(1月10日のFacebookに書いた日記)

 

本格的に2017年の仕事が始まりました。

ありがたいことに、去年もいろんな方にお声がけ頂いてお仕事頂いて
いろんな台本を書かせて頂きました。

その中で昨年、我ながら「書いて面白かった台本の文章2016 第1位」は
こんな感じでした↓
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 〇ジョニーデップ上手IN~所定位置へ
 
ジョニデ:<※感謝の言葉>
 
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進行台本を書きながら「ジョニーデップ上手INて!」と
我ながら「ありがたいなぁ」とはもちろん思いつつ、
自分の文章に笑いました。
今年も、色々書かせてもらえるよう頑張ろうと思います。
(と書きつつもう20日ほど経ってしまってるなぁ)

22時―。文京区東京ドーム。

今日は、友香は目当ての抑え投手・下山―ショウちゃん―の登板がないままゲームセットを迎えた。ショウちゃんとの関係を誰にも言えない友香はただ1人、試合を終えたスタジアムでぼんやりとシートに座っている。

下山投手には付き合って長い「立派な彼女」がいる。友香にとって、こっちは試合の応援とはわけが違って大変だった。いろんなことを1人でいろいろ考えて、乗り越えても乗り越えてもまた次の壁にぶつかるからだ。「ショウちゃん」からは

「トモと先に出会ってたら絶対トモと

付き合ってた。同じ関西出身やし、

落ち着くし。それは事実。」

と言われはするが「ショウちゃんに彼女がいる」というのが現状だ。相手は、5歳年上のテレビ局のアナウンサー。付き合って5年になる。プロ野球選手にはよくあるパターンだ。その状況について友香はいつも「出会った人がたまたまアナウンサーだっただけ」って言い訳をもらう。それに対しては「どうでもいいのに。だって最初からアナウンサーの人と付き合ってるって知ってて今の関係になったんだからそこに文句は言わない」と思うようにしているが、やっぱりネットで「2人の関係」を書いた情報を見ると楽しくない気分になることはやっぱりあった。「下山投手と女子アナ」については、良く書いた記事も悪く書いた記事もたくさんある。良く書いた記事は友香にはもちろん楽しくない。そして、悪く書いた記事はというと、最初は楽しく読んでいた。だが、今ではそっちも楽しくないと感じている。その原因については、友香自身理解していた。

 

それは、嫉妬でしかない。

 

悪く書いた文章でもそれは、ショウちゃんと彼女の関係が世の中に認知されているからこそ生まれる。逆に、当然だが「ショウちゃんと友香」のことはどこにも書かれてない。2人しか知らない、誰にも知られてはいけない関係だから仕方がない。だが、誰にも知られてないという事実に、友香は時折「てことはもしかしたら私の恋愛は世の中に存在してないってことなのかもしれない・・」と難しく考えすぎることまであった。「ショウちゃんとあの人の情報」をネットで見ると、落ち着かないから見なければいいのに…と思いながらつい検索しちゃう自分がいた。そうじゃなくてもテレビやネットで、ショウちゃんとあの人のことは不意に出てくる。ショウちゃんとの恋愛を通して友香は、

有名人との恋愛特有の大変さを体感していた。

一般の人相手の恋愛なら「会いたくない、声も聞きたくない」と縁を切ったらそれで終わりだが、有名人が相手だとテレビやネットやコンビニに並んでる雑誌の表紙、電車とかバスで隣に座った人の会話に勝手に引き合わされる。突然、知らなかった情報を目の前に突き付けられる時ほど苦しいことはなく…だから、突然引き合わされる前に自分自身で少しでも知っとこうと思って「下山翔太 村山睦佳」って検索するようになったのかもしれない。

 スタジアムでは清掃スタッフが客席のゴミを拾い始めていた。友香は「仕事の邪魔になるだろうから、そろそろ席を立たなくちゃ」とは思ったが、コップのビールはまだ半分くらい残っていた。「どうしようかな…」と思いつつ、念のためにラインを確認してみたが「ショウちゃん」からは、やっぱりまだ何のメッセージも届いていなかった。それどころか、試合前17時くらいに「今日も頑張ってね」って送ったラインもまだ既読になっていなかった。今日はショウちゃんが以前に「このキャラおもろいやろ?」と、友香に教えた「ブンキョウリュウ」っていう変な恐竜のキャラクターのスタンプを見つけたから、それもつけて送ったが…まだそれも見ていないようだ。オレンジ色の恐竜が「相手を喰っちまおうぜ!」ってセリフを炎のように口から吐き出しているスタンプを、友香はを応援のつもりで送っていたが、試合前には見てもらえていなかった。仕方なく

―まあショウちゃん、今日のゲームには

 出なかったしまぁいいか。

と思いなおすことにする。大体、「ショウちゃん」はスマホを車に忘れたまま球場に入ることが少なくないことを友香は知っていた。多分今日もそうだっんだろうと自分自身に言い聞かせながら友香は「ブンキョウリュウ」のスタンプの中にに、今送るのにちょうどいいセリフのデザインはないかと探しながら席を立った。そして「待ち伏せしちゃうぜ!」っていうスタンプを見つけた時は、即座に「これいいかも」と思ったが、もしかしたら迷惑がられるかも…

と思い直してそのスタンプの送信を見送った。そして代わりに…いつも通りのメッセージを送る。

 

―お疲れ様。いつものファミレスに

入ってます。どこに行ったらいいか

言ってね。

 

その後、友香はスマホの着信を気にしながらスタジアム出口へと歩き始めた。歩きがら飲んじゃうことにしたビールは、ファミレスまでの徒歩10分の道のりの間に飲み終えるはずだ。

 東京ドームを背にして神保町・皇居方面へとまっすぐ続く白山通り沿いには、チェーン店系の居酒屋やファミレスや飲食店が並ぶ。そのうちの2階に店舗を構えているファミレスが友香の行き付けだ。ショウちゃんが先発だった頃は、月に2回くらいしか来ていなかったが、抑え投手になった今年は来る回数も増えていた。店員も何となく彼女の顔を覚えたのか6月くらいからは「喫煙ですか?禁煙ですか?」と聞くこともなく喫煙席に通してくれるようになっていた。友香の個人的指定席は店内の一番奥。白山通りを行き交う車が見下ろせるように並ぶ6つのカウンター席の1席に今日も腰掛ける。ここでショウちゃんからのラインをぼんやりと待つのがいつものパターンだ。「友香の家集合」になるか、白山通りをずっとまっすぐ行った神保町での「待ち合わせ」かのどちらかだが、その決定権は友香にはない。いつもショウちゃんの判断で決まる。ちなみに「ショウちゃんの家」というパターンはない。彼女と住んでるらしいから当たり前の話だ。

友香の家か?神保町にあるタワーマンションの裏通り、外套も暗くて人気のない場所で拾ってもらうか?「今日はどっちかなー」と予想をしながらとりあえず「時間つぶしの品」を注文する。メニューはもう見ないでも全部頭に入っているし、この後ショウちゃんとご飯を食べるかもしれないことを考慮して「深煎りのコーヒー」だけを頼んでタバコを口にするのもいつものこと。このファミレスで吸うタバコについては、友香には自分だけのジンクスになっていることがある。タバコが2本目に入るくらいでショウちゃんからのラインが来る日は2人でご飯に行く。3本目に入るくらいで・・の日は友香の家に集合になる。「今日はどっちかなあ」と思いながら1本目を片手に、アプリのスロットゲームで時間を潰すことにする。友達5人とグループ組んでるアプリのスロットゲームで友香のコイン保有数は今、6人の中で1番だ。

