昭和のかほり☆彡
ブログネタ:ラジオって、よく聞く? 参加中昔まだ、
レコード屋さんがあって、聞きたい音楽は
貸しレコード屋さんから借りてきて、テープに落としていた時代…
ラジオから録音していました。ヽ(´▽`)/
試験前はオールナイトニッポン聞いてたなぁ…
今だったら全部録音するくらい楽しい時間でした。
自分、曲は知ってるけど曲名知らないのがけっこうあります。
イントロだけとかね。
だからカラオケで歌えないんだゎさ。
「好きよ
好きよ
愛してるって、耳の そばで ささやいて~
」とか、←陽子ちゃんね。「ワタシは知らない
何も なーにも知らなーい
ワタシは知りたい
アナタのことだけ全て♪
シーラナイナイ
シーリタイタイ
シーリタイタイ
シーラナイナイ♪」←おにゃんこかなぁ?わかんね。
最近聞かないです。
ラジオが無いから!(笑)
オ母サン…☆彡

*弟が生まれてしばらくしてから見た夢です。
当時、私の家族は5階建ての社宅に住んでいました。
エレベーターなんてもちろん無く、
幼い頃はよく、トイレが間に合わずに…なんてこともありました。
午後になると、
社宅のまわりで母親たちが立ち話をよくしていました。
その日、私は家にいたのですがふと気が付くと母の姿がありません。
「お母さん?どこ」
家中を探しましたが、家にいるのは私一人でした。
家の中はガランとしていて、北側と南側の窓が開け放たれていて風がよく通っていました。
窓の向こうから、下の方から母の声が聞こえました。
「お母さん…いた!」
母は、下で他の母親たちと井戸端会議中。
母親を見つけて安心した私が部屋を見回すと…
8畳の部屋の片隅に、
知らない赤ちゃんが…
泣いていました。
弟は下にいる母に抱かれています。
…弟じゃない!
赤ちゃんは明らかに生まれたてで赤グロく、
火が点いたように泣いています。
と…視線を移すとまた違う片隅に、赤ん坊が。
まばたきする回数と同じだけ、
部屋の中に見知らぬ赤ん坊が増えていくのです、
「お母さん!」
叫んだけれどあまりの恐怖で口から出た言葉は喉の奥で潰れてしまいます。
「お…お母さ…ん!!」
部屋中で赤ん坊が泣いています。
「お母ぁ…さ~んっ!」
窓のから母を呼んでいるのに
時たま笑う声は聞こえてくるのに
母たちはまるで聞こえていないらしく談笑を続けています。
「こっちを向いて!お母さん!」
声にならない声の…
代わりに私は赤ん坊を…
掴んで…
下に…
放り投げました。
赤ん坊が…落ちていくのに母たちは知らんぷりで私は…
手当たり次第に赤ん坊を投げ落としました。
「お母さん、私に気付いて!」
そんな思いが
こんな夢を見させたのでしょうか。
当時の私は手のかからない、大人しく一人遊びをしているタイプだったそうです。
自分自身も、
かまわれるよりは好きにやらせてもらいたいと思う変わった子どもでした。
この夢をはじめて見た時は、
本当に全身汗びっしょりになったのを覚えています。
「で、実際のところどうなんですか。景気…」☆彡

息子さまが通っている
情緒障害児教室の先生のおコトバ。
「いやー、私たちあんまり実感わかないんですけど。実際のところどうなんですか。景気、まだ悪いんですかね」
固まった。…(;-_-+
いや、いいなぁ
学校の先生は。
うちの子2年生の時の担任は、
精神病で学校に来ませんでした。
休んでる担任の代わりに、校長と教頭が教壇に立ったけれど子供たちは
「どうして僕たちには先生がいないの?」
結局、代理の臨時教師が来たのは夏休みが過ぎてからでした。
いい先生だったけど、
慣れた頃に任務完了して去っていきました。
病気であっても本人から辞退の申し出がない限り、
教育委員会からは首にすることはできないそうです。
給料はきちんと払われているとのこと。
自分の担任だった先生は、私が5年生の時に赴任してきてそのまま、
うちの息子が入学する前年まで同じ小学校にいました。
私らが習った頃は
気に入らない男子を顔が回るくらいぶん殴ったり、
かと思えば女子を膝の上に乗せたりして…
養護教諭してたみたいですが「まさか」って感じですね…
一部の人だけで
全部が全部そうじゃないとは思いますが、
食いっぱぐれの無い職業なんだなと
今更ながら思い知らされています。

ずるっこしてでも
就きたい
よね?
(笑)