モーリヤック「テレーズ・デスケイルゥ」 | 日々の雑感

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決して好きだとは言えないが、なぜかずっと引っかかっている小説がある。初めて読んだのは、確か大学を卒業したばかりの時だったか。アメリカの大学院で中級のフランス語のクラスを受講したことがあったが、その時はこの小説を題材にして短い論文を書いた。フランス語で書いたのだが、書いたあとに、フランス語ができるアメリカ人の友人にチェックしてもらった。その論文の内容は20年近くも経った今では流石に思い出せないが、探せば見つかるかもしれない。

フランソワ・モーリヤックはノーベル文学賞を受賞した小説家だが、日本ではあまり知られていないかもしれない。彼の代表作が、今回ご紹介する「テレーズ・デスケイルゥ」という小説である。

先ほどアマゾンで検索したら、新潮文庫版は画像がなかったが、遠藤周作が翻訳した講談社文芸文庫は画像があった。私が読んだのは新潮文庫版だが、いつかは遠藤氏の翻訳も読んでみたいと思っている。

テレーズ・デスケルウ (講談社文芸文庫)/フランソワ・モーリアック

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この小説ははっきり言って暗い。小説の舞台になっているフランスのアルジュルーズという土地そのものの描写が陰鬱である。主人公のテレーズは旧家の出身で、同じく旧家の出身であるベルナールと結婚する。彼女は夫を毒殺しようとするが、なぜそんなことをしようとしたのかは自分でもはっきりわからない。夫は死なず、彼女の罪は露見する。夫は家名を守るために偽証し、テレーズは無罪となるが、離婚は許されない。最初はアルジュルーズで死ぬまで暮らすことになるかと思われたが、夫は彼女がパリで生活することを許す。

あらすじをかいつまんで説明すると以上のようになる。短い小説で、読むのにそれほど時間はかからない。少し前から今日まで読み返してみたが、やはりこの小説はわからない。テレーズがなぜ夫を殺そうとしたか、彼女自身にだってわからないのだから、読者にもわかるはずがない。理由らしいことは小説の中でもいくつか述べられている。例えば、夫と夫の両親に仕える旧家での生活で、彼らに期待された役割を演じることに耐えられなかった、というような。だが、パリで夫と別れる前に、彼女は夫に動機を聞かれてこう言う。

―私はあなたに「なぜあんなことをしたのか自分でもわかりません」と答えようとしていました。しかし、いまでは、どうやら、そのわけがわかりましたわ、ほんとに!あなたの目の中に、不安の色を、好奇心を見たいためだったかもしれないわ、―つまりあなたの心の動揺をね、ちょっと前から私があなたの目の中に発見しているものをね。

これを聞いた夫は声を荒げ、「まじめにきいているのだ。なぜあんなことをした?」と言うが、それは当然だろう。

実は作者のモーリヤックは、パリに出たあとのテレーズをいくつかの短編に登場させているそうである。私はまだそれらの短編を読んでいないが、彼女はパリに出ても幸せにはなれなかったようである。今回この小説を読み返して感じたことは、人間は単純な方が幸せになれるのかもしれない、ということだった。