ガタンゴトンの心地よい音の中で意識を取り戻す。そして「寝過ごしたー!」と気付き、次に停車した駅で飛び降りる。
引き返そうと思い降りてみたはいいけれど、上下線とも終了したらしい。
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目の前で最終電車を逃してしまったのが
あろうことか降りたこともなく、駅名の読み方さえも分からない、周りに何もない千葉県の無人駅でした。
さらに最悪の状況は重なり、携帯電話の左上の端っこに位置する電池マークは残り一つに減っていて、今にも緑から赤に変わり点滅し始めるだろうと予想できます。
そうしたらどうしよう?と身を案じるのです。
『ドラえもん』のタケコプターのように、肝心なところで電池が切れるかも知れない。
ホームにあった木製の古びた時刻表で始発の時間を確認すると、明朝の6位台後半に1本。
所持金は多少持っていましたが、何が何でも東京に戻らなければならないという状況でもなく、金銭的にもここから東京だと数万円はかかる。貧乏性魂を発揮し始発で帰る事に切り替える。
そうなれば寝床を確保せねば。ここは虫も多いし蚊もいる。
時計の針は間も無く23時になろうとしている。8時間以上の間隔が空くことになる。
「東京とは大違いだなぁ」
日付が変わっても運行しているJR。
同じJR東日本なのに「まさに所変わればだ」なんて独り言を苦笑しながら呟く。現実逃避なのかも知れない。
駅を背にしてみると、ロータリーなどなく、道路というほどの道路もなく、トラック一台が通れるほどの幅の道があるだけでした。それを挟んで人家が並んでいますが、その向こうを見ると建物ごとに間隔が空いていくのが分かります。
駅前なのに最終電車後なのに人っ子一人おらず、その光景は映画などでよく見る昭和にタイムスリップした主人公のようでした。
提灯型の街灯が10メートル間隔に設置されていたので、そこまで暗くはないけれど、地面は土。
車が通り過ぎれば砂埃が舞うだろうとその光景を想像する。
ポツンと佇んでいても何も始まらない。すでに数カ所を蚊に喰われている。
さすがにこの地域での時間帯で考えれば真夜中ですし、こんな時間にヒッチハイクした場合、相手の怪談心を煽るなと苦笑い。そもそも駅に降りてから車一台見ていません。苦笑いばかりをしていた。
明かりがついているお宅をピンポンする図々しさもありません。「すいません。今晩泊めていただけますか?」。数日前にテレビで見た『田舎に泊まろう』を思い出しました。
この単細胞が導き出した結論は、大きな通りに出ること。それだけ。
駅に行けば何かあるだろう。その概念が覆されたことで、次は国道に出れば何かあるだろうの方向に救いを求めることになる。
無人駅で始発までの間、待つ根気はないので、とにかく大きな道に出れば何かあるはず、とそれを一縷の希望として歩き出しました。
根気はないけど根性はある方です。
ビジネスホテルに泊まるよりは、最近流行っている漫画喫茶があれば休めるな。
そして歩き出す。
と、そのタイミングを計ったかのように、ブフッと電気の音が鳴り、無人駅の明かりが消灯しました。
こういう無人駅は、駅員さんがどこからか現れて、オンオフ電気のスイッチを消すものと勝手に想像していたので、背筋は少し涼しくなりました。
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駅前は人家と閉店した商店だけで、アパートもマンションもありません。東京のように凸凹ではないけれど、何か規律でもあるのだろうかと思わせるほどの平坦の町並みでした。
標識もなく土地勘もないため、少しでも高台(歩道橋や公園の滑り台などでも)に登って、ある程度、町の配置を確認する癖が身に付いているのですが、歩けども歩けども、そうした場所は見当たりませんでした。
数分歩いただけで、人家がなくなりました。
日中ならば検討が出来て少しは希望が持てるのでしょうけど、目が慣れても真っ暗で何も見えない、途方に暮れるような何もない道でした。まぁ夜なので日は最初から暮れているんですけどね。
両脇が田んぼの1本道。暑いんだな。暑いんだな。僕は裸の大将、山下清か。
蛙は鳴くは蟋蟀は羽を鳴らし続ける。
「田舎の一駅はあなたが想像している一駅とは違う」
夏の終わり。じめじめした湿度の高い熱帯夜。
2002年の9月のことでした。
日本と韓国、史上初の二国共催のサッカーW杯に湧いた祭りのあと。
(韓国とは結局、親友にはならなかったなぁ)
