つい先日、テレビでマツコさんが

「純露キャンディーが懐かしい」と話されていたのを見た。水晶みたいにキラキラした飴。子どもの頃は名前も知らなくて「宝石の飴」って呼んでいた記憶がある。「たしかに懐かしい!」と興奮し、酔っぱらいながら見ていたのもあってすぐに通販サイトをクリクリッ。便利なものでめでたいもので5分後には注文完了していた。

 

 そして2日後―。多分30年ぶりくらいに「純露キャンディ」と再会。酔っぱらいというのは恐ろしいもので1袋買ったつもりが5袋注文していたものだから段ボールでやって来た。一人で5袋は、きっと今年いっぱいかかってもなくならないと思い、せっかくなので「5時に夢中」の現場に持って行きおすそ分け。

 

 子どもの頃、どこか「大人の味」を感じさせていた純露キャンディ。大人になった今、口にほおりこんでみたところ‥

やっぱり「大人の味」で美味かった!!

パソコンを叩いて仕事するおともに口にほおりこんでいると、ひと月で5袋は食べてしまいそうな勢い。

 

 そして今日、同じマンションの知人に駐車場で会った際、「ドンキホーテに懐かしい飴があったの!」とスーパーレモンキャンディのおすそ分けを5粒ほど頂いた。

 

こちらも30年ぶりくらいに口にほおりこんでみたら…昔と変わらず、口がキュイーッてなってしまう酸っぱさ。こちら残りはあと

粒。次食べる時も、気合を入れて食べんといかん。

 

昔懐かしいお菓子を、改めて今食べてみるのも楽しいなぁと思った昨日・今日。子どもの頃好きだったお菓子って何だったか?改めて考えてみると‥「チロリアン」を思い出した。

 

♪川をはさんで~ 歌を歌おう~

 おいでよここに~ 歌を歌おう~

 チローリアーン。

 

福岡のお菓子やんか!

すぐに買えんやんか!

・・と思ったら通販サイトですぐに

買えるやんか!

便利な時代。いいのか悪いのか。

「構成作家の仕事をやっていくうえで

 大事にしていること」、前回の続きです。

 

構成作家が番組でやったら終わりな事

その②

「台本、文章の頭に

『というわけで』って書いたら終わり」

 

こちらも若かった頃から、

大変お世話になったプロデューサー

(当時はディレクター)の方から教わり、

ずっと実践していることだったりします。

 

その方からは当時、

「『というわけで』ってさ、

そもそもどういうわけ?って話でしょう?

「というわけで2月になりました!」

「というわけで生放送でお送りしてますが」

「というわけで今日は豪華ゲストが

来ます!」

 話し始めに「というわけで」を使って、

一瞬文章が成立しているように感じさせる

奴多いけど、これ全部実は全く成立してない

でしょう?ごまかしてるだけ。

 でも成立してるように感じるから楽で、

 つい「というわけで」って書く奴、

演者でも使う奴が多い。

 その結果、文章や会話を振り返ると

「というわけで」「というわけで」

「というわけで」だらけに

 なってって、まぁ耳にも尽くし、

 実はリズムも悪くなる」といった話を

もらいました。

 

その話を聞いて「確かにそうだ」と思って以来、僕は文章・会話の、冒頭に「というわけで」を書かずに来ました。

 

「というわけで」を使わずに台本を書くおかげで、文章の冒頭・入りに悩むことはよくあります。いまだに。

 

ですが、「というわけで」でごまかさずに書くと、結果的に文章に簡単に「幅が出る」と自分なりには感じています。

その実感もあって「というわけで」と、

少し柔らかい言い方だと「てなわけで」、

この2つは使わないようにしていますし、使っている番組は「楽してるなぁ」「逃げてるなぁ」っていつも感じます。

 

もちろん、楽しちゃいけないってことはないんですけどね^^;楽すると伸びないから、使っている人は「損してるなぁ」と遠巻きに見ています。

 

・・というわけで「構成作家の仕事をするうえで大事にしていること」について書かせてもらいました。実際は、まだ他にもいくつか気を付けていることありますが、やっぱり、こういうのって、書いてみても楽しいものじゃないなぁって実感しました。

 

・・というわけで、これからは「構成作家の仕事において大事な事は?」って聞かれてもやっぱり今までみたいに「あんまり考えたことないです」って答えようと思います^^

 

・・というわけで、本日は以上です。

 

唐突の「・・というわけで」、3回入れてみましたがやっぱり気持ち悪いです。使わんとこ。

このアメブロで勝手に書き続けている小説。どうにか全部の4分の1を書いたもんで、富士登山の山小屋的に、今週勝手に休憩。

 

書いているうちに「イイネ!」を押してくれる人の数と感想をくれる人がちょっとずつ増えているのが本当に励みになる。本当にありがたい。

 

とはいえ、仕事でやらせて頂いている構成作家の仕事は別で、自分自身のペースで書けるぶん、「いくら休んでも誰にも怒られない」から、迷惑もかけないからずっと休めるのだけれど、そうすると一生書かないから今週だけ休むと決めた。

 

で、たまには本業の

「構成作家」について書いてみる。

折に触れて、様々な場面で「構成作家に大事なことは何ですか?」と聞かれることがあるので、自分自身大事にしてることを2点について書いてみる。

 

どちらも「この人はすごい!」と若かった頃から思い、大変お世話になったプロデューサー(当時はディレクター)の方から教えて頂いた話で、ずっと実践してることを2点。

 

個人的な感覚としては

「自分の欠点は自分自身ではわからない部分まで他人には分かる」ように、

「構成作家の欠点は構成作家にはわからない部分まで周りの人にはわかる」と思うので、とても説得力があると思い今も実践していることです。

 

構成作家が

番組でやったら終わりなことその①

 

「アナタからのアイデア募集」

 

教えてくれた「すごい人」からは

「これやるってことは、

手前にアイデアがありません。

って言ってることだからね?

 アイデア出す側が、

どの立ち位置で一般の人から

 アイデアをもらってジャッジする側に

なってんの?ってことだからね?」と

教わった。まさにそう。本当にそう思う。

 

「アナタからのアイデア募集!」ってやつは一見、

「自らのアイデアを押し付けるのではなく

番組視聴者・リスナーの望むアイデアを実践するんです!」

ってとても謙虚に見える。

でもそれって実は謙虚の詐欺なんです。

 

だって1番大事な

「アイデアを頂かずに、

みんなに楽しんでもらえる形にします」という仕事を放棄しているから。

 

結果的に「アイデアを採用された人」は、もしかしたら「満足感」を得ることができていいかもしれない。でも、その他のアイデアを提供してくれた多くの方々を否定するって作業をしてしまうわけで。それはまぁまぁ失礼。

 

だったら、どんなにダメな企画でも当然だけど「こちら発のアイデア」で番組をやって、

散々滑って叩かれた方がまだ仕事してるんです。

 

ちなみに細かいことだけど

「出演者に番組で言ってほしいセリフ募集」とか

「チャレンジしてほしい運動企画募集」とか

「いくつかの企画候補案から、

あなたがジャッジして下さい!」とか

こちら側でそれなりの「材料」や「軸」を用意してのアイデアは全く別。

 

僕が言いたいのは

「みんなで楽しめる企画!

そのアイデアを募集します!」

みたいな丸投げをしたらそれは、

「芸人さんが受けるギャグ募集!」「漫画家さんが、個性的なストーリーの原案募集」

「CMプランナーが、商品が売れそうなCM案募集」って言っているのと同じってこと。

 

それと同じはずなのに、番組ではその類を

「どんなことしてほしいか?聞かせて下さい!何でもします!」みたいなのを時折見かけるからまぁまぁ不思議な気持ちになる。

 

それでも、僕より若い子ばかりのチームがそれやってるとそれは「いつか気づいて辞めればいいよ」ともちろん思う。

ただ、上の年齢の人がいるチームがそれやってると、もう、その場にいる若い子がアイデアを生む筋肉を育てる伸びしろを奪われているだけだから気の毒でしかないと感じる。

 

・・長くなってしまったので

その②については、また今度書こうと思う。

 

先に…その「すごい方」から教わった

構成作家がやったら終わりなことその③

「文章が長い構成作家はクソ」。

 

今日の文章は長くなりました><

朝9時半。代官山の蔦屋までDVDを返却へ―。
DVDを返却BOXに入れたら、
すぐに車に戻るわけだから
「部屋着と外着の間~限りなく部屋着寄り~」で行くのだが・・・
店内にはすでにおしゃれファッションで、
おしゃれ珈琲飲んで、
おしゃれ本を読んでる人がいる。
まぁまぁいる。
まぁまぁ敗北感を感じる。

