良きにつけ、悪しきにつけ、結局、自分が生きるなかで体験し、そこから気づいたことが、場合によってはおぼろげにおもったことを、法華経にいいあてられてしまったような、共鳴、共感。これがなければ、ソーダと思えない。
日々気づいて、照らしあわせて、共鳴、共感、ソーダ、ソーダと
だからといって、仏となったと慢心しない。
法華経の主旨は、教えることではなく、体験などを話すこと