 

何も頭を使わないでただアプリのスロットを回しながら友香は、ショウちゃんがある土曜の朝にボソッと口にした言葉を思いだした。

 

 「こういう世界に生きてるから

俺の周りでは色々、色々ある。

だから色々、色々迷うけど…

金曜は少しだけ楽。

トモのおかげで安心する。

どこにも漏れない「弱さを出せる場所」を

見つけた奴は結果的に強いと思う。

正直、俺も助かってる」

 

友香の家で「朝ごはん」を食べながらボソッとこぼした言葉だ。その思い出した言葉をきっかけに、スロットには頭を使わないままショウちゃんとのことが頭の中を回り出す。ショウちゃんは「弱さを出せる場所」って言ってくれたけど、友香は「ショウちゃんの弱さ」を見たことがない気がする。

 

そもそも、友香自身自分の性格については「彼氏が安心するようなタイプの女性」じゃないと思ってる。高校時代、事務所にスカウトされてグラビアモデルをやっいてた時だって「顔が固い」「感情が伝わってこない」「見てる人がホッとできるような笑顔を意識しろよ」って注意されてばっかりだった。「そんな自分のどこに安心してくれるんだろう」という疑問はいつもどこかにある。そしてエッチだって別に上手くないと思っているし、金曜日に会った時も毎回するわけじゃないから「ショウちゃんだってそう思ってるかもしれない…」とは気にしている。それなのにショウちゃんは「弱音を吐ける場所」って思ってくれているのなら、分からないなりに金曜日だけはそういう存在でいようと思っているのが現状だ。

 

―金曜日の夜だけはショウちゃんの時間は

私との時間だから。

 

―金曜の夜、あの人は多分仕事してるから。

多分っていうか絶対。

 

スマホゲームのスロットを回しながら「ショウちゃん」のことを考えていたのに、だんだんとその「横の人」までが登場し始めた。

 

毎週土曜日、「あの人」は早朝から生放送で情報番組に出ている。だから夜中からテレビ局に入っているはずで、そのおかげで「ショウちゃんと2人で会えている」というのが友香の憶測だ。

 タバコが2本目に入った。でもショウちゃんからのラインはまだ来ない。「てことは、今日は家集合か。今から電車に乗るのはちょっとめんどくさいな・・・」と友香が考えていると、手元のスマホがピコン!と鳴った。

 

―あ。「7」が揃った。

 

アプリのスロットでスリーセブンが並んだ。大当たりだ。すぐにコインがどんどん出てくる。「やった」と思うと同時に、大当たりの情報はグループ組んでる友達に一斉に流れて、ほどなくみんなからお祝いのメッセージが入ってくる。ゲームを続けながら、友香はすぐに入ってくるメッセージにひとつひとつ返事する。

 

「トモすごい!また大当たりじゃん!

かわいい子は勝負運も強いんだね!

悔しいっ!」

「やった♪なんかついてるみたい♪」

 

「どうしてそんなに当たるの!

美人だしゲーム強いしウラヤマシス!

コツ教えて!」

「コツとかないよぉw」

 

「私、まだ撮影の仕事中・・・。

トモに負けたくないから、

仕事終わったら絶対に追いつくから!」

「仕事頑張って!応援してるよー」

 

グループの友達はみんな、合コンも女子会もよく行く一緒にやってるメンバーだ。グラビアを辞めて普通に派遣やっている友香以外は、まだグラビアで活動できてる子や、金持ちの人なんかと結婚しちゃった子ばっかり。

 

友香と比べて、みんないい所に住んでる。グラビアの子もそんなに売れてはいないが「毎月20万だしてくれてる人がいる」と言って、青山のきれいなマンションに住んでいる。自分で全部のお金を出して、1人暮らしをしているのは友香だけ。京王井の頭線・西永福駅近くにある家賃8万7000円の1K。。でも築が古いからちょっと広い。

 

友香自身、どこかみんなから見下されているのは分かっていた。「本当には私のことを、かわいいとかうらやましいとか思ってない。」と確信している。みんなには、私のことをそうやってほめる「余裕」があるだけだと思っているし、それは間違いない。友香はもう一般の派遣だから、高い服もバッグも買わないし必要ないしそもそも買えない。みんなの競争相手じゃないからこそ「ともちゃんかわいい」って言われるだけ。だから時々「もう会わないでもいいかな」って思う時もあるが、中学を卒業してすぐに滋賀から出て来た友香には、業界やってる彼女達以外の友達はあんまりいない。だから完全に会わなくなることは不安。それに、みんなといると普通だったら行けない店にも連れてってもらえるし、普通は飲めないお酒も飲めるし、その結果普通じゃない華やかな気持ちにもなれるという事実も捨て難かった。それは多分、地元にいた頃に友香が憧れていた東京の景色。20代が終わった今、正直言うと、そういう場所にあんまり興味もなくなって来てる部分もあるが、そこに行かなくなったら友香にとっての東京は「西永福の1Kの部屋と会社だけ」になってしまう。

 

時々「みんなにショウちゃんのこと言ったらどうなるかなぁ」と友香は考える。日本を代表するピッチャーが小さな西永福の1Kのアパートに来てるとか知ったらどうなるか―。

 

―みんな「すごい!」って言ってくれるかも。(続)

「22時 文京区 東京ドーム」

 

「あーあ。負けちゃった。

あそこで誰かが打ってたら、

ショウちゃんが出て来て

投げたかもだったのにー」

 

友香は誰かに聞いてほしいけど、誰にも聞かれちゃいけないくらいの声で呟いた。タバコ吸いに行こうかなって思ったけど、まだ手元の紙コップには持ち歩いてつまづいたらこぼれちゃうかもくらいのビールが残ってる。「もう少し飲んでから吸えばいいか」と思いなおし、客席シートにちょこんと座り直した。東京ドームのスコアボードは、10回裏のスペースに「0」をつけてゲームセットを告げた。10対5―。まさかの大逆転負けに、それぞれの守備位置からベンチへ戻ってくる選手達の足もトボトボに見えてくる。友香の応援していたジャイアンツは、7回まで3点もリードしていたのに8回表に追いつかれた。それでも9回裏に1アウト満塁、バッターは4番と一打サヨナラのチャンスを作った。そして、4番が相手ピッチャーの球をはじき返した打球はグン!と高く上がってサヨナラホームラン…まではいかないもののレフトの深いところまで飛んだ。その距離から考えて「犠牲フライでサヨナラだ!」と思えたのにレフトの選手が好返球。タッチアップのランナーもホームアウト。サヨナラ勝ちのはずがダブルプレーで延長戦へ―。こうなるとゲームの勢いは相手に傾く。10回の表に5点も取られてはもうダメだ。試合終了が22時を回る長いゲームになったのに、友香が「サヨナラゲームの乾杯用に」と手にしたビールも「ショウちゃん登場の期待」もどちらも空振りに終わってしまった。

 

「あーあ。今日は出番はなかったなー」

 

友香は誰かに聞いてほしいけど、誰にも聞かれちゃいけないくらいの声で呟いた。

―ピッチャー●●に代わりまして下山。

 