昔よく聞いた言葉。

「おしゃれ意識し過ぎた服を着てる男は
たいてい中身がしょぼい」

今でも、この言葉には納得している僕がいるわけで・・。

でも…もしも、そういう「おしゃれ男」が実は
「仕事は当然しっかりやっていて、
おしゃれにまで気を回す余裕があるんですよ」
状態だったとしたら、ダブルパンチで敗北なわけで…
そもそも「TSUTAYA」を「蔦屋」て書くあたりに
圧倒的おしゃれ感があり…
父さん。僕は・・・代官山蔦屋にいつまでも心がなじめません。

「23時 目黒区 マンション宅」

 

中学1年の息子・俊太が「エッチな動画」を見ていたことを不安に感じた典子は夫・貴士に相談をもちかけるが、貴士には全く響かない。それどころかニュースが報じている「バスジャック」の方が気になる様子で・・。

 

 

厳しい語り口で知られる女性キャスターが、手元に届けられたメモに目を落とし、情報を確認して語り始めた。

 

「今から1時間ほど前に、ツイッターのアカウントを取得。フォロワーが77万人を超えた際にすべてを語ると声明を出している19歳の少年と見られるバスジャック犯ですが、つい先ほど新たにツイートを発信しています。原文のまま読み上げます。

 『主張!現在、我がアカウントの

フォロワーが7万人となった!

全てを語るのは77万人を

突破した際ではあるが、

ここに情報の一部を開示する。

自分が求めるものは、我が無実!

身の潔白の証明である。

人質に危害を加えることは、

その範囲ではない。

己失って生きるより!

死すとも魂残してみせん!シャイス!』」

キャスターはアニメのセリフのようなそのツイートを、アニメのような抑揚は付けずに淡々と読み上げた。その後、高齢者に向けてなのか「ツイッター」の仕組みについて、解説者と共に説明を始めたが、貴士はとにかくキャスターの「シャイス」という言葉の言い方がツボだったらしい。笑いながら「シャイスって何?面白れぇ。なんかの呪文?ねぇ?」と典子に繰り返し聞くが、典子にも分かるわけがない。「さぁ」とだけ返してキッチンへと立ちあがった。

 

―もう、私も飲んじゃおう。

 

これ以上の相談をあきらめた典子は、何かつまみになりそうなモノはないかと冷蔵庫の中を探すことにした。それでも、やっぱり心配の種が頭の中で芽を出してくる。

 

―俊太、まだ中学1年生なのに・・・

あんなエッチなものを見て本当に

大丈夫かなぁ。

 

 心配事を肴に飲むビールは美味しくない。やっぱり飲むのを辞めようかなと思い直した矢先、美味しそうにビールを飲んでいた貴士がまた大きな声をかけてきた。

 

「典ちゃん!ちょっと!早く来て!

これ超面白いんですけど!」

 

 言われてリビングへ戻り、貴士が笑いながら指さしているテレビに目を向ける。キャスターがバスジャックについて報じていたのは同じだったが、さっきとは違って今度は有名タレントのフリップ写真を手にしながらニュースを伝えていた。

 

 「なお乗客32名の中には、タレントで俳優の小泉優さんもいる模様です。タレントで俳優の小泉優さん、北海道アサヒテレビのスタッフとともにバス車内にいるという情報が入ってきました」

 

小泉優。3年くらい前から急にドラマやバラエティ、CMで見るようになったタレントだ。芸能界にあまり詳しい方ではない典子も知っている。たしか高速バスを乗り継いで旅をする番組でよく見る気がする。もしかしたら今回も、そのロケのために乗ったバスでジャックに遭遇したのかのかもしれない。

 

―でも、どうして小泉優がこのバスに

乗ってるって分かったんだろう?

 

典子の疑問にキャスターがタイミングよく答える。

 

「こちらのフリップをご覧ください。

こちらはタレントで俳優の小泉優さんが

先ほど、ご自身のツイッターアカウントで

つぶやき、つまり言葉を発信されました。

小泉優さんの原文まま読み上げます。

 『僕は今、バスジャックされたバスの車内に

います。ジャックした彼の許可を得て

ツイートしています。

彼は30センチほどのナイフを

2本所持しています。

爆弾も持っていると言っています。

しかし彼は我々人質に危害は加えない。

とも繰り返し言っています。

僕達は無事です。また報告します。

シャイス!』

 

 再び登場した「シャイス」に爆笑している貴士とは対照的に、読み上げたキャスターは真顔で「シャイスとはなんでしょう?」と解説者に尋ねている。質問を振られた解説者は70歳くらいだろうか、白髪頭をゆっくり左右に振りながら「分かりませんねぇ」とうなるようにつぶやいたあと、「ただ小泉さんのツイートの場合は、犯人から強要されて付け加えただけではないでしょうか?」とつけくわえた。

 

―シャイス。なんだろう?

 

 典子にも当然見当がつかないでいると後ろから声がした。

「シャイスっさあ、俺聞いたことあるよ?」

見ると俊太がグラスを手に立っていた。

「あ、俊ちゃん。宿題終わったの?」

 典子が聞くと俊太はうなずきながら、グラスを口に運んだ。

「おう!俊太!飲むか!?」

 貴士がビールを掲げて誘ってみせるので、典子はとりあえず頭をはたいて止めた。そして俊太に聞き返す。

「俊ちゃん、シャイスって知ってるの?」

「なんかの声優のネット番組の

口癖みたいなやつであるよ?」

「そうなの?」

「うん。俺、あんまり興味ないからあんまり聞いてないけど、多分それと思う。クラスにすごい聞いてる奴がいて、時々ふざけて『シャイス!』って言ってるときあるよ?」

「そうなんだ」

「シャイスがどうかしたの?」

「バスジャックした犯人がツイッターで

呟いた言葉の中に『シャイス』って

いうのもあったんだって」

「ふーん。」

 そこまで話すと、俊太は部屋に戻ろうとした。が、貴士がデリカシー崩壊の言葉で引き留める。

「お前が興味あるのはエロ動画だもんな。

ウッアッハッハッ!」

「バカ!」

典子は慌てて貴士の頭を強くはたいた。貴士は痛がることもなく「エロ動画でシャイス」と言ってみたりして笑い続けている。

そして俊太は・・

「今ごめん」

弱い声で呟いた。何と返してあげたらいいか分からずに、典子は黙ってしまう。俊太が「もう見ないね」と言葉を続けたがやっぱり返す言葉が思いつかない。すると1人だけ悩んだ雰囲気ゼロの貴士が大きな声で空気を変えた。

「アホ!見ていいんだって。絶対。

問題ない問題ない。絶対。

エロ動画シャイス!

ウッアッハッハッ」

また、自分の言葉に大笑いしながら貴士は立ちあがり、缶ビールを俊太に向けた。

「ホイ!お前の男気にトリカン!」

さすがにバツが悪いのか、俊太はグラスを重ねない。代わりに「バカじぇねえの」と小さな声で言い返した。それにも貴士は「いいね!男は生意気くらいがちょうどいい」と笑顔だ。勝手に俊太のグラスにビールかんをコツンとぶつけて肩を強くポン!と叩いた。

 

「いいんだって。お前も中1だろ?

エロイこと考えるのが普通だって。絶対。

逆に考えてない方が俺も親として怖ぇえわ。てか俺なんか5年生の時から

見てたんですけど。ウッアッハッハッ!

林に入って、ビショビショのエロ本とか

見つけて持って帰ってたんですけど

ウッアッハッハッ。」

 

貴士は、誰も求めていない自らの話を喋り倒す。どこか俊太が気の毒なり、典子が「ショウちゃん、部屋に戻ったら?」と助け舟を出してあげたが貴士はその船を強引に引き止める。

 

「で、俊太お前、どんなエロいページ

見てんの?怒らないから言ってみ?

男の約束で誰にも言わないから言ってみ?

て、母ちゃんも聞いてるんですけど

ウッアッハッハッ!」

 

貴士の笑いは止まらない。むしろ更に大きくなっているその声に、俊太は少し安心したのか恥ずかしそうにしながらも、ようやく小さな笑みを浮かべた。そして貴士がもう一度乾杯を求める。

 

「ホイ!お前の男らしさに乾杯!ホイ!」

 

今度は俊太もなんとなくグラスを合わせた。貴士は機嫌を更に良くして「♪お前が二十歳になったら~酒場で2人、飲みたいものだ」と歌い始めた。

 

―乾杯なのかなぁ。

やっぱり違う気がするなぁ。

 

と典子は思ったが何も言わずに缶ビールと炭酸水のグラスが重なる音を聞いていた。黙っている母親の前で父子の会話が続く。

 

「でさ。俊太、1個だけ教えてくれよ」

「・・・何を?」

「お前、なんてページ見てんの?

