話ではないのです。

少女の最大の理解者である少年が早い段階で登場しています。この少年がとてもいい。

年若いながら、感情に流されない節度ある態度を見せる少年には心底感じ入りました。今日び、こんな紳士には滅多にお目にかかれない。

共通の関心事があることを独特の方法で少女に伝え、その心を開かせ、共に湿地を歩き、ボートで湖を巡り、文盲だった少女に識字能力を身につけさせることもします。

これが湿地のエキスパートととしての少女の能力をのちに「文明的」に開化させることに繋がっていきます。

そして年月をかけて相思相愛だと確信するまでに至りますが、カイア(少女の名前)がカイアであるゆえにふたりに距離ができたり、復縁したりとジュブナイル向けとしても読ませどころに満ちています。

 

本書には湿地の季節ごとの風景や気候、そこに棲息する生き物、植物の描写が実に多くあります。

ストーリーテリングが好きなわたしは話の進展を早く知りたくて、ともすればこういう箇所にまどろっこしさ感じ、読み飛ばすことがあります。

今回はそうしませんでした。描写に用いられる比喩が詩的で臨場感ををもたらし、文字からならではの想像力が発揮されたからです。

 

「その瞬間、一陣の風がどっと吹き、おびただしい数の黄色いプラタナスの葉が命の支えを断ち切って空に流れ出た。秋の葉は落ちるのではない。飛び立つのだ。飛翔できる一度きりのチャンスに、彼らは与えられた時間を精いっぱい使って空をさまよう。日の光を照り返して輝きながら、風の流れに乗ってくるくると舞い、滑り、翻る。」  (抜粋)

 

登場人物には思いやりのある誠実な人柄をうかがわせる人も何人かいて、少女が蔑まれ差別されるばかりではなかったことは読み手には救いで、話に陰鬱さを感じません。

サスペンス要素あり、登場人物の心情には得心がいき、動物学者でもある著者による生き物の描写を堪能できる、読み応えのある一冊でした。

 

非日常。

この言葉が連想させることと言えば、それまでのわたしの生活には旅行ぐらいしかありませんでしたが、今思えば4年前の2か月間こそがまさにそれでした。

旅行ではありません。メルカリです。

来る日も来る日も、日がな一日ケータイ片手に梱包と発送を繰り返した2か月。

 

健康上の理由から、兄が決めていた半年後の廃業(縫製業)を1か月後に早めた日からわたしの非日常が始まりました。

工場内を空にするというのです。

巨大な裁断台や機械類は同業者に引き取ってもらうことになりましたが、問題はその他の縫製に関わる様々な物です。

うちは婦人服専門に加工していましたが、スカート一枚作るに生地と糸があれば済むというわけではありません。他にファスナー、接着芯、ウェスト芯、ウェストゴム、フック、スナップ、デザインによっては手付けの飾りボタンなどが要ります。

そういった製作に関わる材料が大量に残っていました。

糸ひとつ取っても種類が多様で、様々な用途に適するそれぞれの糸があります。多種類の色も揃っています。それも、パッケージを外してない新品も少なくなかったのです。

それら全てを兄は産業廃棄物として処分するというのです。

モノに執着しないわたしですが、これはもったいないと思いました。

もったいない。

欲しい人は手芸店でお金を出して買っています。

「処分はわたしに任せて。」 わたしが言うと、「期限は一か月」と念を押す兄。

 

そこでまず、友人知人に声をかけ工場まで来てもらい譲ることにしました。もちろん無料です。

「ご自由にお持ちください」

皆、レジ袋や箱を持参し持っていってくれました。中には見知った顔以外もありましたが、喜んでもらえてよかったです。

それでもまだ大量に残っています。

そこでアカウントを持っていたメルカリに出品することにしました。

メルカリは本やCDの購入に時々利用する程度でしたが、出品は初めてでした。

 

 

 

早朝家を出て工場に向かい、「商品」を車に詰め込むと自宅に帰り荷を下ろします。何度工場と自宅を往復したか分かりません。全てを移動させながら、同時に出品。

家中がモノで溢れ、縫製工場の匂いがしました。

メルカリへの投稿で時間のかかることは出品物の撮影と説明文を付けることです。

説明文はある程度テンプレートを作ることで手間を省けますが、撮影には気を遣いました。

実物と画像とでは色合いが変わるからです。

即買いしてくれる人が多かったのですが(迷っていると売れてしまう)、コメント欄に寄せられる質問やリクエストに応じることに割く時間も少なくありませんでした。

もったいないからと出品したはいいが、買い手が現れなかったら今や汚部屋と化したわたしの家をどうすればいいのかと不安でしたが、そんな心配は要りませんでした。

出品するそばから「SOLD」がつきます。

そりゃそうです。ひとつひとつ出品なぞしていられません。糸なら30本以上、ファスナーは箱単位でまとめて売り、オマケで10本つけて利益は1000円程度。

「縫製工場の廃業につき大量にあります。この後も出品します。」との文言に引かれて、趣味で手芸をする人以外の裁縫教室を営む人もわたしのページをチェックしていたようです。

メルカリへの手数料と送料を引くと利益がワンコインということもありましたが、とにかく捌けていけばいいのです。

わたし自身も2か月後に引っ越しを控えていたので自宅がゴミ屋敷化することだけは避けなければなりませんでした。

新品も混じった激安ショップ。薄利多売でドンドン売りました。

家事なんぞしていられません。期限付きですからおろそかになってもかまいません。こんな時、ひとり暮らしは迷惑をかける家族もなくていいです。

買い物に行ったスーパーでは段ボール箱をもらってくることも必須でした。発送に要りますからね。

発送のため日参した運送会社の人とは顔なじみになり、メルカリの達人と呼ばれもしました。

そんな日々を送ること二か月弱。、とうとう最後のひと箱が家から消えて、かすかに縫製工場の匂いが残るだけとなりました。

 

塵も積もればなんとやら。掃除を後回しにしてきた部屋の隅には綿埃・・・、も、そりゃ積りましたが、薄い利益も積もったのです・・・ウフフフフ♪

もったいない精神を発揮し頑張ったわたし、偉い。

兄一家、娘夫婦を誘って食事に出かけたわたし、リッパ、リッパ。

 

 

 

最初はこの程度でしたが売れることが分かって次第に一度の出品量が増え、この5倍を出すこともありました。

 

 

針は当然ですが全て新品です。1パッケージ500円ほどですからかなりお得です。

 

 

実は廃業品を売る傍ら・・・こんなものや

 

 

こんなものも売っていました。