ダ・ヴィンチ・コード


監督 ロン・ハワード

脚本 ダン・ブラウン

原作 ダン・ブラウン

出演 トム・ハンクス

   オドレイ・トトゥ

   ジャン・レノ



⚫︎あらすじ


ルーヴル美術館の館長ソニエールが館内で不審な死を遂げる。死の直前、彼は自らの体と床に謎めいた暗号と記号を残す。


ハーバード大学の宗教学者ラングドン教授は警察に呼ばれ、暗号の解読を依頼される。そこに館長の孫で暗号解読官のソフィー・ヌヴーが現れ、二人は共に真相を追うことになる。


彼らが直面するのは「シオン修道会」という秘密結社と、バチカン内部の保守的なカトリック組織「オプス・デイ」の対立。


暗号を追ううちに、レオナルド・ダ・ヴィンチの名画「最後の晩餐」や「モナ・リザ」に隠された秘密が浮かび上がる。


それは、イエス・キリストには血を分けた子孫が存在し、その系譜が歴史の裏で守られてきたという驚くべき仮説だった。


追跡はパリからロンドンへと移り、ラングドンとソフィーは危険を冒しながら暗号を解き進める。


ソフィーの家族に関わる過去も次第に明らかになり、彼女自身が秘密の血統に深く結びついている可能性が示される。


一方、権力を握ろうとする者たちは彼らを執拗に追い、命を狙う。


最終的には、ソフィーがキリストの血を引く最後の末裔であるという事実。ラングドンは彼女の存在が真実そのものであり、守るべき「聖杯」とは金属の杯ではなく「血の継承」そのものだと悟るのだ。





⚫︎感想


いやぁ〜、難解な映画でした。


超簡単に言うと、「キリストの子を守る側と、殺そうとする側の争い」の話です。


キリストには子供がいて、その血筋を守ってきた修道会と、「キリストに人間の子供が居ては神格化されない」と考える保守的なキリスト教一派との隠れた争い。


長い歴史のあるキリスト教の話しなので、キリストの絵を描いていた、レオナルド・ダ・ヴィンチの絵の中に隠された暗号がある、みたいな感じのフィクションです。


宗教学者にトム・ハンクス、キリストの末裔にオドレィ・トトゥ、事件を追うフランスの刑事にジャン・レノって言うスターが集結した映画です。


謎解きが好きな人にはおすすめです。



⚫︎ダビンチの人体図


ルーブル美術館の館長は、死ぬ前に暗号としてダビンチの人体図を描いていました。ラングドンが得意とする象徴解釈でしか読み解けない暗号を伝えようとしたのです。


ウィトルウィウスが説いた「人間の身体はよく設計された神殿のように調和の取れた比率を持ち、円と正方形の両方にぴったり収まる」という思想を視覚化したものです。ダ・ヴィンチは古代比率を忠実に再現しつつ、一部実測や中心点の工夫など独自の修正を加えています(正方形の中心をへそでなく男性器にした、足の比率を実測値に変更した 等)。



⚫︎ 象徴解釈とは?


ラングドン博士は、モナ・リザの背景の左右非対称を「男性性と女性性の統合」と解釈しました。

左側の背景は低く、平坦で穏やかで、柔らかさと受容性を象徴している。

右側の背景は高く、険しく荒々しいので、力強さと厳しさを象徴している。

モナ・リザ本人はその中央に静かに座り、両方を調和させている。


象徴解釈(シンボルの解釈)は、ラングドン教授の専門分野です。

宗教、美術、文学、建築などには直接的な意味だけでなく、別の概念や思想を表す形が隠されています。それを歴史的・文化的文脈から理解するのが象徴解釈です。

わかりやすく日常で言うと、赤信号 → ただの赤い光を「止まれ」や、ハートマーク → 心臓ではなく「愛」を象徴することです


ラングドン教授は「宗教象徴学者」として登場し、美術や建築に隠された「記号」や「図形」を読み解いたり、表面的にはただの模様やポーズに見えるものから、宗教的・歴史的な意味を導く能力で館長が残した暗号や、聖杯の秘密に迫っていきます。



⚫︎ローズラインとは?


グリニッジ天文台が世界標準になる前、フランスは自国のパリを「世界の基準線」としていました。ローズ(バラ)は聖杯伝説で女神やマリアと結びつく象徴であり、ライン(線)と組み合わせて「聖なる道」として扱われています。

実際にローズ・ラインという呼び名は、歴史的には存在せず、作者ダン・ブラウンが「パリ子午線」と「バラ=聖杯の象徴」を結びつけて創作したものです。

かつてヨーロッパ各国がそれぞれ独自の「基準経線」を使っており、フランスはパリ子午線を採用していました。

世界の共通基準を定める会議で「グリニッジ子午線(イギリス・ロンドン郊外)」が採用されました。

フランスは当初反発し、しばらくは国内地図にパリ子午線を使い続けましたが、1911年に正式にグリニッジに統一されました。



⚫︎マグダラのマリアとは?


映画では、ダビンチの描いた最後の晩餐でキリストの右に座る人をヨハネではなくマグダラのマリアではないか?と仮説しました。

まず最初にユダヤ社会ではマリア(ミリアム)」という名前はとても一般的でした。旧約聖書に登場するモーセの姉「ミリアム」に由来する人気の女性名で、多くの女性がこの名を持っていました。

聖母マリア=イエスの母

マグダラのマリア=イエスの弟子

ベタニアのマリア=罪深い女(娼婦)

識字率がの低い当時、聖書の内容は聖職者による読み聞かせでした。そのため、マグダラのマリアが罪深い女と聞き違えてしまった人も多かったようです。

15世紀、活版印刷術の登場により、聖書が大量に印刷されるようになりました。

16世紀になると宗教改革(ルターなど)が「聖書を母語で読むこと」を推進して、ドイツ語や英語に翻訳された聖書が普及し始めました。これによって、人々が自分で聖書を読めるようになり、誤解や教会の独占的解釈に疑問を持つ動きが広がりました。


「ダ・ヴィンチ・コード」はダ・ヴィンチの暗号を解くという、アメリカの小説家ダン・ブラウンのフィクションを映画化したものです。ルーブル美術館での初撮影や、宗教上のことで上映禁止なった国もあるそうです。