面白そうだったら俺も見たいんですけど。

ウッハッハッハッ。

あーいいや、言うの恥ずかしかったら

これに打って?

母ちゃんには見せないで秘密にしとくから。

男と男の約束。」

「・・・」

貴士が笑いながら、自分のガラケーを強引に渡している。受け取らされた俊太は、困り顔だ。が、意を決したのか突然、ガラケーのボタンを押し始めた。そして、文字を入力したらしい画面を貴士に見せた後は、部屋へと戻っていった。と同時に貴士が叫ぶ。

「ウッソマジで!?マジかぁ!

超笑えるんですけどウッアッハッハッ!」

今日一番の大声だ。

「何!?何なの?」

ちょっと迷惑そうに典子が言うと、貴士は「男と男の約束」を颯爽と反故にして、俊太がガラケーに打った文字を見せようと差し出した。典子は「男と男の約束なんでしょう?見ないよ?」と顔をそむけたが貴士は気にしない。「男と男の約束ってのは、ちん毛が生えた者同士で成立すんだよ。あいつまだだろ?だから破っていいんだよ。ウッハッハッハッ」と勝手すぎる理屈を並べて笑いながらガラケーを典子に渡した。仕方なく典子が見た画面。そこにあった俊太の打った文字は・・

 

『魅惑の緊縛ワールド』

 

「俺と一緒じゃん!ウッアッハッハッ!!

てか俺、中1の時、SMまでは興味が

伸びてなかったよ!

あいつ、俺よりオトナなんですけど!

ウッアッハッハッ!乾杯!」

 

貴士が今日一番の声で高笑いを続ける。

 

「いや―参った!ウッアッハッハ!

ホイ乾杯!父を超えた息子に乾杯!」

 

上機嫌な貴士を見れば見るほど、典子の気分は逆に下降する。

 

―どうしてこの人はここまでのん気なんだ。

やっぱり脳に「悩み」を置くスペースがない。

 

「俊太。中1でSMシェイス!

ウッアッハッハッ!」

 

―悩みすぎてる私の脳みそが

かわいそうな気がする。

 

貴士は爆笑しながら典子に乾杯を重ねてくる。気づけば、典子の手元のビールは軽い。もう少しで空になりそうだ。

 

―今日は飲む!

 

典子は決意して冷蔵庫に向かった。

 

―次は500ミリリットルの缶を

開けてやる!

「23時 目黒区 マンション宅」

 

息子・俊太のことで、大事な相談のある典子。

ところが23時を回って帰宅した夫・貴士はすっかり酔っていた。(まぁ、それは彼にとってはいつものことだが…。)

「今日は相談できないな‥」と典子があきらめかけた時、偶然にも貴士の方から息子に関しての話を振って来て…

 

 

 

「あいつは?」

「俊太?宿題してるんじゃない?

部屋にいるよ?」

「あ、そう」

「なんか2学期になって数学が

難しくなってきたんだって」

「あ、そう」

 

貴士が興味のない話題を聞いている時の相槌「あ、そう」が続いたな…。と思ったのはやはり正解で、すぐに変わらぬ大声で自分が興味あるテーマへと話題を切りかえた。

「てか部活は?

あいつ今日練習試合だったろ?

駿台と。去年の関東優勝チームの。」

「うん」

「どうだったって?」

「どうってあの子まだ1年だから

レギュラーじゃないし」

「試合出てねーの?」

「うん」

「やべぇな」

「やばくないでしょう?」

「やべぇよ。

俺、中1の時もうレギュラーだったし。

7番だったけど。セカンド。

レギュラー張ってたし」

 「俊太の学校、部員が2年生と3年生で

30人以上いるって言ってたし、

しょうがないじゃん」

 「やべぇな。また練習見てやるか・・」

息子が活躍できていない現実が立教大学野球部出身の父親としては納得がいかないらしい。貴士はビール缶の頭を持ったまま手首をクイックイッと動かしながら「大体、あいつの投げ方は手首のスナップが効いてないからやべぇんだよ」とつぶやいて立ちあがり、冷蔵庫へと向かった。もう1本開けるつもりだ。典子は、これ以上酔ってますますご機嫌になられる前に…と思って「大事な」相談を切りだすことにした。

「あのね?相談があるんだけど・・いい?」

「何?典ちゃんが改まって。

もしかして妊娠したとか?

てか俺、身に覚えがないんですけど。

としたら妊娠って大事件なんですけど?

ウッアッハッハッ。」

貴士の冗談に時間を取られる余裕はない。「そう言うのはいいからちゃんと聞いて」と典子は話の軸を守って会話を続けた。

「エッチな動画・・見てんだよね・・」

「は?」

「俊太。エッチな動画‥見てた。」

「あ、そう。何で分かったの?」

「家のパソコン、検索の履歴を見たらさ…

エッチな動画サイトに

沢山アクセスしてんの・・」

「あ、そう」

貴士はさほど興味を示さずに勝手に会話を変える。

「てか典ちゃん、知ってた?

目黒不動の他に、目白不動、目青不動、

目赤不動、目黄不動があるって知ってた?俺、さっきのチラシのメグローレンってのは、興味ないんだけどさ、このチラシに書いてあった説明はすげーよ。これ読んで初めて知ったんだけどさ、東京って23区内に5色の不動様をまつった場所があるんだって。で、その5つを結ぶと江戸城を守る結界ができるらしいよ。へーじゃない?これ、ね?へーじゃない?」

今の典子にすれば「メグローレン」も「都内にある5色の不動尊」も、どっちもどうでもいい。昔懐かしいテレビのマネか「へー」と言いながらテーブルをトントン叩いて笑っている貴士からビールを取りあげて、会話の主導権も取りあげた。

「てかさ…今、話してたの私。

私の話してることをちゃんと真剣に聞いて」「聞いた聞いた。俊太がエロ動画を

見てたんでしょ?いいじゃん。」

「よくないよ!」

典子は強く言い返してみたが貴士の目には笑みが浮かんでいる。一大事だと思っている典子の気持ちとはきっと正反対だ。その証拠に、ビールを取り返しながら貴士は、いかにもお気楽な質問を返す。

「どんな?貴士、どんなページ見てるの?

エロイ?すごいエロイ?やべぇ?

ウッアッハッハッ」

「ふざけないでちゃんと聞いてって」

「ごめんごめん。で、どんなの見てるの?」

「どんなって色々・・・」

「何てページ?」

「・・エロスピリッツ」

「おー。俺も前、そこ見たことある。

でもあそこ、あんまりエロくないんだよ。

まさにガキ向けだな」

「・・・。」

「ごめん、許してくれる?そんなエロ亭主。

許してもらえる?ウッアッハッハッ」

「今は俊太のことを話してるんで

どうでもいいです」

「ウッアッハッハッ。で?あとは?

あとはどんなの見てるの?」

貴士に聞かれ、覚えている限りのページを説明した。だが「外国人の裸も見ていた」「コスプレしている女の子の裸も見ていた」「熟女っていわれる、おばさんの裸も見ていた。温泉旅館で浴衣を脱いで・・」など、どんなに詳しく説明しても貴士の口から出てくるのは「あ、そう」と笑い声ばかり。それどころか、典子の話をに美味しそうに口にビールを運ぶ。そのペースは上がる一方だ。典子はこの事態を何とか真面目に受け止めて欲しくて、俊太のために「黙っておこうか」とも思っていた「ジャンル」の話も打ち明けることにした。

「あと・・SMのとかも見てた」

「SM・・?」

「うん。魅惑の緊縛ワールド・・・ってページ。」

「やべぇな・・」

「でしょう?」

缶ビールを口に運ぶ貴士の手がよいやく止まった。

―やっと貴士が関心を示してくれた。

典子は思いきって説明を畳みかける。

「そう。そのページだけはね、

何回も何回も見てる履歴があるの。

他のページは2,3日に1回しか

見てないんだけど、そこだけはほとんど

毎日見てるみたいなの。やばいでしょう?」

「超やべぇな・・」

「やばいでしょう?どうしよう・・」

「てか…」

「ん?」

「そのSMのページ見てんのは

俺なんですけど!」

「・・・!?」

「ウッアッハッハッハッ!」

「・・・」

次の言葉が出なった典子をからかうように、貴士は缶を掲げて「乾杯!」と言ってきた。典子は、腹が立ったのかあきれたのかガッカリしたのか自分でも分からない感情で無視してみたが、貴士は無神経な言葉を続ける。

「何?亭主がエッチなの見ててショック?

