$〓LOVめろでぃ~♪  ESSAY 創作小説 とかしてるっち  ( ●^□^●)

「うちゅうじんがいてさ、何でも、人間は黙っていても通じ合えるんだよ」
「宇宙人が?? と、どーゆう関係?」
「宇宙塵だよ。目に見えない空気中の塵だよ。それが、おれら体内にもあって、良きにつけ悪しきにつけ、黙っていてもお互いに通じ合えるってこと!」
「へー、そうなんだ。じゃ、宝くじだって、買う前に当たるかどうか分かるってこと??」
「宝くじは、生き物じゃない。宇宙の物質から創られた全ての生き物の間ではね。通じ合わない時もあるし、勘違いってこともあるけどね」
「いいねいいね♪ あなたとわたしの間には妖精の粉がまかれていて、それでいつでも通じ合えてるんだね」
「あれーっ、君もおれのキザがうつったねえええ」
「親しくなると、似た者同士になるってこと!」
「さすが姉さん彼女おおお。云う事が上級バージョンww」
「わかればよしっ!歳下カレシ! 云う事がかわぃ時々ね、あっはっはww」

ここでいう通じ合うものが、佳きにしろ邪にしろ、心内でナットクできない瞬間はそれ以上踏み込まない方がよい。インスピレーションなのかもしれないな、必ずしも当たるとは限らないけど、虫の知らせってこともあるでしょう。

ところが、つい期待してしまうようなことに限っては踏み込んでしまうんだな。いやいや、当たってみなければ分からない。そのくらいの積極性がなければ何事も切り拓けないぞ。

コトバを交わすことなんか無くても、黙っていても、離れていても、通じるものは通じるんやああ。
二人が相思相愛ならあああ(甘い!と笑うなっ。

それでも、身近に居るに越したことはない、コトバで伝えるに越したことはない。理屈ではそうである。理屈どおりにいかない場合も少なくない。理屈より、情が勝るのが大方の男女の常だからである。

それでも分かり合えない人達が、いつの時代も、いそうだ。
純に生きるか、邪に負けてしまうか、どっちの人間かで異なる。

もし、終日、繋がっていない時間が長い場合は、そっちの方に必ず夢中になっているということであるから、その相手は信用しない方がよい。
好きという感情は一時でも離れていたくないからです。
これが具現化した形が、結婚であり、仲間であり、同盟であり、信義則に基づく契約である。

契約とは、どの約束もその範疇に入る。約束を履行できる人こそかけがいのない大切な人である。
“幸せにするよ”、との約束を必ず実現してくれる人であるからです。
これが、真に価値ある人と呼べよう。

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「あぁっー、わりぃわりぃ、ついアツくて・・そのまま寝ちゃったよお」
「うぅーん。きれぃ腹筋、初めて見たああ」
「そっか、よかったあ、わざと見せるために下バラに力入れてねハッハッハ」
「まぁっ、エロいわあああ」
「だって・・足音聞えてキミかと。気になる人に気をひかそうとしてね。やっやこしいねぇ」
「ありがと♪」
「えっ?なにが??」
「わかります。好きな人には見せたいもんねえ。そういうこと!」
「そっかっ。じゃない人の造作物なんか、お金くれても、見たくならないしね」
「どういうことww??」
「好きな人になら、なんでも見てもらいたい!ってことじゃなーい!? 好きだから、何でも見たい、知りたい。になるんだよきっと」
「え~っっ、ここでえええ??」
「おい!脱げなんて云ってないぞお!」

好きだから益々興味関心が湧く。正確には、好意を寄せる人とは何でもその人の物をゲッチュしたくなる、あげたくなる。
これが人の繋がりの普通の関係でしょうお。
信頼と理解を抱くようになれば、もう本物の人間関係だな。

人固有の能力とはなんじゃいな。どの生き物もそれぞれに進化した特有の能力を有している。知って使わない手はない。

犬の嗅覚は人間より1000倍~1億倍も優れている(野山に限る。 はるか地平線・水平線の彼方の見えない地域を、鳩は、地球から発する地磁気などにより方角を知る能力に優れたれた帰巣本能がある(方向音痴は皆無。

では人は何であろうか。

美に対し限りなく進む。或いは、邪に対し神経をマヒする。この二つである。
どちらに進むかでその人の一生涯は決まってしまう。

愛する者のために、命を捨ててまで守ろうとする人も居る。愛する者のために喜びを与えることにハッピーィを享受する人も居る。
無理やり全裸にし、毒ガスにもがき苦しむ女に悦を感じ、その死体の髪の毛で絨毯を編み、その上で享楽に浸った者も居た(ナチス強制収容所。人を騙していることに両親の呵責を感じようともしない者も居る(二股・詐欺師・ウソ付き症候群族。

どちらのタイプの人かは顔にも現れる。どんなに美系を装った顔でも、どこかに殺気ないし貧相が見え隠れするものです。姿は心の鏡であるです。ひとつでもダウトと感じたときは、後者のタイプであるから、さっさと身を引いた方が後々のためである。