というコールがスタジアム全体に響き渡り、満員の観客が「ワッ」と沸く瞬間が友香は好きだけど大好きでもない。もちろん「ショウちゃん頑張れ」とも思っているが、同時にその名前が流れた瞬間はうまく言えないけどなんだか変な動悸に襲われるからだ。「友香しか知らないショウちゃん」が「みんなの下山投手」になっていて、その下山はマウンドでは無表情なままで淡々と勝負を片付けていく。勝負で「下山」は絶対に熱くならない。淡々と相手の嫌がるところ、弱点を確実に攻めて打ち取るのが「下山」の投球スタイル。試合後のコメントも少ない、短い、味気ない。その冷静すぎるくらいに落ち着いた配球と雰囲気から「処刑人下山」って呼び名もつけられているくらいだ。でも友香の知っているショウちゃん―彼女の家にいる時の下山―は全くの逆。たまたま見た子供向けアニメなんかにもすぐに感情移入して涙を流すほど感受性豊かな31歳だったりする。そのギャップには、友香自身も「どっちが本当の彼の性格なんだろう?」って思う時があるのは事実だが・・・。

 

とにかく今日の試合、「ショウちゃん」の出番がなかったことは、友香にとってはとても残念だったがそれでも「ま、いっか。今日金曜日だし」とつぶやいて気分を切り替えた。

 

今日は金曜日。「金曜の夜」っていう、

友香にとって一番大事な時間が始まる―。

 

その「大事な時間」を前に、しばらくはここから動いても仕方ないことを知っている。だから、周りの人達のように慌てて客席シートから動くこともなく、ビールを飲みながらさっき終わったばかりの試合を1人思い返す。

 

―今日は1人じゃない形で試合楽しめたな。

 

 今日の友香は、偶然隣に座ったおじさんの野球解説にずいぶんと楽しませてもらいながらのゲームを観戦した。大学野球部出身と言っていたそのおじさんは確かに招待客の多いスペースに座っていたし、サラリーマンにしては立派な身体だったこと、野球部出身らしい大きな声だったことから考えて、とそれはきっと本当だと思えた。そして野球についていろんなことを頼んでもいない友香に話し続けた。ジャイアンツの選手にも後輩が何人もいると言いながら、

「まぁ年も20くらい違うから、全然関係ないんですけどねウッアッアッハ。」

「収入も雲泥の差で向こうが上だけどね。

ウッアッアッハ。」

と自虐するような話題を自分で大笑いしながら友香に話した。そうかと思えば、

「この後はもう

シュートひっかけて終わりだよ」

「あー。ピッチャー変えないとこれ、

打たれちゃうよ。

レフトに流して2点入るよ」

と玄人目線で語るその分析を次々と当手て見せた。そして、その玄人目線で「ショウちゃん」については

「今日はもう下山は出ねえな。

なんだよチクショウ。

あいつのストレート見に来たのに」と

残念がって友香を内心喜ばせた。さらには、

「知ってます?下山のストレートは回転があり過ぎて浮力が生まれるから、下に落ちないんです。あれ相当ヒジと手首に負担来ると思うけど、あれはすごい。

打席に立った奴が言ってたんですけどね?あ、俺の後輩でタイガースの3番の野上。知ってます?野上。3割でホームランも30本打ってる奴。あいつ俺の後輩なんですけど、その野上が下山の球は目の前をミサイル通過する感じって言ってたから相当ですよ」

と褒めちぎった。ただその後、

「野上が後輩って言っても10歳くらい下だからあんま面識ないですけどね。でも先輩風吹かせますけどね。なぜならそれが『野球の世界の常識』だからウッアッアッハ」

 

なんて余計な話も聞かせたわけだが、とにかく「ショウちゃん」を褒めてくれたことが、友香にはたまらなく嬉しかった。まぁ、もしかしたら向こうは若い女性―といっても31歳だけど―の友香と楽しく話したかっただけかもしれない…という考えも友香の頭には一瞬よぎったが、とにかくいつも1人観戦とは違う形の楽しいゲーム観戦になったので満足していた。  

普段の友香はもらったチケットの席に1人で座って、1人で観戦して、1人で球場を出る。内野のいい席を取ってもらえることでゲーム自体は見やすいが、ずっと1人だから周りで友達や彼女や家族と盛り上がって見てる人を少し羨ましいなと思う時もあるゲーム観戦だ。それでも友香は、友達とは行けないから仕方がない。「私とショウちゃんのことは誰にも言えないから仕方がない」と思っているからなおさらだ。ただ、今日隣に座った野球部出身おじさんからは・・

 

「1人でこんないい席で観戦して

すごいですね。あれ?もしかして…

誰かの彼女とか?

週刊誌とか出ちゃったりしないように

気を付けて下さいね。ウッアッアッハ」

 

…と半分当てられたことにはびっくりさせられ、さらには…

 

「お姉さんかわいいですね。

タレントとかやてました?

でも売れなかったとか?ウアッハッハ」

 

・・・ってばっちり当てられてしまっていた。

 

友香には、時々思うことがある。

 

―自分と同じような境遇で選手を

応援してる人って、

スタジアムに何人くらいいるんだろう。

 

中には、もしかしたら同じ選手を同じ目線で見てる人が同時にスタジアムにいる時だってあるのかもしれない。とも思う。友香自身が2番目だから―下山投手にとっての2番目だからそう思うのだった。

「正直な話、金曜日の試合終わりが

1番ホッとする。

試合終わったらトモに会えるからです」

 

 友香が「ショウちゃん」にその言葉をもらったのはもう3年も前の話だ。「ショウちゃん」が友香の家に来るようになって何度目かの帰りに渡されたメモ手紙に、そんな「感情的な言葉」がプロ野球選手とは思えないような丸い文字でつづられていたのだ。そして「丸い文字のメモ手紙」は、その後も沢山もらうようになり、友香はそのほとんどを取ってある。時々、その1枚1枚を見返しながらいまだに「こんな関係になるなんて全然考えもしなかった…」と付き合い当初のことを思い返すことも珍しくない。

友香が初めて「ショウちゃんの登板」を観戦したのは出会って3か月くらいが経ったシーズン半ば、夏の東京ドームだった。そしてその日招待席で見せてもらって以来、彼が投げる日はほぼ毎試合観戦に足を運ぶようになっていった。出会った頃の「ショウちゃん」は先発だったので、友香がドームへ行く日も限られていた。でも今年からショウちゃんは「抑え投手」にシフト。その結果、試合に出るか出ないか分からないままに毎回足を運ぶようになっている。

 

 試合の日、友香はいつも派遣の仕事を定時の5時で上がってまっすぐ東京ドームへ向かう。会社のある三田からは地下鉄で1本。「招待シート」で1人で試合を見て、終わったら1人で帰る。水道橋駅の改札を入ったら中央線、京王線、京王井の頭線と乗りつぐ帰り道でラインを送って、ショウちゃんからの返信を気にしながら家に帰るのが常だ。だが、試合が「金曜日」の時だけは状況が違う。試合が終わったら球場を出て、水道橋駅の改札を横目に白山通りをまっすぐ歩いて、近くのファミレスへ。そこでショウちゃんからのメッセージが来るのを待つのが「金曜日の試合後」だ。友香の家で待ち合わせか。ベンツで拾ってくれる場所に移動するか。彼の指示を待つ。

 

―金曜日だけはショウちゃんに会える。

下山選手じゃないショウちゃんに会える。

 

‥それが友香のモチベーションの全部だった。

 