それともジェラシー?ま、とりあえず乾杯。トリカンでアッハッハッ」

そう言うと自分の飲みかけの缶から、サンペレグリノが空いた典子のグラスにビールを注いできた。さすがに典子は「ふざけないで。全然乾杯じゃないから」と少し強めの口調で言い返した。と、貴士からちょっと意外な言葉が返って来た。

「いやいや、乾杯だろ」

「なんで!?」

「俊太の性の目覚めに乾杯」

「やっぱ乾杯するような物じゃない!」

典子は「乾杯の理由」を否定してみたが貴士は気にする様子もなく続ける。

「中学1年でエロイもんに

興味持たねぇ男の方が変だよ」

「そうかもだけど…やっぱり心配だし。

パソコンのパスワード変えて

俊太が見れないようにした方がいいのかも」

「馬鹿じゃねえの?」

「だって…」

「だってじゃねえよ。そんなことしたら

それこそ他ん所で見てきたり、

 ワケ分かんないこと始めたりするんだって。

絶対」

「でも法律でもさぁ、そう言うエッチなモノを

見ていいのは18歳からでしょう?」

「お前法律ってさ・・。

あのさ…18歳以下はエロいのを

見たらだめって法律ができて何年だよ?

せいぜい50年とかそんなもんだろ?」

「分かんないけど・・

もう少し前なんじゃないかなぁ。」

「それでもだよ。人間ができて何年だよ?

人間ができた年月に比べたら、

くそ短い期間だろ?」

「うん。」

「つまりだよ。人間のそういう欲求も何百年、何千年と受け継いできたモノなわけ。

 分かる?それをここ何年かでできた法律が

完全に仕切れるわけないだろ?」

「うーん・・よく分かんないけど・・」

「法律ってのは人がお互い迷惑を

かけないようにするために存在するわけ。

それで大体のことはカバーできるよ?

でもね、カバーできない部分があるわけ。

人間自身より歴史が浅いから当たり前の話。

ね?でも、それを人間1人1人が独自に

判断して調整して、周りに迷惑を

かけないようにしていくんだよ。分かる?」

「うーん・・でもやっぱりエッチな物見るのは

18歳からにしてほしい気もする・・」

「おまえさ・・あのさ・・」

貴士は深いため息をひとつこぼした後、ずっと手にしていたビールをテーブルに置いて続けた。

「18歳になりました。

ハイ見ていいですってのは

『公に見ていいです』ってことなんだよ。

そこまでは『隠れて見ろ』ってことなの。

分かる?じゃあさ、17歳最後の日までは

エロイことに興味がなくて、18歳になった

瞬間に興味が沸くか?

そんなワケねーだろ?

てか18歳まで興味ない方が気持ち悪いよ。

大体、ちん毛が生えてくるのと一緒に

そっちの気持ちも生えてくるんだよ。

そういうもんなんだよ。絶対。

それは法律とか関係なくてさ、

生命体としての定めなんだよ。てかさ法律を

何もかも、全部そのまんまろくに疑いも

考えもしないで守ってばっかだと人に

決められたことしかできない人間に

なるって話だよ。野球もそうだよ。一緒。

監督に言われたサイン通りにやるのは

大切だけどさ、最後その指示を

どう上手く実行するかは自分で考えないと

ダメ。それと同じ。絶対。」

典子としては、最後の野球の話はどうでも良かったが、なんだか言いくるめられた感じもしていったん黙ってしまった。とりあえずビールを口に運びながら返す言葉を探してみた。が、その言葉を待つ前に貴士が続ける。

「てか、俺の場合は小5でしたけど?

ウッアッハッハッ」

「何が?」

「ちん毛生えたのも、

エロイのに興味持ったのも!」

「!?」

「ウッアッハッハッ!」

「・・・」

(続)
今日、新聞記事で読んで学んだこと。
ご飯を食べる時は、水・お茶の類をあまり飲まずに
食事を進めた方がいいらしい。
 
飲み過ぎると、噛まずに食べ物を胃に流し込んでいることになり、
それは胃腸に負担がバチコンかかってしまうわ、唾液の量が減るわ、
体内で安定している最近のバランスも崩すわ…
なんやかんやいいことがないらしい。
 
我ながら、めちゃめちゃ水を飲みながら食事を摂っている。
1回の食事中にコップに3杯は飲んでいる。
そのせいだろうか、カレーや麺類を食べると
胃もたれするし、太るし、
汗かくし、太るし、
しばらく満腹だし、太るし、
とにかく大至急やめようと思った。
 
だけど…毎回、口の中をさっぱりしてから、
次の味を楽しみたいんだよなぁ。

 典子が風呂から上がるとリビングの電気が付いているのが見えた。宿題の手を休めた俊太が部屋から出て、冷蔵庫でも物色しているのかと思ったがテレビ音をかき消すくらいの甚大な笑い声が聞こえたので夫・貴士が帰宅したんだと気付く。晩御飯になるような物、何か残ってたっけ?と一瞬思案しかけたが「ま、自分で何とかするでしょ」と思い返して典子はそのままドライヤーをかけ始めた。が、その音に気付いてかリビングの方から貴士が安定の大声で話しかけてくる。

 

「典ちゃんお疲れぃ。

典ちゃんもビール飲んじゃう?

飲むなら愛すべき夫が

入れてあげちゃうけどどうする?」

 

ドライヤーをしていても貴士の声は無理なく聞こえる。ビール…すぐに飲みたい気もしたが今日は大事な相談がある。それを話し終えてからにしようと思い、何も答えず髪を乾かす方に意識をやった。

 

「どうすんの?無視なんてされちゃうと

ちょっとジェラシーなんですけど。

そうじゃなくても今日、ジャイアンツが

負けてジェラシーなんですけど。

せっかく見に行ったのに延長で惨敗。

ボコボコに打たれて惨敗。

下山が出る間もなく負け。

もう、ジェラシーが重なり過ぎて余計に

飲んじゃうんですけど。

ま、そうじゃなくてもすでに

カナリ飲んでるんですけどウッアッハハハ」

 

いつものように貴士が一方的に話しかけてくる。「愛の押し売りのようなつまらない冗談」と「ですけど」と「笑い声」が多いってことは、もうすでにカナリ酔っている証拠だ。

 

―めんどくさいな…

けっこう大事な相談あるんだけどな…。

笑い話にして済まされるのがオチかな…。

やだなぁ…。

 

典子は、この先の展開を予想して思わず小さなため息をこぼした。同時に首もカクンとうなだれる。ついでだからそのまま後ろ頭を乾かすことにする。と、さっきより大きめのボリュームでもう一度貴士の声がした。

 

「あれ?ため息ついた?

かなり心配なんですけど。心配過ぎて…

ますます飲んじゃうんですけど。

ウッアッハッハッハッ」

 

 首を上げると鏡越し、貴士が真後ろに立っていた。右手に持った銀色のビール缶―多分、もう中身は半分も入っていない―を見せながら続ける。

 

「ぶっちゃけ、美し過ぎる典ちゃんの美貌に

乾杯なんですけど。ウッアッハッハッ!」

 

貴士は、自らの冗談に満足そうに笑いながらリビングへ戻って行った。

 

―「ぶっちゃけ」も「美しいと美貌みたいな

言葉かぶり」も出たか。。

 

これも貴士が酔った時に頻発するワードだ。いつもよりさらに深く飲んで帰って来た事が伺える。

 

―あとは「やべぇ」って言いだしたら

もう100%の確率で完全酔モードに

突入しちゃうなぁ。

 

 典子の不安は即座に的中した。

 

「典ちゃーん、ぶっちゃけ俺もう超やべぇ」

 

―はい今夜は泥酔度100%だ・・。あーあ。

 

 ガックリ来ている典子の気持ちに気付くわけもなく、貴士の一方的な話は続く。

 

「今日試合見てる時さ、

隣にかわいい子座ってたんだよ。

元モデルとかそういう感じのかわいい子。

俺の勘だと、選手の誰かにやられてる。うん。絶対。そのくらいかわいい子がすぐ隣に

いたんだけど俺、その子と全然話も

しないで、一言も話さないで帰って来た。

ねぇ、なんでか分かる?

