よっちゃん脳梗塞発症してからもうすぐ6年。

2回目の家族旅行に行ってきました。

今回もブログに書きたいことがたくさんあるので

わけてかこうかと思っています。

 

沖縄家族旅行メンバー (7人)

86歳(母)

56歳(よっちゃん)

50歳(みなちゃん)

23歳(長女さん)

20歳(次女さん)

14歳(末っ子ちゃん)

26歳(長女さんの彼氏)

 

母以外は、初沖縄。

今回は、それぞれ住んでる場所から、那覇空港集合!!

 

三日目(最終日)

お天気にやっとめぐまれて最高!

朝食は6時半~だった為、7人で並んで一番のり (笑)

 

そして、首里城へ

早めの朝食をとったのは、首里城の開門儀式を見学したかったです。

首里城も坂が多いと聞いていたので、電動車いすを借り、

予め予約をしていたガイドツアーで手続きをし、早速、開門の儀式から首里城見学スタートです。

 

私と母は日本史が少し好きなので、ものすごく興味深くとても楽しかったです。

ガイドさんのお話に2人は釘付けになりました。

お話を聞きながら、戦争で跡形もなく燃やされたこと、建物や物・人々の思い・どうしてこういうデザインになっているのかなど、本当に短い時間ですがたくさn教えて頂き、個人的に感慨深いものがあり涙が出てきました。

特に印象深かったのですが、戦争後、首里城あとは琉球大学が出来(今は移転していますが)、その琉球大学をつくる際に、いつか首里城は復活すると思っていた方々が、残っていた足場など土に埋めそこを駐車場にした事。その足場のおかげて本殿のサイズを戦争で焼けてしまったけど分かったとか。

 

もしかしたら、歴史の文化財など人々の生活には必要ないと思う方が多いかもしれません。

でも、首里城の再建中の現場を見ていたら、建物や資料など後世に残していかないといけないという思いだけで、今があると思うとなんか、その思いにさらに涙が・・・。

個人的に、勝手にその研究者方の思いに感謝しまた涙。

そして、今、復活しようとしています。

研究もさらにさらに進んでるらしく、焼失前より本当にあった首里城へとうまれかわるとの事でした。

絶対、その時は、また来たいと思いました。

 

個人的な意見ですが、守られてきたものや建物などは、私たちの代でなくさずに、後世につないでいきたい派です。

そして、首里城の最後は、家族全員で衣装を着て門の前で写真撮影をパチリ

これは、本当にいい写真になりました。

よっちゃんのリハビリの先生たちにも自慢してみました(笑)

 

 

それから、首里城から国際通りに移動し、 

屋台でランチ。

 

その後、よっちゃんが今回の沖縄旅行で、絶対、ここで買い物がしたいと言っていた「SOUKO」へ

プロレスラーさんもよく着ているTシャツ屋さんです。

お店はオシャレで店員さんもとても優しいイケメンさん。

なんで、ここのお店にきたかと私が、よっちゃんの気持ちを熱すぎるくらい代弁し、

その思いの答えてくれたのか車椅子のよっちゃんにすごく声をかけていただきました。

そのおかげでよっちゃんもかなりノリノリで一緒に記念写真も撮ってくださり、いい思い出がまた増えました。

 

その後は、もちろん「琉球プロレス」を見に(笑)

旅行前にメールで問い合わせしていたので、とてもいい席をとっていてくれて、本当に楽しかったです。今回は、楽しいプロレスでした。あの、バンバンという音少なめ、笑いおおめでした(笑)

 

その後、那覇空港へ。

 

たまたまなのですが、有料ですが、宿泊したホテルにスーツケースなど手荷物を預けると那覇空港まで

運んでくれるシステムがあり3日目も荷物軽く観光出来ました。