プロ野球選手は試合が終わったらすぐに帰れるわけではない。インタビューを受けたり、シャワーも浴びたり、その場でマッサージなどのケアを2時間も3時間も受けて帰る選手だっている。この3年の間に友香は「ショウちゃんの場合はシャワーとアイシングと…球団の人との軽い打ち合わせなんかも済ませてやっと出てくる時だってあるから早くても2時間はかかる」とすっかりその状況を把握していた。だから「試合終わりに会える金曜日」でも、こっちだけ慌てても仕方がない。その余裕から友香は、スタジアムに集まった5万人の大半が席を立っても、腰も上げずに残りのビールをゆっくりと口に運ぶ。そして、誰もいなくなった前の座席に、行儀悪く脚を乗っけてリクライニング気分に浸りながらつぶやいた。

 

「お疲れ様。

今日は出番なかったけどお疲れ様だよ。

とりあえず乾杯~トリカン」

 

友香が手にしているビールは、今年からケンちゃんがCMのイメージタレントの1人をやってるメーカーのビールだ。CMでは、ケンちゃんが投げたボールが銀色のビール缶に形を変えて、美味しそうな泡を吹き出す。友香はそのCMが大好きだ。本当は今日も、ケンちゃんがCMで言ってるセリフで乾杯って言いたかった。

 

「最高の勝利のそばに最高の乾杯!」

これを言ってからビールを飲むと、本当に美味しさが増す気がするから、ビールの味って「気分」も大きなトッピングだといつも思う。だけど今日は言えなかった。仕方がないから、スコアと選手名が映し出されたビジョンにコップを相手に完敗した。「ショウちゃん」が登板して試合を終えた後は、そこに表示されている「下山」の名前あたりにコップを重ねて乾杯気分を味わうのが常だが、登板していない今日はそこに「下山」の名前はない。ビジョンに「下山」の名前が出るとつい撮ってしまう写メは、彼女のスマホの中にどんどん増えて何枚も入っているが、今日は増えなかった。

「トモって、俺が勝っても負けても

試合のこと 何も言わないよね?

 でも試合は見てくれてるのは事実。

正直、そういう存在ってすごい救われる」

 

 付き合いが始まって1年経った時に言われた言葉を、友香は今もしっかり覚えている。

この一言が励みになって、できる限りドームに観戦に通うようになっている。「ショウちゃん」が打たれなかったらもちろん友香も嬉いし、打たれてしまえばもちろん悲しいし見ているのも辛い。それでも「ショウちゃん」の言葉を思い出して「ちゃんと試合見なくちゃ」って思いなおして乗り越える。そして乗り越えると、次の試合とかまたその次の試合で「ショウちゃん」がまたいいピッチングを見せてくれることで、救われた気分になる。だから今の友香はもう、試合がどんな形になっても見守るのは大丈夫。それよりも乗り越えるのが大変なものが彼女にはある。

 

―「ショウちゃんの恋人の存在」がキツイ。

(続)

「僕らの時代はさ、物もそんなになかったけれど、お金の心配もなかったの。それはなぜかっていうとね?日本って国が成長してる段階だったからなの。『国が成長期』だったから、誰もが普通に頑張っていれば普通に生活ができたの。もちろん良くないこともたくさんあったけどね。それでも国全体が若かったから失敗も許されたんだよ。もう1回言うけども『国が成長期』だったから、みんなで未来に向かって生きて行けたんだよね。でも今はさ、時代が変わって普通に頑張ってもダメな所も出てきたわけじゃない?それは国が年を取ったってことなんだよ。年を取ったらさ、普通にしていてもあちこち痛くなっちゃうでしょう?病気しちゃうしょう?それと同じだよね?そうするとさ、お金がかかるでしょう?今の日本社会もそういう状態だと思うんだよね。年を重ねた大人がさ、若者より失敗が許されないのと同じでさ、国が年を取ったんなら、世の中には「失敗が許されない」って空気が漂っちゃう。それが今の時代だと僕は思うの。そんな世の中だから若者の中には失敗は許されないし、許しちゃいけないって感じちゃう子も多いと思うんだよね。そしてそれが結果的に『お金を持ってることが失敗しないために1番大事なこと』って思ってる子も多いんだよね。うちのせがれなんて、さっき電話をよこしてきたんだけども。何て言ったと思う?

『オヤジ!

バカ勝ちしたから人生勝ち組だから!

何でもおごってやるよ!』

だって。まったくバカで仕方ない。でもそういう僕らが、ウチのせがれとか美佐代ちゃんに対して「違うんだよなー」って感じてることはさ、半分は「年を取っちゃった日本」っていう時代のせいって所もあると思うんだよ。そしてさ、僕らの生まれる以前にもきっとそんな時代があったと思うんだよね。」

「そう!杉さん、いいこと言う。イェー」

 

杉さんの言葉に対して美恵にも思う所もあったのか、今度の「イェー」に対しては何も言わなかった。杉さんは変わらず目を細め、御猪口を一口運んでから、さっきより少し大きな声でもう一言続けた。

 

「ま!若者の中には楽をしてお金を儲ける人も出てきたのも事実だから、こういうガッポガッポみたいなことをいう残念な子が育っちゃう世の中になっちゃったところもあるんだなぁ。アハハハハ」

 

杉さんは自分の言葉に大笑いながら話をしめくくった。本人は満足そうだったが、驚いたのは美佐代だ。美恵からかばってくれていると思っていた相手に最後にほおりだされた気分になったからたまらない。

 

「え?私、杉さんにダメ出しされた?」

「アハハハハ。いやーーいいね!乾杯」

「いやいや杉さん、意味わかんないよ。ね?

いい話と思って聞いてたのに

私にダメ出しだったの?」

「アハハハハ。

♪まわる~まわるよ~時代はまわる~だよ。

アハハハハ」

 

杉さんは急に歌いだし「大丈夫だよ。美佐代はかわいいから。ねぇママ?」と美恵に同意を促した。美恵も「黙ってればね」とだけ言葉を返して笑い、この話はおしまいとばかりにテレビのボリュームを少し上げた。2人が勝手に話を終わらせようとしているからたまらない。美佐代は慌てて「いやいや杉さん、美恵さん、解決になってないって。ね?」と食い下がったが杉さんは気にせず話題を「注文」に切りかえた。

 

「よし!もう1回乾杯しよう!

ママ、ビール1本!」

「杉さん大丈夫?明日も仕事でしょう?」

「いやー今日は気分がいい!

いいね!飲もう!」

 

そういうと杉さんは、受け取った瓶ビールを3つのグラスに注ぎ乾杯の音頭を取った。

「美佐代ちゃんの新しい恋への1日目と

思って乾杯!」

「杉さん70歳近いのに、

何か今のおシャレ~」

 

美佐代は照れをごまかそうとわざと杉さんをからかってみた。杉さんは日本酒のようにビールをクイッとやって続ける。

 

「いやー日本酒をやった後のビールは

久々だけどいいね!美味い!」

 

杉さんは目尻をもっとゆるめた。

 

「そう言えば美佐代ちゃんもママも

知ってる?この前ね?

ビールのコマーシャルでおしゃれな乾杯の

言葉を聞いたんだよ。なんだったっけなー。そうだ。

『新たな出会いは、いつでも新たな乾杯を

届けてくれる』だったかな。どう?」

 

杉さんの言葉に美恵は深くうなずきながら会話を美佐代に振った。

 

「あんた、次はちゃんとじっくり考えて

恋愛しなさいよ?私、あんたの東京の

お母さんとして、ちゃんと見るからね」

 

その言葉を聞いて、美佐代はグラスをテーブルに置いた。

 

「美恵さんごめん、実は…この後ここに

彼氏呼んじゃったんですけど…いいよね?」

「・・・え?新しい彼氏?」

「そう、新しい彼氏」

「あんたはもう!」

 

今日1番の大きな声で「もう!」が

返って来た。

 

「アハハハハ!いやーいいね!いい!」

 

また大声で笑った杉さんの声を後ろに美恵の説教が返ってくる。

 

「あんた、お金がどうのこうのとか、勇太君が

 面白くないとか色々言いながら、

結局次の男がいただけの話じゃない!