ねぇ、なんでか分かる?」

 

典子にしてみれば、興味もなければ、どんな言葉が返ってくるかその流れも何となく分かるが仕方なく「なんで?」と相槌を返してやった。貴士は喜々として「予想通りのベタなお世辞」を返してくる。

 

「家に、それよりかわいい妻が待ってるから!

ウッアッハッハッ!」

 

この人の脳みそには「悩み」を置くスペースなんてないのかもしれない。と典子は常々思う。結婚以来、この大笑い声を聞かなかった日はない。

 

「俺、ぶっちゃけ

カナリ飲んじゃってるんですけど。

ビールが美味過ぎて、この目黒区、

いや東京中の幸せなハッピーを

1人締めしてる気分なんですけど。

ちょっと叫んでいい?ねぇ?

窓開けて目黒不動尊に向かって今のそんな

熱い気持ち、叫びたいんですけどいい?

ウッアッハッハッ。ぶっちゃけそんな俺って

今、超スーパーやべぇ?」

 

―超スーパーミラクルハイパーやべぇよ。。。

 

典子の気も知らず、返事も待たずに

マシンガントークは次の話題へ突入して行く。 

 

「てかさ、目黒不動尊のキャラクターが

あるって知ってた?メグローレンって

超エロイ女のキャラ。超エロイの。

巨乳。巨乳ウッアッハッハッ。

なんかさ、帰りに駅でもらったチラシで

見たんだけどさ。

目黒区応援キャラクターなんだってさ。

そのエロイのがウッアッハッハッ。

見てこのチラシ、エロくない?」

 

貴士がリビングでチラシを旗のように振っているので「後で見る」と見る気もないが答えておく。すると貴士が、ちょっとオネエ風に大きな声で叫んだ。

 

「愛して恋してメグローレン」

「何!?」

「びっくりした?ウッハッハッハッ!

このキャラの決めゼリフだって。

ウッアッハッハッ!ここに書いてるセリフ。

愛して恋してメグローレン。

気持ち悪ぃウッアッハッハッ」

 

貴士の酔い加減に「今日は相談、あきらめるか・・」と思いながら、典子もリビングで腰を下ろす。貴士は作り置いていた典子オリジナルのつまみ、一口大に切った「ちくわ」と「きゅうり」を、イタリアンドレッシングでゴロゴロと和えた「ちーきゅー」を次々口にほおりこんでいたる。典子なら3日には分けて食べる量を、貴士は30分もしないで一気に食べきる。作りがいがあるのかないのか分からなくなる食べっぷりだ。典子も全部なくならないうちに横から一口つまむ。と、貴士がキュウリをぼりぼりかみつぶしながら今度は小声で「やべぇな」と呟いた。見ると少し酔いが醒めたのか?ニュース番組を見ている目は幾分真剣だ。

 

「やべぇな。これはガチの奴でやべぇな」

 

釣られて典子もテレビに視線をやると、夕方頃からニュース番組が何度も報じていた「バスジャック」の様子が生中継されていた。ニュースではアナウンサーが「警察側がネット上で犯人との接触に成功。近いうちに乗客を一部解放することで合意した」と繰り返し伝えている。「近いうちっていつだよ」とこぼす貴士に「犯人ってどんな人なんだろね」と何となく話を振ってみると、自信満々な答えが返って来た。

 

「犯人?

そんなの、ぜってぇひねくれたガキだよ。」

「そうかなぁ」

「そうに決まってるだろ。

年行ってても20代前半だよ」

「なんでそんな事分かるの?」

 

典子は、貴士の「決めつけ」にやんわりと疑問を口にしながら冷蔵庫へ向かう。「大事な話」をしたいから「風呂上がりの最高ビール」は一旦我慢。代わりに、サンペレグリノをグラスに注ぐ。ビールの代わり、せめてもの炭酸だ。喉だけでもスカッとさせていると、貴士は犯人像についての分析を続けた。

 

「大体、バスジャックの犯人って

90%が男だろ?」

「そうなの?」

「絶対そう。絶対。」

「ふーん。まぁ確かにバスジャックって

犯人いつも男な気がするなぁ」

「だろ?絶対そうなんだって。

しかも大体、これまでの人生で1回も

自分だけの力で頑張ったことない奴。

で、全部周りのせいにする奴。

いわゆる根性の負け組!」

「それ偏見過ぎない?」

「偏見じゃねぇよ。だってさ、野球部とか

入って最後までやり通したことがある奴は

こういうこと絶対しないもん、

絶対。100パー。絶対」

「出た、野球部絶対論・・。」

「ぜーったいそうだって。見ててみ?

最後、犯人捕まった時絶対、自分は

悪くない。世の中が悪いみたいな

こと言うから。ぜーったい。100パー」

 

報道を見ている貴士の目は真剣だ。これなら「大事な相談」もできるかもしれないと典子は思い直した。今、典子が貴士に一緒に考えて欲しいことは、もちろんバスジャック犯のことじゃない。息子の俊太のことだ。貴士からは「あいつのことは大体任せる。俺よりも典ちゃんの方が社会常識があるから」と言われてることもあって、できるだけ母親である自分1人で『息子に関するトラブルや悩み』とは向き合ってきた。もちろん、時に父親である貴士の意見を求めることはある。でも貴士からは「分かんない。任せる。なぜなら典ちゃんを信頼してるから。母であるお前をウッアッハッハッ」と言われて終わることがほとんどだ。俊太が小さい頃はそれに腹が立ったこともあったが、小学校に上がった頃からは「もうそれでいい」と思うようになっていた。それでも、今回「相談したい大事な話」に関しては典子1人じゃどうしても解決できない。貴士は脳みそに「悩み」を置くスペースがない人間かもしれないが、そんなことは言ってられない。強引にでも「悩み受付スペース」を作る気で聞いてもらわなければ困る。そう思った矢先、幸いにも貴士の方から俊太の話題を切りだしてきた。(続)

「22時 文京区 東京ドーム」

 

東京ドームを出た友香は1人水道橋駅近くのファミレスで時間を潰しながら、ジャイアンツの名ストッパー・下山投手―ショウちゃん―からの連絡を待つ。友香は、ショウちゃんにとって、金曜日の夜だけは一緒に過ごせる「2番目の彼女」。微妙な立場だけに2人の関係についての「自問自答」してばかりで‥。

 

 

いつもより連絡が遅いのか、いつもより自分自身のタバコのペースが速いのか分からないが、とにかく「何かしらの嫌な予感」が友香の脳裏にぼんやりと浮かび始めた。こういう時は、つい「ショウちゃん」の名前や「恋人」といわれるアナウンサーの名前をネットで検索してしまう。「悪い癖だ」と思いながらパソコンに指を走らせる。

 

―なんでだろう…。

検索してももいい事なんて何にもないのにどうして辞められないんだろう。

 

友香自身、昔はいわゆる「愛人」や「浮気相手」、その人の「2番手」という存在になる人の気持ちが分からないでいた。実際の所、周りの友達にはそう言う人も多くいて、中には「私、実は誰々と、2人で会ってるんだよね」と、その関係を自慢する友達だっていた。家賃をその相手に面倒見てもらっている友達、身の回りの物から、身に付けるものまで色々と「高い水準の物」を買ってもらっている友達。彼女たちの話に、友香はいつも「いいなー」と相槌を打ちながら付き合っていた。でも本当は、全然羨ましいとは思っていなかった。それは「その恋愛って、先にちゃんとしたゴールないじゃん」って思っていたからだ。だから1度、「企業社長と人気ミュージシャン、2人の2番目」をやっている友人に「ちゃんとしたゴールがないのに、付き合うって意味なくない?」って聞いたこともあった。その時、友達からは「ちゃんとしたゴールが必要っていう意味の方が分からない」って返された。この回答に「そういう考え方もあるのか…」と納得はできないが理解はして以来友香は「みんなのことは関係ない。ウチは嫌だからウチはそういうことをしない」と自分の中で決心を固めた。それなのに…

気が付いたら、ショウちゃんとそういう関係になってもう3年を超える…。

 

―どうして辞められないんだろう?。

 

最近、その理由がひとつ思い浮かび、日を重ねるうちに気持ちの中では明確になっていた。

 

―どこか「意地」なんだろうな。

 

