パソコンに文字を入力していて
途中で考え事をしていたんですね。
そっちの方に意識を集中させていたら
画面いっぱいが「っっっっっっっっっっっっっっ」で埋め尽くされていたのに気付き「Σ(・□・;)」と。
僕は指を離さずに「d」を押し続けていたようです。
ありえないほどの「っ」の量で、まるでdの事がメチャクチャ愛しい人みたいで
きっと間抜けな顔して押し続けていたのでしょうね。
一点集中しすぎると不器用な男になるんだと、思い知った今日この頃でした。
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この一週間ほど、仕事先となる音楽スタジオが東京タワーの建つ港区周辺でした。
普段と違う職場は新鮮な気持ちでワクワクします。
いろんなトコに行っていますが、そう感じられるのは僕の性格だと思っています。
普段、と言うか、主戦場としているのは職場のある渋谷区になります。
渋谷区と今回の港区、電車移動や距離にすると大したことはないお隣ちゃん。大した説明も出来ませんが、ロードバイクだと結構面倒臭いです。
普段通勤コースに使うのは246号線(ニィヨンロク)なので、アルファベットの「X」みたいな海側の第一京浜(イチコク)とは微妙に馴染みがないまま来ました。
すべての道はローマに通ず・・・じゃなかった、日本の道は日本橋からスタートしますけど、スタート地点が同じでも中間もゴールさえ決して交わらない道もあるんですよね。
例えれば、日本橋が曽曽曽曽曽曽じいちゃんで、各街道がその血を枝分かれして継いだ親戚、一生会わないで存在さえ知らない親戚もいる。そんな感じかな。
話を
>ロードバイクだと結構面倒臭いです。
に戻します。
仕事を終えた第一京浜から神宮球場方面・245沿いの職場に戻る際、
皇居(江戸城)周辺の地形は坂ばかりで、慶應義塾大学ら辺の上り坂は普段鍛えていても結構ハードでしたΣ(・□・;)
(全力坂でトレーニングしよう!)
スマホのナビが誘導した閑静な住宅街の道では、
自転車で登る僕の横を、何台もの高級車が通り過ぎていきました。港区のお子様は坂を登らないのでしょう。
(下町の子なら坂道を見つけたらダッシュ!!それを「遊びに変えて」笑いながら走ってくだろうな)
つくづく自分は下町の人間なんだなって思いました。てやんでえ。
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まぁそれはそうと、
約一週間、夕刻に現場入りだったので、
ちょっと早めに家を出て、閉門前(17時)の増上寺を参拝するなど、自分的には健康に過ごしました。

「陽が長くなりましたね」「陽が短くなりましたね」この四季(春夏・秋冬)の挨拶の言葉、情緒があって好きだなぁ。
夕方の6時になっても空は明るいイマなので、
広大な芝公園を散歩しながら、この芝公園が、江戸時代に初めて出来た「公園」であると紹介された看板を読んで「へぇ〜」となったり、
(武家や身分の高い屋敷の庭園(庭園都市)は多かったが、当時の江戸では庶民の憩いの場は少なかったらしい)
それと、虎ノ門ヒルズの近くにある愛宕神社には「連日」行きました。
(『桜田門外の変』前夜に井伊暗殺部隊のお集まりがこの地であったそう)
前回はなかった筈であろう『出世の階段』看板があったので、東京オリンピックとか観光名所に意識しているのかな、なんて思いました。
平日の夕方の時間帯(17時台)なので、参拝者の多くが帰宅途中のサラリーマンやOLの方が一人で来ていて、
基本的に参拝客は、男女問わず急な男坂を選んで登っていました。
周りは高層ビルや商業施設が次々に建ちますが、神社仏閣はおそらく滅びることはありません。江戸時代から残る建物!という観点で感じると歴史の風に吹かれた気分になって感動したり出来ます。
この石段「うわぁ」とはなりますが、地方の神社仏閣に行けば沢山あるでしょう。
ただ、東京区内でこの急勾配の石段になると珍しいので、かなりいい運動になります。
境内を参拝したのち、石段の頂上で街の景色と、時々登ってくる人を迷惑に思われない程度に見ておりました。
登り切った後に、ハァハァ息を切らしている人や、涼しい顔しているのに顔は汗だくのサラリーマン。
複数人で来られたおばさま連中方が登頂したのち「もうダメ、はぁはぁ」など笑いながら言い合っている様子など、見ていて面白いものでした。
一週間毎日、夕方の時間にやってきて、駆け上がるように登り、参拝し大きな柏手を2回響かせ、帰り間際に頂上で5分程度目を細めながら佇む、そんな男でした。

(ソリかスキーで滑りたいな)
南無阿弥陀仏の後に神様。縋れる大物が2存在もあって、まじ最高じゃん!
東京の名所をこういう風に書くことは殆どありませんが、エピソードとか背景付きで紹介するのも、好評であれば今後も時々書いていきたいな・・・なんてね。その前に掃いて捨てるほど下書きが溜まっているので、拾い集めて載せなくちゃ!と。
LIFE IS NOW
一期一会の貴方の刻を。
【mAb】