私が今話したこと、全部意味がない!

もう!あんたは・・・もう!」

 

美恵の口車が加速を始めた矢先、暖簾がめくられ引き戸が開いて声がした。

 

「すみません・・」

 

少し細身の物腰柔らかそうな青年がスマホ片手に暖簾の間から顔を見せている。20代前半だろうか?美恵は説教の口車を急停車させて、笑顔とお手拭きで迎える。

 

「いらっしゃい」

 

と、美佐代が立ちあがって彼の肩に手をかけ少し大きな声で美恵と杉さんに紹介を始めた。

 

「こちら、ナカジマヒロキくん。私の彼氏です。カメラマンでぇ。私より3歳年下です」

「あら!そうなの!?

みぃちゃん、こんな男前の彼氏いたの!?

びっくり!」

 

美恵はしっかりと美佐代をフォローするような感じで挨拶を続ける。

 

「はじめまして美恵です。みぃちゃんの東京の

お母さんって勝手に思ってます。

座って?ビールでいい?」

「はい!ありがとうございます!」

 

素直な返事に美恵は優しい笑顔で席に促した。ビールのサーバーを扱いながら「みぃちゃんとは知りあって長いの?」と話を振ると美佐代の方が答えた。

 

「知りあってからは3年くらいだよね?」

 

これを美恵は「アンタに聞いてないわよ。女の子が出しゃばらない!」と制して美枝は続けた

 

「3年も前からみぃちゃんに、

こんなハンサムな知り合いがいたなんて

知らなかったわ」

「あれぇ?美恵さんは何でも

知ってるんじゃなかったの?」

「美佐代?」

「ん?」

「大人をからかわない!もう!」

 

眉間にしわを寄せてピシャリといった美恵は、改めてヒロキの方へ「カメラマンなの?カッコいいわねぇ」と話を振った。杉さんはそれを黙って笑顔で聞いている。

 

「カメラマンって言うか・・まだ見習いです」

「見習いでもいいじゃない。

頑張ってることが大事。はい、どうぞ」

 

ヒロキにジョッキを手渡した後、美恵はもう一度同じ言葉を繰り返す。

 

「カメラマンって

やっぱりカッコいいじゃない。」

「いえ、本当に見習いも見習いなんです。

写真もまだ下手だし…」

 

ヒロキの視線は下を向いたままだ。その緊張気味の彼に助け舟を出そうと美佐代はさっきより強めに肩をポンとやった。

 

「そう!若いからまだこれからなの。

だけど頑張るんだもん。ね?」

 

美佐代のハッパにヒロキはゆっくりうなずいた。そして会話が止まらないように美佐代が続ける。

 

「そして、何年かしたら1人前のカメラマンになって。ね?頑張ってガッポガッポ稼ぐ!

だよね?」

「美佐代!」

「はい!」

 

美恵が「お金の話はしないの!」とばかりに眉間にしわを寄せて小さく首を横に振っている。閉じている目は杉さんのそれと違って恐い。美恵に、また冗談を本気で止められた。また同じ説教のループになるんだろうか?改めて助け舟を期待して投げた視線の先の杉さんは、いつの間にか、またスヤスヤと船をこぎ始めている。

 

「杉さん、まだ10時前なのに

また寝ちゃった」

「もう10時よ」

 

美佐代の言葉に美恵が優しく返事した。テレビでは変わらず野球中継が続いている。試合は9回、ジャイアンツが満塁のチャンスだ。日本シリーズに進むのはジャイアンツかもしれない。

―杉並区永福町。

美恵の経営する赤提灯の小さな居酒屋。

久々に顔を出した美佐代が悪びれず

「別れて来た」と話したことに対しての

美恵の説教・小言は小休止。

「杉並区」の名前の由来に話が転がって…

美佐代が美恵に聞く。

 

「てか杉並区って杉って、この猫が持ってる

杉の木の杉って意味で合ってんの?」

「美佐代、あんた知らないの?」

 

美恵はそんなことも知らないの?とばかりに、少しだけあきれた顔を浮かべる。

 

「え?知ってる方が珍しくない?」

 

全く知らないという顔をした美佐代に、美恵は鍋やフライパンをいじりながら「杉並区」の由来を聞かせた。

 

「阿佐ヶ谷の方、青梅街道あるでしょう?

あの辺は、江戸時代は『岡部』って武士が

治めてたのね?関ケ原の合戦で家康に

認められて、あの辺の土地をもらった

領主なんだけど…その時に成宗村って

いう村と・・・もう1個なんだっけ…

山手線の駅みたいな名前の・・・

あ、田端村よ!その2つの村の境目を

ハッキリさせるために、まっすぐの

『杉の並木道』を作ったの。

それが由来で『杉並』ってついたのよ。」

「へー。じゃあ、

この猫が『杉』抱いてるのも正しいんだ」

「そう。今はもうあそこは杉並木じゃなくて

イチョウ並木になってるけどね」

「へー。てか、すごいね美恵さん、

何でも知ってるね」

 

美佐代の感心めいた声に優しくにんまりしながら、美恵は話題を「すぎなみみぃ」に戻した。

 

「でもやっぱり、この猫なんか変でしょう?

みぃちゃんもそう思わない?」

「思う!てか、美恵さんも

気に入ってないんなら捨てちゃいなよ」

「そうだけどさ・・。

あんた、人からもらったものをそんなに

簡単に捨てられないわよ」

「でも飾ってあげなくても良くない?」

「でも、持って来てくれたお客さんが

『これ、絶対人気が出るんです。

アニメにもなるんですって』

って言うからさぁ」

「じゃあ人気出てから飾ったらよくない?」

「そうねぇ・・・」

 

美恵自身も「イマイチ」と思っているからか、今日初めて美恵と話が合った気がした。美佐代はこのタイミングを逃さずに「美恵の料理で1番好きないつもの」を注文することにした。

 

「美恵さん、たまご焼きももらっていい?」

「今、もう作ってるわよ。

みぃちゃん頼むと思ったから」

「すごい!美恵さんなんで私が頼むって

分かったの?」

「私は何でも知ってるの」

「本当にすごい!尊敬する!ちなみにネギ、

多めでお願いしまーす」

「言われなくても入れてるよー」

「マジで!?本当にすごいんですけど!」

「私は何でも知ってるの」

 

美恵は得意そうに言いながらフライパンの上の卵を転がした。大粒に刻んだ長ネギが美味しそうに均等に卵の中に絡んでいるのが見える。

 

2人で話しているうちに、杉さんがまたウツラウツラしていた。気付いた美佐代はちょっとだけ大きな声で、杉さんに話を振った。

 

「ね?杉さん、もう1杯飲む?お酌するよ?」

「じゃあもらおうか」

 

杉さんの目尻は終始穏やかなままだ。杉さんの横でお酒を注いでいる美佐代を見ながら、ようやく落ち着いた声で美恵がつぶやく。

 

「気は効くのよあんたは。

そういうところは、いい子なのよ。」

「ま、仕事はできるんで♪」

「ただ、そういう一言が余計なの!