「ショウちゃんとのことが世の中に存在してない」ということが、本当は自分自身どこかで嫌なのかもしれない。特定の誰ってわけじゃないが「誰かに話したい」という気持ちがあるのかもしれない。そして、その誰かに「いいね」って言われたいのかもしれない。その「いいね」があるだけで、ショウちゃんとのことが世の中に存在することになる。でも…それを存在させると、ショウちゃんに迷惑がかかる。だからやるべきじゃないことだと思う。でも…。

このループについて考えた時、友香は結局いつも、楽しい方向に着地ができない。そのストレスから、タバコに手が行くスピードも早くなっているのかもしれない。気づくと今夜は4本目を吸っていた。3本を超えるのは、これは珍しい。多分、今シーズンの試合終わりのファミレスでは初めてだと思う―。また少しだけ大きくなった不安を紛らわせようと、友香はラインをもう1回チェックしたが「ブンキョウリュウ」の「喰っちまおうぜ!」すら既読になっていなかった。

 

―せっかくショウちゃんにもブンキョウリュウのスタンプ、プレゼントしたけど…。

何かトラブルあったのかな‥。

 

 友香は、ついに5本目のタバコを口にした。そしてスマホで変わらずあれこれと情報検索を続けていた時に、ひとつのキーワードが目に留まった。

 

「バスジャック」

 

それは、「今この時間の日本のネット界」をにぎわせているワードだった。調べてみると…1台のバスが何者かにまさに今、「乗っ取られて」いるらしい。そのジャックされたバスは、友香のいた東京ドームのそばも走ったらしい。ネットの記事には「バスジャックされた車は、東京ドーム沿いを走り本郷にある東大の赤門前で7分間停車した後、再び走り始めた」とある。

それに続く詳細もざっと読んで、友香はもう一度ショウちゃんへラインした。

 

「お疲れ様。今、バスジャック起きてんだって。東京ドームの近くにも来てて、東大の赤門の方に走って行ったらしいよ。怖いよね。」

 

…そのメッセージを送ったその瞬間、ほぼ同時にラインの着信音が鳴った。スマホ画面に、メッセージの送信主の名前が表示される。

 

「ショウちゃん」

 

指を走らせ、メッセージをすぐに確認する。そこには友香の送ったバスジャックについてのリアクションでも、今日これからの2人の予定のことでもない、全く別のことが書かれていた。

 

「先に帰ってて。病院行ってから帰る。」

 

ドキッとした。でも変にあれこれ聞いたら、ショウちゃんに「面倒だな」って思わせてしまうかもしれないと思った友香は、送る言葉を選ぶ。

 

「分かった。気を付けてね。大丈夫な時に連絡待ってるよ」

 

・・と、今度は返信も早かった。

 

「肘、ちょっと痛くて(笑)」

「大丈夫?監督とか球団の人には言ったの?」「大丈夫」

「分かった。何でも言ってね。

こちらは帰ります」

「了解」

 

「了解」という言葉をもらったら、そこからは返信しないのが何となくのマナーだと思ってはいるが、「肘が痛い」と聞いてどこか不安で…メッセージのやりとりに、漂った暗い雰囲気を消したくて…友香は「ブンキョウリュウ」のスタンプを付けた。ショウちゃんが恐竜を押せば「ファイトだぜー」と叫でくれるはずだ。

 

―ショウちゃんの肘、大丈夫かな。

 

それは、友香は知っているがメディアも、多分チームの人達も知らない情報だった。ベッドで2人並んでゴロゴロしながらテレビを見ていた時、ショウちゃんが腕枕してくれていた腕を―投げる右腕じゃない左腕だけど―友香の頭の下から抜きながらポソッとこぼしたから知った情報。

 

「手、頭の下から抜いてもいい?

ちょっと痺れてきた」

「あ、ごめん。痛い?」

「大丈夫大丈夫。てか、左だから痺れても

大丈夫。右やないからな」

「うん、でも…ごめん」

「ホンマ大丈夫。てか‥」

「ん?」

「まぁ誰にも言ってないけど最近、右‥3日続けて肩作って本気で投げたら、なんかピリッてする時があるねんけどな‥誰にも言ったらダメだよ?」

 

ショウちゃんは、大阪弁と標準語の混ざった口調で冗談めかして言ったが、決して明るい話題ではなかった。そして、友香はショウちゃんの言いつけどおり誰にも言ってなかった。知っているのはショウちゃんと、友香だけ―。だから「下山投手のひじの痛み」は世の中に存在してない物。だが、世の中に知られて「存在」してしまう物になるかもしれない‥。2人だけの「事実」を、世の中が共有してしまうかもしれない―。

 

―とはいえ、「下山投手の肘の痛み」が世に

バレるって、完全に決まったわけじゃない。

 

友香は、指を滑らせ「下山 右肘 痛み」でネット検索した。だが…それらしい情報はひとつもヒットしなかった。少しホッとした。それでも「大丈夫かな」の思いは消えず、スマホで検索を続けながらファミレスの席を立つ。

 

ほとんどスマホから目を離さずに、会計を済ませて店を出る。やはり、ショウちゃんの右ひじの話題はネットのどこにも出ていない。「大丈夫だ」と先ほどまでの動悸も若干収まった。その落ち着きが他の記事を読む余裕に繋がったのか、友香は無意識のうちに「バスジャック犯」のトピックをクリックしていた。

 

「バスジャック犯は19歳の大学2年生。

先ほどツイッターアカウントを取得し、

ツイートの中で『犯行声明を出す!』

と宣言している模様」

 

―19歳かぁ…私何してたっけ…。

 

水道橋駅に向かいながらふと考えた。19歳といえば友香がグラビアタレントを辞めた年齢だ。

 

―仕事じゃなくて初めて東京の遊園地に

行ったのが19歳だったかも。

 

目の前、高い位置でうねっている後楽園のジェットコースターを見て10年近く前のことを思い出す。

 

19歳のバスジャック犯は、確かに「主張!」としてツイートをUPしていた。

 

「主張!自分は自らの命をかけて戦い、

自らの無実を証明する!

 ツイッターフォロワーが77万人を

超えた際、その全てを語る!」

 

77万人か。アカウントを見た。すでに7万人近くがフォローしていたが、友香はふと「なんで77万人なんだろう?」と思った。

それから…

 

―いきなり『命をかけて戦う』って書いちゃうのとかって、子どもっぽいかも。

 

19歳バスジャック犯のツイートは、友香にその思いをさらに強くさせる言葉で締めくくられていた。

 

「たとえ我が身朽ち果てようと、

俺らはいつでも仲間を守る!」

 

―うん。19歳にしては子どもっぽい。

 

そう感じると、それ以上はもう興味を持てなくてスマホから目を離そうとしたタイミングで、ショウちゃんからのラインが届いた。

 

「今日は病院にこのまま泊まります。一応、球団に言った。

 こっそりだけど検査してもらう。

 明日、朝イチで見てもらってそのまま球場入ると思う。

 だから今日はゴメン」

「分かったよ。大丈夫だといいけど‥。

 何かあったら何でも言ってね」

「了解」

 

―仕方ない。

 

ホームで電車を待ちながら、今後の試合スケジュールを確認した。来週の金曜日は名古屋で試合。その次の金曜日は大阪になっている。

 

―てことは、ショウちゃんがウチに来るのは

早くて3週間後の金曜か。

 

今日の夜から明日の午前中まで、全部が空いた。すぐに代わりの予定を入れられるわけもないから、友香はスロットアプリに戻る。無心で、ただただスロットを回す。中央線の四ツ谷駅で―京王線の笹塚駅の辺りで―乗り換えて明大前駅から永福町駅に向かう途中で―それぞれ『7』が揃った。今日はすごく当たる。揃うたびに友達から「いいね!」「すごい!」とラインが届く。グラビアのマミからは「今、西麻布で飲んでるよー。時間あったら来ない?スロット大当たりのお祝いしようよ」とまで来た。

 

―多分、合コンの人数が足りなくなったから急に誘ってくれたんだろうな。でも‥

 

「今日の金曜日」が「ただの金曜日」になったこともあって、もう全部どうでもいいかもって思った友香は西麻布を断った。そして永福町駅についた時にスロットゲームのアプリも閉じた。

 

電車を降りて、何もしないでプラプラとホームを歩く。みんな友香より歩くのが速い。「まっすぐ家に帰って、みんな何か予定あるのかなぁ。いいなー」と無意味な嫉妬までを覚えながら、無意識にまたスマホを開いていた。ラインがもう1回届いてた。

 

「明日の夜、行っていい?」

 

ショウちゃからの意外なラインだ。

 

―なんで?