情感豊かな秀さんは、兄弟である兄信長に頼まれれば断ることは出来なかった。
「この織田家を守るために政略結婚しお前も守ってはくれないか」
「先祖代々のお家を守るためなら、この身を捧げてまで、私も務めます」
「そうしてくれ! ジローは10歳以上も年下の若造。先に衰えるのは女のお前だ。飽きられ捨てられることは目に見えている。お前には歳の近い者のところに嫁いだ方が身のためになる」
「歳は関係ありません。関係するイチバンは幸福になれるか否かです。“愛は心でするもの!”とかつてジロ-君が云いました。そのような方を今でも尊敬しています。しかし、愛では当家を守れないなら、私は甘んじて政略結婚をしてお家を守ります」
密かに抱いていたジローに対する恋心を押し殺し、家族を守るため身を犠牲にした秀さんであった。

この決断が、後の人生を全て狂わせてしまった。
たった1回の決断が重大な人生を決めてしまうときがある。
“これぞ!”、と少しでも心に期するモノがあるときは、ゼッタイにその意志を貫徹した方が良い。

秀さんの嫁ぐことになる浅井家は、琵琶湖周辺の近江(滋賀県)の国を支配していた古くからの大名家であった。
ところが、この今日に至るまでの浅井家は、当初、近江を支配していた名家京極家の配下に過ぎないちっぽけな地方豪族に過ぎなかったのである。

大名にのし上がるまでの浅井長政の頭脳が発揮される。

浅井長政の祖父浅井亮政は、主人である京極家に遺産争いつまり跡継ぎ争いが勃発したした時、それに乗じてさっさと独立してえしまう。そしてドンドコ勢力を広げ、近江の北部を支配下に収めるに成功する。

独立するにはわけがあった。

京極家と近江の南部に勢力を有する六角家とは親密な友好関係にあった。もっとも戦国時代に親密とは婚姻関係を結ぶなど表向きのことであって、しょせんは政略婚姻関係に過ぎないことから、いつでも覇権のためなら裏切りは日常茶飯事にあった。
京極に対する面目を維持するためにも一旦独立と見せかけ、本心はその六角家を潰すことにあった。

あっちこっちとチャラく付き合っていると、そのうちどれが本命かもわからない行動をしてしまうものである。これは、婚姻関係を結んでいるとしても、いつでもブチリはあるってことだ。

結果、六角家を追い出し、浅井の勢力拡大を上首尾に終えた。
この際の最大見方が、実は、朝倉家と六角家は親密な同盟関係にあったはずであるが、その朝倉家の強力な支援を受けながらの勝ち戦であったのだ。
ややっこしいだろう、人間関係の実体である。このような実情にある人間関係にあったがために、天は見逃さず、後に両家とも存続することが出来なく滅亡へと消え去って行くのであった。
個人対個人と全く同じである。

滅亡への階段を登り始めていることに未だ気付かないこの両家は、これにより、以後、浅井家と朝倉家 は互いに深い信頼関係を持つ事になる。

ここで見逃してはならないもう一つある。
結婚し日々ますますアゲアゲにラヴをしていたカップルが突然離婚したことである。

浅井長政が、当初、幼く育つ中、六角家の当主である六角義賢の策略にハマったことがある。

義賢は、家臣の娘を嫁に差し出し、名もその1字をとって浅井賢政としてしまう。下心は、浅井家を属国にすることであった。事実、その属国となってしまった、かんぺきハメられたワケだ。
当時、浅井家の当主は長政の父久政であったが、この父は智略に欠け武将としては弱腰なイエスマンであったことから、六角側のいいなりになっていた。

泣く泣く、六角側と敵対するわけだから、長政と愛妻とは別れてしまうのだ。

アホくさ、ナンセンス、出世のために愛を犠牲にするなんてっ。長政のそのレべの人間であったか。だから、後に夫婦となる秀さんをも悲恋に陥れてしまうのだ。
ド仕事人は、例外なく、大切なものを徐々に失い、自らも自滅しがちである。

属国かああ、これに長政はじめ家臣たち一同は我慢できず、六角家からの独立を訴えて挙兵し、呼応しすぐに侵攻してきた六角家2万の大軍を、野良田の合戦にいて、長年続いた戦の末、1万の軍勢で討ち破ってしまう。
つづいて、父の当主の座を、渡せっ、迫り長政自らが当主に付く。

この際、長政の“長”は、 今川家の大軍を討ち破った 織田信長 にあやかったからと云われている。
なーんだ、長政もただのイエスマンじゃないか。流行歌手に熱を上げるようなもんじゃ。いずれ流行りがすたること知らずに・・。

負けた六角家の家臣団を自らの家来衆にし、この勢いにノリ、ついには京極家をさらにグイグイと攻め立てて北近江全土の支配を固め、ここに大大名となった次第である。
他の文学作品では、温厚で律儀な人物像として長政を描く作品が多いが、実体はかくのごそとしである。

勝つためなら何でもしてしまう人物と云うことです(自己虫。つまり、ド仕事のあまり、愛などを軽視してしまう人物ということだ。
この人物に嫁ぐのが秀さんと云うことになる。