いい加減に分かりなさい!」

「はーい」

「返事は短く!」

「はいっ!」

 

とにかく一言一言、美恵の琴線に直撃する美佐代の会話についに杉さんが声を上げて笑い、語り始めた。

 

「いやー!いい!美佐代ちゃん。いいね!

若い!いいよ!いい!」

「そう?」

「僕もね、ママと同じで、若い頃に昭和を

生きた人間だからママの言うことも分かる。

でもさぁママ、僕はこう思うんだ。恋もね?

男も女も時代で変わるんだよ」

「お!杉さんいいこと言う!イェー!」

「美佐代!杉さんの話をからかわないの!

ちゃんと聞きなさい!もう!」

 

美恵の「もう!」がまた出たが、今度は杉さんが気にせずゆっくりと続けた。

(③-2へ続)

正月にヒゲをそってみた。

年の始めくらいはスッキリしようと。

 

そしたら、何かの憑き物が落ちた!!

・・・かのように金運が落ちた。。。

 

大至急、ヒゲ戻ればいいのに。

それだけの話。

 

金運が上がることを何でも全部やるしかない。

 

 

―杉並区永福町。

美恵の経営する赤提灯。

店内では常連の杉さんが1人まったり…。

ところが、その空気は店1番の常連の若手・

美佐代が入ってきたことで一変する。

どこか達成感を感じさせる口調で

「有楽町の居酒屋で、彼と別れて来た!」

という美佐代に対し、

美恵の表情が一変して‥

 

 

「あんたねぇ・・」

 

―やっぱり始まった。

 

何か注文しようと本日のおすすめを眺めていた美佐代の視線も「メニューはいいから、適当に出してあげるから、こっち向いて話を聞きなさい」と捕まった。美恵は鍋が乗ったコンロに火を入れる。

「おでんでいいわよね?」

「はーい。」

 

―他を頼めるわけもない。

 

「勇太くんいい人なのに何で別れたの?もう」

「ねー。」

「ねーじゃないの!

大人をバカにしないで答えなさい!」

「はーい」

「で。なんで別れたの?」

「うーん、色々考えることもあってさ。

とにかく頑張って別れてきた。

なんかねぇ、面白くなかったんだよね。

色々。ね?杉さん、そういうことあるよね?」

 

何となくた助け舟を期待して杉さんに話を投げてみたが効果なし。優しく目尻を下げながらお猪口を手に聞くだけだ。いくつになっても恋愛話は女性の出番だ。やっぱり美恵が割りこんでくる。

 

「別れたくないって、

何回も言われたでしょ?」

「すごい!何で知ってんの?

そう、何回も言われた。」

美佐代は美恵の的中した予想に、少し大きな声で答えた。

「やっぱり・・」

「何で知ってんの?」

「私は何でも知ってるの」と不機嫌の中にも少し得意そうな顔を一瞬見せて美恵は続ける。

「で、何回も別れたくないって言われて、

あんたはどうしたの?」

「うーん。別れるって決めてたから

『転勤した』って嘘ついといた」

「転勤?」

「うん」

「どこに?」

「実家。広島に。で、

『私、遠距離無理だから別れるしかない

と思う』って嘘ついといた」

「この子はもう!」

 

そういうと美恵はタバコに火を付けた。美佐代は美恵の説教モードがもう1段階上がったと覚悟する。

 

―これはもう…おでんも温まっても

しばらく出してもらえないな。

 

「美佐代あんた・・・そんな嘘ついて、

もしも街でバッタリ会ったらどうするの?」

「私、井の頭線の永福町。あの人、中央線の

阿佐ヶ谷。同じ杉並区だけど沿線も

違うから、そんなに会わないよ?ね?」

「もぉう・・・」

 

美恵はたばこの煙を換気扇へとフーッとやった。美佐代には、それが一瞬、それ以上の説教を吹き飛ばしたようにも見えた。が、それはやっぱり気のせいだった。「大体なんで別れたのよ。もう少し詳しく話なさいもう!」とその尋問は勢いを失う気配はゼロ。ここまで「東京の母」に強く言われると正直に答えるしかない。

 

「何かねぇ、付き合ってても

つまんなかったんだよね。ずっと」

「ずっと。ってもう・・・

また、そんなことを言う」

「だって、そこ別に良くない?

ってところ細かいんだもん」

「どういうところよ?」

「んとねぇ。さっき別れ話した店でもさ、

お通しで里芋の煮物とマカロニサラダが

1個の皿に入って出てきたのね?普通の

安い居酒屋だよ?ガード下の。

そのくらい男なら気にしなくても

良くない?お通しなんだし。ね?

それなのに、眉間にこうシワをキュッとして

『普通別の皿に分けるだろ』みたいなことを

ブツブツ言ってんの。美恵さん、

そういうのイヤじゃない?ね?」

「…そうねぇ」

 

少しだけ東京のお母さん・美恵の同意を得られた気もしたが、次の発言がまずかった。

 

「あと・・稼ぎも悪くはなかったけど、

良くもなかったしぃ」

「美佐代?」

「やっぱ男は一攫千金!ガッポガッポが

良くない?ね?杉さん?それなのにさ…」

「美佐代!」

 

美恵は「喝!」とも言わんばかりの声でぴしゃりと美佐代の言葉を止めた。

 

「冗談だって。ねぇ杉さん?ね?」

「冗談でもそう言うことは言わないの。

今の子はもう!」

 

美佐代はこの店に通うようになって5年の間ずっと変わらず、美恵からことあるごとに「稼ぎと恋愛は別」と言われてきた。それを言われる通りに「はい」と聞いてはいた美佐代だが、どこかで「違う」と思っている自分がいたのは事実だ。やっぱり稼ぎがないと生活はできない。稼ぎのない恋愛はそれが原因できっとどこかでつまずく。だから、回ってきた酔いも手伝って、スマホを見ながらも口ごたえしてしまう。

 

「でもさぁ・・」

「でもはいいの!携帯電話はいいから

私の話を聞きなさい!」

 

東京のお母さんは、すっかり「おでん」のことは忘れて美佐代を見据え、次のタバコに火を付けて続けた。

 

「いい?男女に別れがあるのは仕方ないの。

でもね?あんたは恋愛をどこかお金で

決めてるでしょう?恋愛は心でしょう?

お金は2人に必要なぶんだけあれば

十分じゃない。」

 

こうなると、美恵の一方的な説教になるのは心得ている。美佐代はもうこの話題を切りあげる方向に気持ちを傾け返事した。

 

「はーい」

「ハイは短くていいの!」

 

美佐代はすぐさま指摘された通りに短く言う。

 

「はいっ!」

「美佐代あんたはもう!