明日の夜、ウチに来れるわけないじゃん。

アナウンサーの彼女がショウちゃん家に

いるじゃん。

 

疑問に思いながらも急いで「明日来れるの?」と返すと、すぐに返事が戻って来る。

 

「今日は会えなかったから、

明日ゆっくり飲もうな!乾杯!!」

 

思いがけないメッセージだ。肘の事も気になるし、何で明日来れるなんて言えるのか?その理由も気になって聞きたいが、友香はそれを我慢して選んだ言葉を返す。

 

「うん!乾杯しよう!」

 

ショウちゃんからの返事が速い。「乾杯!」と叫ぶブンキョウリュウのスタンプまで返って来た。

 

―あ、ウチがプレゼントしたスタンプ、

使ってくれた!

 

なんか、気持ちがスッとしかけた。

それでもやっぱり、気にかかる。

 

―なんで明日も大丈夫になったんだろう??

 

なんとなく「ショウちゃんのアナウンサー彼女」のツイッターを検索してみると、すぐにその理由が分かった。

 

「報告です!実は今週から…

毎週土曜の朝だけじゃなくて

日曜朝も出ちゃいます!」

 

―そういうことか・・。

 

日曜朝の番組に出るということは、土曜日も夜のうちからテレビ局入るということ。だからショウちゃんは明日の夜も空く―ということ。

理由が分かって、嬉しい気持ちとがっかりな気持ちが入り混じった。それでも、もしかしたら今度から金曜だけじゃなくて、土曜も友香との時間になるかもしれないということは事実だ。

 

―「勝ちのない、ゴールのない恋愛」かもだけど、金曜だけだったのが「土曜も」になったら確率が2倍になるかも。何の確率が2倍か分かんないけど。

 

足取りも軽くなったのか、友香は前を歩く人を1人抜かしていた。「ちょっと乾杯したいな」とも思っていた。誰と乾杯すればいいかは分からないけど―。

 

―どこかで飲もうかなぁ。

家に帰ってもご飯ないし、

何か食べて帰ろうかなぁ。

 

ぼんやりと考えながら、自宅近く―永福町界隈―の店には全く詳しくない事を少し悔やむ。この辺は、水道橋とは違って気軽には入れるお店も少ない。とりあえずは、自宅の方向へ―井の頭通りを西永福の方へと歩く。

 

―ウチん家の方向って、この先は赤提灯の

店とかがちょっとあるだけだしなぁ。

 

「さっきのファミレスで食べればよかった」とも思いつつ、赤提灯のお店の横を通り過ぎながら、脚を少しゆっくりにして、中をチラッと覗いてみる。カウンターだけの、その店の奥の席では、初老の男性がウツラウツラしている。その手前では、友香と同年代くらいの女性と若い男の子が飲んでいた。

 

―ウチの年齢でもこういうお店来るんだ。

意外。入ってみようかな。

 

一瞬思ったが、友香はまっすぐ帰ることにした。

 
―家に帰って1人で乾杯しよう。
 ショウちゃんからまた急にラインが

来るかもしれない。

「22時 文京区 東京ドーム」

 

ゲームセットを告げたばかりのスタジアムを後にして、友香は1人水道橋駅近くのファミレスで時間を潰している。スマホのスロットゲームをしながら1人でぼんやり‥。考えることがないと、頭の中に浮かんでくるのは「ショウちゃん」とのことばかり。友香が、ジャイアンツの名ストッパー・下山投手の「2番目の彼女」だということは誰にも言えないし、言う気もない。だけど‥もしも「誰かに伝えたら?」と考えてしまうことは多々あって―。

友香が、ショウちゃんと初めて会ったのもみんなと一緒に行った飲み会だった。昼過ぎに突然、グラビアやってるマミからのラインを受けたのがきっかけだった。

 

 「今日、ジャイアンツの選手達と

ご飯することになったから来ない?」

 

マミはグラビア活動ばっかりやっていたが、春に事務所を移籍したのをきっかけに、バラエティ業界とのパイプもできたようでテレビ露出も増えていた。それにつれて友香が誘われる飲み会も増えた。マミの呼んでくれる飲み会はお金がかからないことと、格段に美味しいご飯を食べられることもあって嫌いではなかったが、いつもどこかで「自分は人数合わせ」と感じるのは事実だ。テレビ出演が増えて行くにつれて、どんどん高いブランド服、バッグ、アクセを身に付けていくマミの引き立て役。友香は「高い服」を着て飲み会に来ることもなければ「私は…」とすぐに自分話を切り出す我の強いタイプでもない。そういうところがマミには「横に置いといても安心」と思わせているんだろうと分析している。そして、マミだけじゃなくて他の女友達もそれはきっと同じ―。

 

―トモってこんなに可愛いくて

超性格いいのに彼氏いないんです。

信じられなくないですか?

私が男だったら絶対トモと付き合うもん。

 

―トモってすごい堅実で、

新しい服もあんまり買わないんです!

それに比べて私なんかもうほんとダメ!

ほぼ無意識に買っちゃうから、

トモと比べたら家庭に不向きなんです。

 

―トモと付き合ったら絶対幸せに

なれますよ?私が保証します!

―私もそう思う!

 

―私、トモの姉状態なんで、

トモと付き合いたいって思ったら

まず私通して下さい!

―私も通してもらわないと嫌なんですけど!

 

飲み会になると、大体みんなが友香を持ちあげる。でもそれは、持ちあげてるようにして「友達を立てる自分いい子でしょ?」っていうのをアピールしてるだけだってことくらいは友香も分かっている。だから時々、友香の連絡先を聞いてくる男がいるとその状況はすぐに変わる。

 

―やった!トモ連絡先ゲットじゃん!

―この子のこと、本当お願いします!

 

‥とみんなで盛り上がって、その場のネタにされるのが常だ。クラブシンガーやっているリカなんかはその辺が露骨。

 

―この子、前の恋愛にトラウマ抱えてるんで

救ってやって下さい。

 

と言った感じで一見フォローしているような言いまわして、その実「触れられたくない過去」をさらすきっかけになるようなことを言うことすらある。だから友香自身、みんなとの飲み会じゃ彼氏はできないし作らないと決めている。「みんなと仲良くする時間」と割りきって参加しているだけだ。

 

それだけにショウちゃん―出会った時は当然・下山投手―から連絡が来て、結果的に付き合うことになったことには、友香自身もびっくりした。実際には「2番目の存在」での交際だがそれでもびっくりだ。初めて会って飲んだ日、トイレから出て来たらちょうどショウちゃんもトイレに来ていて声をかけられた。

 

「すみません、スマホ失くしちゃって。

正直ンパってます。

スマホ貸してもらっていいですか?」

 

スマホ画面を電話モードにして渡してあげると、ショウちゃんは軽く会釈して、友香のスマホの画面を押し始めた。すると、すぐに男性トイレの奥からものすごく大きな音でメロディが鳴った。

 

♪何度ここに来てたって 

大阪弁上手くなれへんし・・

  近くてまだ遠い大阪~。

 

ドリカムの着歌が聞こえたら、ショウちゃんはもう一度軽く会釈して、慌てて男性トイレの中へ戻って行った。とにかく「無事にショウちゃんのスマホが見使ってよかった」と友香も思っていたら、すぐにショウちゃんからショートメールが入った。

 

「すみません。トモカさんの

連絡先知りたくて、芝居しました」

 

びっくりした。その日の飲み会、マミが集めた友達は6人くらいいて、友香以外は全員現役でグラビアだったのに、昼過ぎに急に連絡が来たくらいだから多分人数合わせで呼ばれた存在なのに、彼は友香の連絡先を聞いてきたのだ。最初はもちろん信じられなかった。だから友香の返信は

 

「分かりました。

誰と仲良くなりたい感じですか?