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10分ほど田畑の一本道を歩いて行くと、なぜこんなところに?と不思議に思うような場所に、緑色の公衆電話ボックスが1台と、その隣に昭和情緒のある裸電球型の街灯が1本。そして自動販売機が1台。この3点セットが仲良く並んでいました。
辺りは街灯さえなくなっていたので、そこだけポツンと光が瞬いている感じです。
特別、喉が渇いていたわけではなかったのですが、自販機を目にしてからは急速に全身の水分が枯れてくる感覚となり、ここで長い道中の給水をすることにしました。
ポケットに手を突っ込み小銭を確認。
自動販売機に近づくに連れて、枯れていく全身の感覚が、今度はゾワゾワっと涸れることになりました。
光と熱に集まる虫、虫、虫を目にしたからです。
子供の頃は平気だった虫が、むしろ好きで、虫籠持って出かけていたのになぁ。。。年を増すごとにどんどんダメになって僕の弱点となりました。
何より小銭の投入口の真下には大きくカラフルな蛾が貼り付いていました。
分かってる「毒」はない事を。きっとバイ菌もない。完全なる苦手意識のみだ。
もう怖い。オバケなんか比じゃない。
スルーして先に進もう。
だけどどうしてか、この時は、喉が渇いて死にそうでした。「死にそう」という表現をします。きっと脱水症状だったのでしょう。
例えば、砂漠を彷徨ってようやく見つけたオアシス。その水がどんな色していても、生きるために生じた飲む欲求には逆らえない・・みたいな感じ。
一度、意識してしまった以上、体のセーブが効かなくなりました。
まぁ、これは虫が苦手な人にとっては本当に恐怖体験だと思います。全然平気の人には「どうしてそんなにビビるの?」って話でしょう。
背に腹はかえられぬ、と指先に神経を集中させて小銭に投下。何しろそのすぐ真下に蛾がいます。
幸い選んだコカコーラが落下しても、奴ら(特に蛾)は動かぬまま。ホッと一安心。第一関門突破。
よし!よし!。脂汗を流して心で呟く。
でも何、このカイジみたいなノリの孤独な緊張感。
続いて缶を取り出すのが第二関門。ここから立ち去るのが最終関門です。
そんな僕に「油断は禁物」を教えてくれたのは次の描写でした。
取り出し口の扉を開けて、取り出そうとした瞬間。
中からテニスボールくらいはある大きなカエルが、しゃがんだ僕の顔めがけて勢いよく跳んできたのです。
虫という意識しか持たなかった僕には、想定外すぎて、思わず「オォΣ(・□・;)」と声を出し仰け反り、尻餅をついて倒れました。
その転び方が、吉本新喜劇みたいに足が上がる形になって
勢いよく自動販売機を蹴り上げ、蛾を始め、大量の虫が飛びました。
仰向けになった僕の上に何種類もの虫が舞う。
ウワァーΣ(・□・;)
お化け屋敷も本物の幽霊との遭遇でさえも、最高「おっ」程度の低ヴォリュームで、ほとんど声を発しない僕です。
恥ずかしいけれど、人生であんなに大きな喚き声を出したことはないな。。
どうしてカエルが自動販売機の中にいるの!?
もう東京に帰りたい!無事帰りたい!
(ダジャレじゃないよΣ(・□・;))
悲嘆する僕は唯一人で騒いでいるだけの宿無しロンリーボーイ。
その後は数十分かけて国道に出たものの目当てのものは見つからず、ようやく見つけた24時間営業のファミリーレストランで夜を越し、寝そうになれば店員さんに起こされの繰り返しがあり、フラフラでもと来た道を歩き、例の自動販売機ではどこに消えたか一切の虫がいなくなっていて、行きよりも早く感じた往復道。駅に着くと乗客が数人いました。
アフタートーク。
15年ほどの歳月が流れ、干支も余裕で一回り。
その駅の近くで仕事があったので、気紛れに立ち寄ることにしました。
ガラケーだった携帯電話も、随分荷物としてかさばるスマートフォンに。駅の由来も歴史も地域の名産も、そして時刻表も、人に聞かなくたって携帯一つで済む(判る)時代に。
平成初期・中期の15年の歳月と、平成後期の15年の歳月はえらく違うものだ。
きっと新年号となる15年後の携帯電話はもっと持ち運びに便利になって身につけやすくなる筈。もしかすると途方にくれた時に助けてくれるアプリだって登場するかも知れない。
それなのに変わらない景色がそこにはあった。
変わらず無人駅のままだったこの場所には周辺の観光案内の看板が立っていました。
自分の記憶と違ったのは、駅の横が更地となり駐車場になっていたことでしょうか。
すってんころりん、苦手な虫の話。それがコントみたいな流れで動作した話。
目撃者のいない恥ずかしい体験談ですが、転んでもタダでは起きないように、この話を描いてみた次第です。グッナイ。
【mAb】