本当に分かってんの?」

「はい!分かりましたので、

ビールをもう1杯もらいます!」

「もう!」

 

不満そうな顔の美恵から逃げるように、美佐代は席を立ちサーバーへ手をかけた。ジョッキを少しだけ斜めに倒し、慣れた手つきでビールを注ぎこむ。最初はグラスを傾けて半分くらいの量までゆっくり入れる。次にジョッキを垂直にして、泡が立つように幾分乱暴に入れる。泡が飲み口からこぼれるギリギリまで届いたら一旦注ぐのを止めて、泡が少しずつ下がるのを待つ。そうして泡が指の太さ2本分くらいにまで落ち着いたら、最後はジョッキの隅からもう一度ゆっくりビールを入れてあげる。何年前かに美恵に教わった「美味いしい生ビールの入れ方」だ。美恵はオリジナルというが、きっとどこか理に適っているんだと思う。こうやっていれたビールは、サーバーを逆に押して泡を作る作業をせずとも、見た目のバランスはもちろん、そしてキリッと引き締まった味になる。

 

美佐代が「美味しい」ビールをジョッキに注ぎ終えた頃、美恵もタイミング良く温まった「おでん」の火を消した。「美恵のおでん」はどの具材もすっかりヒタヒタに浸ってまっ茶色。もはやどれも同じ味に感じてしまうかもしれないほど十分に味が染みこんでいる。先に香りだけ頂いた時点で「すごい!超染みこんで美味しそうじゃん!」と嬉しそうに話している美佐代に美恵は少し機嫌を取り戻して応えた。

 

「サービスしといたよ。

明日、また新しく作るから残りの

おでん全部入れといてあげたからね」

「あ・・でも、私ダイエット気にしてるから・・」

「そこは『はい!』でいいでしょう!」

「はいっ!」

「あんたはもう!」

 

皿に「大盛られ」たおでんから美佐代はまず厚揚げを口に運び、小さくもはっきりとした口調で「美味しい!」と呟いた。美恵もこれには少し気を良くして小さく頷き、小言も一旦落ち着いた。美佐代は「これ本当に美味しいよ」ともう1度言いながら美恵の方に視線をやる。と、その肩越しに「猫招き」っぽい置き物があるのを見つけた。

 

「あんな猫の置きものあったっけ?」

「あ、これ?みぃちゃん初めて見る?」

「うん、初めて」

「てことはあんた、

ホントにしばらく来てなかったのね」

 

そう言いながら美恵は「猫の置物」を手に取ってそのまま美佐代に渡した。招き猫っぽいそれは首に「福」ではなく「杉」と書かれた鈴をぶら下げている。キレイな茶色に染まった卵を口にしながら、手にした「猫」をじっくり見ている美佐代に美恵はその「猫招きもどき」についての説明を始めた。

 

「これ、杉並区のキャラクターで

『すぎなみみぃ』って言うんだって」

「へー。なんか微妙な顔してるね。」

「そうなのよ。でもお客さんで来た人が

杉並区のお店に配ってるんで、

ぜひ飾って下さい。って置いて行ったから、捨てるわけにも行かなくて置いてるのよ」

「へー。てか猫が抱いてるのが

小判じゃなくて木って変じゃない?ね?」

「それ、杉の木なんだって」

「杉?なんで?もしかして…

『杉並区だけに杉』ってこと?」

「そう。」

「へー。なんか変な猫。」

 

そういうと美佐代は「すぎなみみぃ」なる猫の置きものをじっくり品定め。「どこが微妙なんだろう。目かな?なんかやたらエロイ感じでニヤついてるし。口元?なんかやたらエロイ感じでゆがめてるし。顔全体?やたら顔でかくてエロい感じだし。てか分かった!全部だ!てかこんなのが杉並のキャラとか言われたらイヤなんですけど。」と厳しい査定を続けた。

美恵は「本当にそうよね」と言わんばかりに眉間にしわを寄せたまま聞いている。そしてひとしきり「すぎなみみぃ」へのダメ出しが出きった頃、今度はまったく違う話題に花が咲いた。

 

「てか杉並区って杉って、この猫が持ってる

杉の木の杉って意味で合ってんの?」

「美佐代、あんた知らないの?」

 

美恵はそんなことも知らないの?とばかりに、少しだけあきれた顔を浮かべる。

 

「え?知ってる方が珍しくない?」

 

全く知らないという顔をした美佐代に、美恵は鍋やフライパンをいじりながら「杉並区」の由来を聞かせた。(続)

番組とかのアンケートでもまぁまぁ聞かれがちな質問。

 

  「メールやラインの返信、いつまで待てる??」

 

僕自身はいつからか延々と待てるようになった。

ともすれば返信をもらえないままでもあんまり気にならない。

 

そんなもんだから…

自分自身もつい返信を遅くしてしまいがち。

それは良くないことだと分かりつつ…ついお待たせしてしまう。

確定申告とか、役所系の提出になるとそれは尚更で、

本当にいつもギリギリのギリギリのギリギリ。

 

とりあえず今年の目標は

「何かにつけて返信を早くする」と決め、

明日締め切りの台本を1本、すでに出してみた。

達成感♪

 

 

 

「21時 杉並区永福町」

 

―「バスジャック。とても心配な事件ですね。

今はより確かな情報をつかむことが

何よりも大事だと思います」

 

ニュース番組のコメンテーターが穏やかな口調でありきたりのコメントを「置き」にいっている。その眉はありきたりとは言えないほどに太い。大筆で書いたようなその眉を「困りましたねぇ」と喋りださんばかりに八の字にゆがめながら、過剰に柔らかい口調で喋ることが「誰にでも言える普通のコメント」に温かみを、おてんこ盛りにしているのだろう。店のテレビで見ていた美恵はその「普通のコメント」に何度も「分かるわぁ」とでもいうように、気の毒そうにうなづいていた。今日は21時を過ぎても客はまだ常連の杉さん1人。いつも杉さんが頼むねぎ入り卵焼き―みえのねぎたま―を作りながらも商売繁盛にと飾ってある神棚横の14型テレビに目をやる余裕は十分ある。

 

 21時前だが杉さんはすでに目がトロントロンだ。1時間ほど前に、どうやら息子からかかってきた電話に「そんな話はどうでもいい。お前はバカたれだ」とピシャリ言って電話を切った後はしばらく同じセリフの繰り返し。「ダメだね。あいつは」と延々言いながら、次第に船をゆっくりゆっくり漕ぎだした。店の前、4車線道路の井の頭通りはまだまだ渋谷方面・吉祥寺方面どちらにもせわしなく車が行き来しているが、L字型の客席だけの小料理屋の中の景色だけはもう今日1日の終わり、24時前のような空気だ。

 杉さんはいつも店の一番奥に腰掛けて生ビールから始める。ジョッキで2杯飲んでから、キープしている日本酒を熱燗でやり、それが2杯目に入るとうつらうつらが始まる。美恵と杉さん―2人はもう40年を超える付き合いだが、70歳近くになった今まで杉さんの「飲み」のペースはほぼ変わらない。この後は卵焼きができあがった頃に一旦起こすと、杉さんはそれを食べながら、締めにもう1杯飲んでお愛想。いつもの流れだ。だが、今日はテレビが伝えるニュースがいつものような話題じゃないぶん美恵自身も少なからずいつもじゃない気がしている。「私も高知帰る時は高速バスを使う人間だからさ、こういうの気が気じゃないのよ」とこぼしてみた。が、眼鏡の奥の細い目を優しくじっと閉じている杉さんからの返事はないので自然、独り言になる。ニュースではアナウンサーが現状分かっているバスジャックの「情報」を口早に続けている。

 

「お伝えしていますように本日17時過ぎ、新宿発愛媛・松山行きの高速バスがバスジャックされました。車内には乗客32名と運転手2名が人質に取られている模様です。ここまでのバスの動き、改めて確認します。バスは東名高速へ向かう途中、甲州街道で犯人に乗っ取られたと見られ、本来向かうはずだった東名高速の入り口・東京インターとは反対になりますね、皇居方面へと走行しました。その後皇居よりおよそ1キロ手前、四ツ谷駅の交差点から左折。東京ドームなどがあります水道橋方面へと進路を変えました、そして、本郷の東大赤門前でおよそ7分停車した後、これといった動きは見せずに再び移動を開始。今度は首都高速に乗り、品川大井方面へと走行。現在警察がパトカー70台、警察官1000人態勢で緊急警備を敷き、バスを追っています。ご覧頂いているのはバスの行方を追っています台場テレビ報道局ヘリからの映像です。今後も状況に動きがあり次第、随時お伝え致します。」

