日の名残り

1993年 イギリス映画

監督 ジェームズ・アイヴォリー

脚本 ルース・プラワー・ジャブヴァーラ

原作 カズオ・イシグロ

出演 アンソニー・ホプキンス



⚫︎あらすじ


1958年のイギリス。名門ダーリントン邸に仕えてきた老執事スティーブンスのもとに、かつて一緒に働いていた元メイド頭のケントンから20年ぶりに手紙が届く


スティーブンスは彼女に会うため車で旅をしながら、自身の過去を静かに回想する


ー回想ー


第二次世界大戦前夜。スティーブンスは仕事に生涯を捧げ、感情を抑えて主人ダーリントン卿に忠実に仕えていた


ケントンとは仕事上対立することもあったが、次第に互いに惹かれ合う


しかしスティーブンスは職務を最優先し、自分の気持ちを表に出すことなどできないのだ


そのため、ケントンは他の男性との結婚を決意し屋敷を去る



20年後、再会した二人は、互いの人生に後悔や悔恨を抱きながらも、結ばれることは無かった


スティーブンスは「人生の夕暮れ」に差しかかり、過去に縛られたまま生きてきた自らを省みる


彼の最後の選択は、これまでのように執事として新たな主のもとで生きていくことだった




⚫︎感想


カズオ・イシグロ小説の映画化です。


アンソニー・ホプキンスがイギリス貴族の忠実な執事なんです。


その貴族の住む大豪邸では、毎晩のようにヨーロッパ各国の要人が集まって会合を開いていました。


そのため執事たちは、高級ホテル以上のおもてなしが毎日のように続きます。


その貴族はイギリスとドイツが戦争にならないように努力をしているんですが、その裏方で働いている執事たちにも、人生の色々なことが起きるんです。


ステーブンスには、ヨーロッパで起きる重要なことが毎日毎日、耳に入りますが、一切意見など持たず何も判らないように淡々と仕事だけをこなすんです。


そこにはステーブンスの父親の死や、メイド頭ケントンとの恋物語などが描かれています。


日の名残りは「言えなかった想い」や、「取り戻せない過去」の切なさが描かれていました。


イギリスの執事は「主人に仕えることこそ人生の誇り」と信じ、感情を押し殺して徹底した職務遂行を貫きます。それは日本の武士道とどこか通じるものがありました。



⚫︎ ダーリントン卿とは

理想主義的にドイツとの融和を図ろうとしますが、結果的にナチスに利用されてしまいます。しかしスティーブンスはあくまでダーリントン卿に忠実に仕え、主人の判断を疑うことはありません。

ダーリントン卿は カズオ・イシグロの小説に登場する架空の人物ですが、彼のモデルとなった歴史的背景があります。

1930年代のイギリスには、貴族や政治家の一部に「対独宥和(ゆうわ)政策」を支持する人々がいて、ナチス・ドイツに理解を示したり、融和を図ろうとした動きがありました。

ダーリントン卿はそうした「善意や理想主義からナチスに利用されてしまったイギリス貴族」を象徴的に描いた存在です。



⚫︎ダーリントン卿はなぜ政治に関与する?

中世イギリスの貴族は国王の家臣として土地と軍事力を持ち、王権を支える立場にありました。

その後、議会制度が発展すると、上院(貴族院)は世襲貴族によって構成され、立法や国政に直接関与しました。ですから「貴族=政治の一翼を担う存在」という伝統がありました。

広大な土地を持つ大貴族は、莫大な財産と社交界での影響力を有していました。そのためロンドンや自邸でサロンを開き、政治家・外交官・知識人を集め、裏の外交や政策決定に関わることも多かったのです。

ダーリントン卿が屋敷に各国要人を招いて「国際会議まがいの集まり」を開いたのも、この伝統を反映しています。

また1930年代のイギリス上流階級には「共産主義の脅威」を強く恐れる人々が多く、ヒトラーを「共産主義を抑える防波堤」とみる風潮がありました。そのため、善意や理想主義から「ドイツと融和すべきだ」と考える貴族が存在したのです。ダーリントン卿もその象徴です。

第二次世界大戦後、ナチスへの宥和政策が失敗だったことが明らかになり、こうした貴族たちは社会的に批判を浴びました。さらに20世紀後半には貴族院改革で世襲議員の権限は縮小し、貴族の政治的影響力は大きく低下しました。


ダーリントン卿の大邸宅には世界中の要人が毎晩のように集まっていました。そこには若きアメリカ代表も来ていて「素人が政治に口出しするな」と言い放っていました。

そのアメリカ人はスーパーマンでお馴染みクリストファー・リーヴでした。伝統的なイギリスの貴族に対して、新しい時代の考えを持つ若きアメリカ人役が印象的でした。



⚫︎イギリスの執事とは

ヴィクトリア朝から20世紀前半にかけてのイギリスでは大邸宅に何十人もの使用人が雇われていました。

執事は使用人の中でも最上位で、家の顔として主人を支え、「自分の職務に誇りを持つ」ことが美徳とされました。

執事の忠誠は「主人個人への愛着」よりも、「職務と伝統に対する忠誠」に近いものです。例えば「主人の政治的考え」や「私生活の是非」に関わらず、執事はあくまで「中立的に仕える」ことを美徳としました。

【執事道(しつじみち)】

・無表情・冷静・控えめである

・主人の恥を決して外に漏らさない

・影の存在に徹し、家の運営を完璧に保つ


ロンドンでタクシーに乗ったことがあります。ピカピカの車体と、きちんとした服装でプロフェッショナルを感じました。

イギリスの執事や警官、教師などは「役割に徹すること」が評価されるという文化があります。スティーブンスのように「個人感情を抑えて職務に専念する」ことが理想とされたんです。



⚫︎カズオ・イシグロ


日本生まれのイギリスの作家。1954年に長崎市で生まれ、1960年にイギリスに移住。1989年に「日の名残り」でブッカー賞、2017年にノーベル文学賞を受賞。

イシグロ作品の特徴である「記憶の曖昧さ」「過去と向き合うこと」「普遍的な人間の生き方への問い」「多文化的背景」など、さまざまな視点・主題・作風の重なりが、ノーベル文学賞という最高評価につながり受賞しました。