連絡先、教えますよー。」

 

それに対しての彼からの返信は

 

「もう知れたから平気です。

 良かったらラインIDもお願いします」

 

びっくりした。正直、どうリアクションしていいか分からなかった友香はとりあえず、場を繋ぐような変身を返した。

 

「そういえばドリカム、好きなんですね。

ウチも好きでーす」

 

それに対しての返事は…

 

「ドリカムが好きって言うか関西出身なんで、

正直、大阪唄がやっぱ好っきゃねん♪

なだけですねん(笑)」

 

出会った時は、彼が「処刑人」って言われてることは知らなかった。それでも、飲んでいる席でも別に明るい方じゃなく、どちらかと言えば無表情だった下山投手が送ってきたメッセージが冗談口調-別に面白くはなかったけど―だったことが意外だった。同時に、下山投手の素を友香だけが見れた気がしていた。多分、その時が「これは誰にも言えないなー」って、思った最初だったと友香自身記憶している。

 

その後は、そう思った通り「誰にも言えない形」で2人で会うようになっていった。

最初は車でドライブがメイン。そして、すぐにホテルで会うようになった。ショウちゃんはベンツでホテルに入り、友香は電車で向かって予約されてある部屋で会う。その後、ショウちゃんが「トモの家に行きたい」って言いだすまでにはさほど時間はかからなかった。

 

―困った。

 

友香にすれば呼べるわけがなかった。

西永福 築30年の1K。2階建ての1階の1番奥。ウォシュレットもない。ショウちゃんの住んでるという中目黒のタワーマンション最上階とは大違いだ。ショウちゃんの家に、友香が入れてもらったことはもちろんない。だが、車でその下を通った時に「ココ、俺住んでるマンション」って教わって、スマホで部屋を検索したからそのすごさは分かっている。そのタワーマンションには1フロアに12室ずつ部屋があるが、最上階だけは部屋が4つしかない。ショウちゃんの部屋はそのうちのひとつ。ホームページで見た限り、その玄関だけで友香の家の家具が全部収まりそうだった。リビングスペースだけで友香の家が全部入る。窓からは東京タワーとスカイツリーが両方見えるらしい。スーパーの看板が見えるだけの友香の家とは大違いだ。だから「無理」「ありえない」って何度も断った。それなのにショウちゃんの返事は

 

「俺、大学までボロ寮やで?

だから、そんなん全然気にならんし」

 

それでも友香は断り続けた。だが、交際が半年続いた頃になっても彼はことあるごとに「家にも行きたい」と変わらなかった。ショウちゃんの誕生日10日前くらいだったか、いつもみたいにホテルで会った帰りの車中で友香は「誕生日プレゼント何がいい?何でもいいよー」と聞いてみた。するとショウちゃんから戻って来た言葉は

 

「トモの家行きたい」

 

ホントに困った。着る服やバッグとか持ち物まではなんとか繕える。でも家の中までは簡単には無理だ。服や持ち物はブランドじゃなくても、頑張って探せば「いい物」も何とか見つかる。もちろんブランドで探せたら手軽に見つかるが、そうじゃなくたって時間をかければ何とかみんなに「それいいね」って言ってもらえる大丈夫な物を見つけることができる。友達に見せる1回か2回くらいは、それで乗り越えられるから大丈夫。でも「家」となると無理だ。部屋の中全部を「いいね」って言ってもらえて、友達みんなと同じレベルくらいにまで・・・は時間をかけても無理。それにもしも、もしも奇跡的に部屋の中全部を繕うことができても家の外観でもうバレバレ。そもそも相手は、友達どころか「億」を稼いでいるプロ野球選手だ。  

部屋に来たら「全然大丈夫」と、もちろん言ってはくれると思う。でも「その後は、距離を置かれるようになって行くんだろうな」というのが友香の見立て。だから「これで終わりにすればいいか」って半分やけになってOKした。とはいえ友香は一生懸命掃除して、床マットやアメニティを代官山や恵比寿の雑貨屋で探し選んで買ってきてみたり、なんとか色々繕った。「ショウちゃんが家に来る最初で最後」と思いながら部屋に招いた日、彼の第一声は

 

「やっと来れた。駅からの道も覚えたから

大丈夫。次からは1人で来れるで」

 

―部屋の感想はなかった。

 

改めて友香から「ボロい部屋でしょ?」と話を振ってみてもショウちゃんかの返事は

 

「永福のインターで高速降りて、

ここまでの道も覚えたから大丈夫。

車も裏に目立たんパーキングあったから、

あそこならマスコミに撮られることも

そうそうないと思うから大丈夫やなぁ」

 

それから2年半、「地方遠征せずに都内にいる金曜日のショウちゃん」は、変わらず西永福の友香の部屋にいる。友香のよりも随分硬めの歯ブラシと髭剃りが洗面台に置かれてからも、もうすぐ2年になる―。

 

友香の狭いシングルベッドにピッタリサイズに、185㎝を超えるショウちゃんが寝転がるとピッタリサイズになる。2人で寝転がると寝返りもきつい。友香は「買い替えよっか?」と相談したこともあるが、ショウちゃんの「別にこれでええやん?」の一言で買い替えは見送られた。2年経った今でも部屋では、ピッタリサイズなベッドで2人で寝転がって話す。友香は、ショウちゃんが時折出題するクイズに答えるのが結構好きだった。ゴロゴロしてると突然「問題です。ジャジャン」と言いだして、クイズが始まる。もっともクイズの内容は大体野球のことだから友香は大体当たらない。

 

「問題!1988年3月17日に、日本で初めてのドーム球場として完成した東京ドーム。完成当時は外野が1番広い球場でしたが…ズバリ今は、12球団のホームグラウンドの中で何番目の広さでしょう?」

「3番目!」

「ブッブブー!残念!正解は・・・12番目!外野は1番狭い球場になりました。

そこでホームラン打たれんようにすんの

正直難しいんだわ。」

「そうなんだー。ウチはケンちゃんの

野球のクイズが難しいよ?」

「そう?簡単な問題にしてるつもりやで?

じゃあ野球を離れた問題!

 東京ドームはコンサートでも使われますが、初めて東京ドームでコンサートをした

 日本人は誰でしょう?」

「サザンオールスターズ!」

「ブッブブー!残念!

正解は・・・♪ああ川の流れのように~。

美空ひばりさんでしたー」

「そうなんだー。てか、また野球に

近い問題みたいな感じじゃん」

 

「問題!東京ドームがある文京区は、

何で文京区って言うでしょう?」

「ほら、また東京ドームってやっぱり野球に

近いじゃん(笑)」

「あ・・・正直、すんません(笑)」

 

ベッドで、寝ているショウちゃんの寝顔を見ていると、時々「もしかしたら本当につきあえる時が来るかも」って考える時も彼女にはあった。でも、抱いたその「かも」という感情はやっぱりありえないことだって気づかされた。友香の家にショウちゃんが通うようになって1年くらい経った時だ。エッチも終わり、2人でベッドでただゴロゴロしながらテレビを見ていた時だ。ニュース番組が「浮気が原因で殺人」って話題を伝えた。2人とも真剣に見ていたわけじゃないが、ニュースが次の話題に切りかわった時に、ショウちゃんがポソッとこぼした。

 

「正直、トモと浮気じゃない形で

付き合いたいなぁ。笑いの感覚とかの

価値観、めっちゃ一緒な人間って

感じるし。

でもなぁ、それだけじゃどうしょうも

ないところに俺、いるしなぁ。

俺の立場ややこしいなぁ…」

 

「同じ人間」っていうけど、人は平等じゃない。差別はないかもだけど区別はあるから。当たり前だけど、世の中には「すごい人」がいるし、友香自身はそういうすごい人の世界の人間じゃない。逆に、ショウちゃんはすごい人達の中でも特にすごい人だ。来年か再来年には「アメリカ行くかも」という話題が、テレビやネットには出ていることは野球の話を彼から直接は絶対に聞かない友香だって知っている。アメリカに行ったら、彼の年棒は5倍にはなるらしい。今が4億円だから20億円だ。そんな人がなぜ、西永福のこんな1ルームにいるんだろう―。ただ、ショウちゃんと友香のことは誰も知らない。2人以外は知らないから、世の中には存在していない話だ。そう考えたら「ショウちゃんがこの家にいる事」自体存在しない話か…

と友香は、自分の疑問を強引に腑に落とした。

 

―世の中にとってのショウちゃんは

「人気アナウンサーの彼女がいて、

女遊びはできないマジメな人」。

 

それが世の中の「本当」のこと。

友香とのことは存在しないこと。

今後も、どこにも誰にも話さないから、

この先も存在しないこと。

 

もしかしたら世の中には、

こういう話って沢山あるのかもしれない。

 

―でも…

 

存在していないなら、友香がショウちゃんに言われた言葉の数々は何なんだろう?

 

「トモとの時間で正直、

色々リセットしてるところある」

「トモと長く会えないと、

正直調子が悪くなる」

「トモと会ってたら、頑張らなくていい時間も

あるんだなって感じる。

会う時、頑張ってなくてごめんな」

 

 ただただスマホでスロットを回し続けながら、これまでショウちゃんに言われた言葉が頭の中をまわる。無意識に3本目に入っていたタバコも半分くらい終わってた。ショウちゃんからのラインはまだ入らない。(続)