母に気持ちを伝えた日① | 美容師 × 心理学 自己受容で内からキレイになるブログ。

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外見はこころの一番外っかわ。
自分を知り、受け入れることで内から外からキレイになる♩


おはようございます☀

見て見てこの可愛い紫陽花チュー


最近お客様からいただいたのビックリマーク

大きくて可愛いラブラブラブ


そしてハーブと合わせたブーケまで❗️❗️❗️びっくりびっくりびっくり




お庭で育てられているお花たちだそうで、

きっと素敵なお庭なんだろうなぁラブ


私も将来、お庭で花とか育てながらおうちサロンしたいな〜ラブラブ


なんて想いを馳せつつ・・・





今日は、母に本音を伝えた話。





私は20代後半で鬱になって以降、どうにもこうにも生きにくかった。



(正確には多分、ずっと生きにくさはあったけど20代後半に限界突破した。笑)




なぜ自分はこんなにも生き辛くなったのだろうかと、こころのことを学ぶと
ほとんどは母親との関係に行き着く。



私と母との関係はといえば、
私は母親のことが好きだったし
母との関係に何も問題はないと思っていた。


いわゆる毒親というわけでもなく。
虐待されたとか、そうゆうことも無かった。


けれど、なぜだか私はとても母親に気を遣って生きてきていた。




振り返ってみれば、
私の中では幼少期の母と現在の母ではかなりイメージが違う。


現在はとても穏やかな人だけれど、


幼少期の母は威圧的でヒステリックな感じもありよく怒っていたし、褒められた記憶はほとんどない。



もちろん楽しいこともたくさんあったはずなのだけれど、
記憶にのぼってくるのは
いつも怒っているか、ため息をついている母の姿だった。



とにかく母が怖かったし、
大変そうな母を助けたかった。

そして
わたしはいつしか


"良い子でいよう"   と 決めた。


そのままのわたしでいることより
"良い子"  でいることを選んだ。


私はそのままの私で
母に愛されているという体感が無かったんだなぁ。






大人になり、母に愛があることは
もちろん理解している。

怒ることも愛情だ。


けど、こどものわたしにはそれは
伝わっていなかった。




わたしは愛されていない


わたしは存在してはいけない


わたしには価値がない


生まれてきてごめんなさい


そのままの私ではいけない


頑張らなければいけない






うっかり
こんな思い込みを握りしめていた。
(無意識だったけど)



そして、そんな思い込みを持ってたら、そりゃまぁ当たり前に生き辛いのです。




私はあの頃母に言えなかったきもちがある、ということさえも自覚していなかった。



けれど、
意識的に記憶を遡ると


家族にバレないように、
トイレで奥歯を噛み締めながら泣いていた私は




"どうせ私のことなんかどうでもいいんだ"



"どうせ私のことを一番に愛してくれる人はいない"




という拗ねくれたきもちのその奥に





"怒らないで"


"こわいよ"


"もっと褒めて"


"私のこと認めて"


"お母さん笑って"


"寂しい"



そんなきもち(本音)を抱えていた。





コミュニケーションにおいて

自分の本音を知ること
そして
それを伝えること




これって当たり前のことのようだけれど、意外と難しく
そしてとっても大切なこと。




けど、私のような
良い子をやってきたタイプの人は

そもそも


本音って、、なんだっけ?



状態で、

自分のきもちがわからなくなりやすい。



私はこれからの人生で
自分の本音に注意深く耳を傾けていきたい。



・・・・・
長くなりそうなので続きます!ニコニコ