この3つのいずれかの気持ちがあると、いつまでたっても自分自身が苦しく、幸せな気持ちになれない、と有名です。

被害者意識
自己憐憫
依存心

アル依の家族として、被害者意識を持たないことはたくさんの本、ミーティングでも言われていることです。

実は全然乗り越えられていないと気付いた時に、スーッと楽になりました。

乗り越えられていないのに、楽になったのは、そのような気持ちになった時に、あ!今その気持ちを感じてる、と気付くことが出来るからです。

夫婦は鏡

夫の問題が、わたしが処理出来ていない自分の弱点を見つける鏡となってくれました。

処理が完全に出来なくて良い。

ただ、あ!今この弱みが疼いて悲しいんだ、苦しいんだ。と気付くだけで、

自分のことを俯瞰して遠くから
客観的に見ることが出来る。

何でか分からないから辛いんだと思う。

自分の弱みを知り
心の疼きを感じたとき
なんでそうなのか分かるだけで 
めちゃめちゃ楽なのです。

上に書いた
被害者意識
自己憐憫
依存心
も、そう。

自分の思考がこのどれかに向いたとき、ものすごく苦しいはず。
誰かのせいにできるのに、苦しいはずです。

でも、

あ、いま被害者意識感じてるな〜
自己憐憫してるな〜
誰かのせいにしようとしてるな〜

そう客観出来るのか

出来なくて
正体不明の苦しさや怒りを感じるのは
天と地ほど違う。

人間、心で何を思っても良いと思う!
思うことはタダ・自由。
誰も傷つけない、誰も殺さない。

ただ、気付くか気付かないか
それだけで心の解放度が全然違う。

ようやくようやく
頭だけでなく
心がそれに追いついてきた。

それは私が今振り回されることのない状態にいるからだね。別居の恩恵なのです。

問題を知るか知らないか
見るか見ないか
向き合うか向き合わないか

究極、
気付くか気づかないか、です。

原因不明だから
正体不明だから
苦しい。

知るだけで大きすぎる一歩。
ほぼゴール手前。

それが最近思ったこと^_^
問題を繰り返さないために。