24時から二つほど過ぎた真夜中の時間帯。
自転車を漕ぐ僕は、まるでジオラマのように人が歩いていない都会のビル群の間を進んでいく。
月と太陽ならば、完全に月の光を浴びて生活してきた僕の肉体状況。
日光浴ではなく月光浴。
夜は感性を研ぎ澄ましてくれる。そう信じている。
国道6号線から隅田川を渡り、下町の住宅地を近道に選ぶ。
春のうららの・・・瀧さん、あなたはすごいよ。
裏道を走っていくと、前方から1人の女性が歩いているのを確認する。
広い道ではないので、向かい合い、すれ違っていくのだ。
終電の時刻、終電が終わった時刻に、こうした光景をよく見かける。
「深夜に女性が1人で帰宅する時代」
10年くらい前までは、男が女性を自宅の前や家の近辺、もしくは最寄駅まで送っていったり、夜道を歩かせまいとした。
それが「世の中の普通」だったと・・思う。
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24時から二つほど過ぎた真夜中の時間帯。
車1台が通れるほどの一方通行の道で、
すれ違う瞬間、女は口元だけで笑っていた。
深夜に女性とすれ違う状況は毎日のようにあるが、
警戒されてか、目が合うことは多々ある。
大概の世の男性のサガのように、色目の興味で「どんな人かな?」とチラ見するが、女性の場合は別の意識もするだろう。
多分男はそこまで警戒しない生き物だ。
けれども、その女は、警戒とも色目とも違う笑みを浮かべて僕を見ているように思えた。
その証拠に、僕の全身には一瞬にして鳥肌が立った。体は面白く正直だ。警戒した。ゲゲゲの鬼太郎みたいに反応した。
「可愛い」とか「綺麗」とか「色っぽい」とか「残念」ではなく、一瞬で感じ取る相手の印象は「不気味」。
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一瞬の出来事を、スローモーションのように一時的に記憶する。
女は黒髪のショートボブ。やや俯向き加減で歩いている。星野源似の・・・それは練馬区。
目の瞼を大きく上に開きながら僕を見て、口元だけで笑った。口角だけを上げる感じだった。
心から楽しいとか愉快である表情とは思えない。上で書いた色目とも思えない。
女は『ねるねるねるね』の魔女のように、もしくはオードリーの春日俊彰の「ヘッ!」のように、口元だけで笑っていた。
ただそれだけなのだが、もしも女性が深夜の道で男性にそれをされたら、変質者(トラウマ)レベルの体験になると思う。
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大袈裟ではなく身の毛もよだつ。ゾワゾワっとする体感。
自転車の僕は、赤信号を機に、交差点で止まり、振り返ってみた。
およそ50メートルの間隔が開いた。
すると女が僕を見ていて、再び目が合った。
「えっ?」とびっくり仰天。今度はこっちが目を丸くする。
すれ違った女の体がこっちを向いていたのです。
普通だったら、対向ですれ違ったので、首や上半身だけ向くと思うのだけど
女はこの数秒で完全に踵を返した状態となり、僕を正面から見ていました。
その表情は無表情だった。
口元だけの笑みが、真一文になっていた。
ホラー映画だったら残像のように近付いてくるだろう。もしくは至近距離に現れるか。
現実は映画のような展開にならず、
僕は恐ろしくなって、青信号になると同時にペダルを漕いだ。
断じて不審な行動はしていない。目が合っただけ。
ゾワゾワっとした。この擬音が「ビビビ」なら良かったのに。
【mAb】