 

そういうとテレビ画面は右下に「バスジャック映像の生中継」を残して野球中継に戻った。今日はクライマックスシリーズだから、久々に地上波中継をやっている。美恵自身どこの球団のファンということもないが、この永福町で店を始めた40年ほど前からいつでもこの時間のテレビには野球中継があった。それだけに、ここ何年かのテレビは寂しいが秋のテレビは野球中継が戻ってくるから少しホッとする。そろそろできあがりそうな「みえのねぎたま」に仕上げの焦げ目を付けながら8回表と終盤に差し掛かってきたゲームに目をやる。スコアは白熱して5対5と同点だ。残り2イニング。大詰めだ。卵焼きもできあがるし、杉さんも野球好きだ。ウツラウツラな船漕ぎから、いつもより少し早めに起こしてゲームを見せてあげようかと思った矢先、杉さんの居眠りは別の方法で突如破られることになった。

 

「美恵さん!ただいまー」

「あら!みぃちゃん。久しぶり。今帰り?」

「うん。美恵さん、

とりあえずビールちょうだい。

すんごい冷たいの。ね?」

「生でいいの?それともビン?」

「生で!」

 

美恵の言葉に‘みぃちゃん’は目線をスマホから離さないままの笑顔で答えた。美恵は生ビールのサーバーを扱いながら「みぃちゃん来たよ」と杉さんの肩にそっと手をやり起こす。杉さんはゆっくり目を開け、メガネのズレを戻した。その起き抜け、目覚めてわずか5秒だ。

「はい、杉さん!トリカン~!ね?」

杉さんは乾杯に付き合わされていた。

「お。珍しいね。美佐代ちゃん来てたん…」

と杉さんはなんとかゴニョゴニョ返す。

「今、来たところ。杉さん飲もう?ね?」と美佐代は杉さんの猪口に、もう一度ちょこんとグラスをあてて中ジョッキを自分の口に運んだ。

常連客には年配が多いこの店に、20代の彼女が通い始めてもう5年にはなるか。いつからか美恵は美佐代から「東京のお母さん」「あたしの東京の実家は永福町のこのお店」なんて呼ばれるほどの仲になった。実子のいない美恵にとって、それはどこかむず痒くも嬉しくなくはない言葉だった。「美恵」と「美佐代」、名前に同じ漢字が入っていることにも、なんとなくその縁を感じた。そして美佐代の飲みっぷりの良さ―店に来ると最初の1杯は、5分もしないうちに飲み干してしまいお代わりを頼む―も自分自身が上京後、銀座に務めていた20代当時のそれと似ている気がする。それにしても今日の飲みっぷりはいつもよりも見事だ。美佐代が口にもっていったビールは、一気にジョッキの半分もなくなっている。

「あんた今日、飲むの早いわね。」

美佐代は、答えるわけでもないままに美恵にも乾杯を求めてきた。美恵は緑茶の入った湯呑みで応えたが、美佐代のジョッキはもう空になっていた。

「お代わりでいい?」

「うん」

「本当に早いわね。どしたの?」

「達成感!達成感!」

「あら。いい話?」

美佐代はジョッキを受け取ると、美恵の言葉にはピースだけを返しながら、またもや杉さんに乾杯を求める。

「杉さんカンパイ~。てか杉さんもう日本酒?

早くない?まだ9時だよ」

「もう9時だよ」

起き抜け5分もしないうちに3度目の乾杯を求められた杉さんを美恵が助ける。

「そうよ。もう9時よ。杉さんはね?

朝6時から仕事してるんだから

もう9時でしょう?

アンタと違うの。ねぇ、杉さん?」

「私も7時には起きてるもん。」

「杉さんの場合は6時から仕事。

だからもっと早く起きてるの。

ねぇ、杉さん?」

代弁するかのような美恵の言葉に黙ってうなづく杉さんを見つつ美恵は続けた。

「それにみぃちゃん、そういう口ごたえは

いいの。若い女の子はこういう時は

黙って「はい」って言ってればいいの。

あんたはいっつも一言多いのよ」

「だってさ・・」

「だってさじゃないの。『はい!』でいいの!

分かった?」

美恵の少し強くなった口調を気にしてか、美佐代は口にしかけた言葉をビールで止めながら「はーい」と生返事した。そんな2人のやり取りを見ながら杉さんが眼鏡の奥、目尻を下げながらポツリ呟く。

「何があったか知らないけど『達成感』って

言うのはいいね。若者の達成感って言うのは

羨ましい。いいね。美恵さん、おかわり。

ボトルなくなっちゃったから

1本入れといて。で、美佐代ちゃんにも

1杯ついであげてよ」

「あ、杉さん、私まだビールだから

気にしないで?ね?」

杉さんの好意に美佐代は遠慮したつもりだったが、これが美恵にするとガッカリ以外何物でもない言葉だったからいけない。美恵の口調がつい荒くなる。

「だから、あんた!こういう時は黙って

「いただきます」って言いなさいもう!」

また美恵にやられた美佐代は「はーい」と生返事。もうすぐ飲み終わりそうなジョッキも手放さないまま美恵からのお猪口も受け取る。

「ごちそうになりまーす。」

杉さんは、美佐代のお猪口に入れたてのボトルから注ぎながら聞きなおした。

「で、どんな達成感だったの?」

「んとねー別れてきた。」

「ほぉ!いいね!」

杉さんが驚いた風に声を上げたと同時に、美恵が割って入り会話の主導権を取った。

「勇太君と?別れたの?」

「さようでございます~。」

「いつ?」

「ついさっき。有楽町の居酒屋で」

「美佐代あんたはもう・・・。」

美恵は手にしていた湯呑みを、コンと少し強い音を立てながらまな板の上に置いた。その様子を見て「これはマジな説教のパターン入っちゃった」と美佐代は覚悟する。美恵は真面目に話したい時だけは「みぃちゃん」ではなく「美佐代」と名前で呼ぶことから考えても間違いない。

 

あけましておめでとうございます。

気づけば2010年⇒2011年の年明け以来、

7年連続で同じ場所・パシフィコ横浜で年を

越すことができました。

本当にありがたいことです。

 

今年は、7年目にして初めて電車で帰れました。

中目黒からタクシー乗ろうと思って

電車乗って、「みなとみらい⇒寝過ごして渋谷⇒寝過ごして自由が丘⇒

寝過ごして渋谷⇒

中目黒⇒家」で帰れました。

 

そして例年通り家から1歩も出ない元日を

過ごしました。横浜持ってってたバッグに

誰かがビールを詰めてくれてたので

「正月サンタさんありがとう!」って

思いながら2日酔いが抜けた身体でビールを

飲んで、ビールを飲んで、ビールを飲んで、

ビールを飲みました。

 

僕は「乾杯」が大好きです。

今年も元日から

めちゃめちゃ乾杯させてもらったので

100%最高です。

今年はアメブロで好きでつらつら書いてる

「乾杯」の小説を最後まで書きたいです。

最後まで書ける人が本当にすごいと思います。