今回は、
前回の話の最後に出てきた
他者への置き換えをする際に
「浮上してきた問題」についてのお話。
で、何が問題かといえば
自分を他人と思うこと。
実際に、
自分を他者に置き換えて考えることは
簡単なようでいて意外と難しい。
「第三者的な視点で」
とか
「客観視」
などという言い方もあるが、
瞬間的に意識できたとしても
“持続”できるかというとなかなか難しい。
では、どう解決したか?
実は非常に単純な方法だが、
自分の心の中に今の自分自身をそっくりコピーして
これをブログネームでもある「イルテア君」と呼ぶようにした。
そして、このコピーの存在自体を
「マインドアバター」と名付けることにした。
この「マインドアバター」という名称は
全くの私のオリジナル造語なので、
グーグル先生に訊いても
何も答えてくれない。
ただ、アバターについては知ってる人も多いとは思うが
最近では、ゲームやSNSなどですっかりおなじみの
その世界で活動するための分身のことだ。
アメブロでいえば
まさにピグのようなものだ。
要は
これを自分の心の中に作ったということだ。
ちなみにこの
「自分の中にもう一人自分を作る」
というのは、これは一見、
二重人格のように思うかもしれないが
二重人格が無意識的に
自分とは全く異なる人格を作って
全く別の名前をつけるというのに対し、
マインドアバターは意識的に
自分と寸分違わぬコピーを作り出すため、
基本的に別物だと思う。
重要なことなので繰り返すが、
作り出すマインドアバターというのは
あくまでも完璧なまでの自分のコピーだ。
そして、そのマインドアバターに名前をつけて
その名前で呼ぶことこそ
実は、この方法の一番のキモだと思っている。
人は、名前をつけること
あるいは、名前を呼ぶことで
その対象をキチンと認識できる。
逆にいうと、
人は名前の無いモノを
キチンと認識することができない。
冒頭に出てきた
「第三者的な視点で」とか
「客観視」には
“誰”が“誰”を、という部分が
スッポリ抜け落ちている。
そのため、
なんとなく薄ぼんやりとイメージできたとしても
そんなものは煙や雲と同じで
特定の形を維持できない。
つまり持続しない。
それを
名前のあるモノを対象とすることで
行為に具体性が増し、持続しやすくする。
ちなみにつける名前についてだが、
自分の本当の名前でも構わないし、
人によっては苗字やあだ名のほうが
しっくりくる場合もあるかもしれない。
実際、当初は私も本名をつけていた。
このあたりは
自分が友達や家族などの周辺の人間に
どのように呼ばれているか、
あるいは、
どう呼ばれたいかが重要だろう。
要は、
そう呼ばれたら、間違いなく自分のことだと
認識できることが大切だ。
とまあ、そんなこんなで、
この「イルテア君」を育成すべく
日誌をつけることにしたのだが、
当初は、大学ノートを使って手書きしていた。
が、そのノートが終わりに近くなってきたことで
意外と持続していることに気づき、
それならと思い、ブログにシフトすることにした。
ただ、ブログにシフトするにあたり、
私とイルテア君との関係がわかりにくく、
後々説明するのもめんどくさかったので
前回今回の2回でその経緯をお話ししたということ。
次回以降は、通常モードに移行予定。