アルコール依存症という病気が話題になっているみたいですね。被害に遭われた方や、病人本人にとっては複雑かもしれませんが、有名な方や人気の方が病気についてメディアに公表したり、世間に知られたりすることはとても大事なことだと思います。

 

今回の山口さんの件も、芸能人だったからここまで大ごとになっているだけで(事件性の有無に関わらず)、一般社会であればアルコール依存症者の酒害は星の数ほど発生していると思います。今回の様に事件性のあるものから、小さなものまでも。ただ、社会に知られていないだけなんです。

 

今回こうやって話題になったことから、色々な場所で記事を見かけるようになりました。その中でもひときわあ!!!と目を引いたのがこちらです。

 

私とお酒とどっちが大事なの?に酒と答える、恐ろしい依存症の末路

 

 

このブログの前半や、

今日に至るまでの沢山の日々の中で

私はこの「家族よりお酒を選ぶの?」

という気持ちと戦ってきたことが多かったです。

 

今のカウンセラーに出会う前、私はもう1人のカウンセラーのセッションを受けていました。彼女は物質依存を専門分野としているわけではない心理学者でした。その彼女が「依存症者はね、奥さんとお酒とどっちを取るかの選択に迫られた時、お酒を取ってしまう人が大半なのよ」と言っていたんです。

 

その時はあまり信じられませんでした。

 

他の人はそうかもしれないけど、離婚という最後のカードを出せば、うちの夫は家族である私を選んでくれるはず!とそう思っていたんです。

 

でもそこからどんどん転落していき、アルコール依存症は悪化して、家族よりお酒を選ぶ姿を目の当たりにしてきました。きっと離婚というカードも無意味だったと思います。

 

今ならそのカウンセラーの言う意味がよく分かるし、この記事のタイトルの通りだと思います。本当に残念ですが...。

 

寂しくて苦しくて悲しくて。

 

だって、自分より魅力的な女性に浮気されるのと訳が違うんですよ。(これはまた別の苦しみがありますね)

 

相手は「酒」

人が作ったもの。

ただの物質。

 

この屈辱感と劣等感と絶望感。

 

大切に育ててもらったのに

私はアルコール以下なんだ。

酒以下なんだ。

 

こんなに悲しい思いはしたことがありませんでした。両親までも侮辱された気分です。

 

そこから生まれるのは怒りでした。

 

怒りの矛先は酒もだけれども、

もちろん酒を選ぶ夫。

 

苦しかった。

 

アルコール以下の自分。

選んでもらえない自分。

 

どんな人がこれを体験しても、悲しい思いを経験することになるとは思いますが、今のカウンセラーであるCateに出会って、この気持ちをもう少し深く紐解いてゆくことにしました。

 

紐解いた結果、ちゃんと原因があった。どう自分を癒していけばいいかも学ぶことが出来ました。

 

自分の癒し方を知ったからといって、「私とお酒とどっちが大切なの?」でお酒を選ばれればやっぱり悲しいですけれどもね!

 

今は、自分が自分を大切にしてあげればそれで十分。

 

そう頭では思っています。

心は悲しくなる時あるけどね。

 

それに病気の知識があるので、飲んだところで「お酒を選ぶ=私が選ばれない」という式はなくなりました。

 

愛だの恋だのとは別次元。精神論で辞めれるものではない。

 

そういうこともブログを通して知り合った断酒中の方に教えてもらったりしたこともあります。

 

あーーーー、本当に苦しかったとしか言えないあの日々。

 

自分、よく頑張ったよう(ノ_-。)

 

でもそんな中にも、自分自身にも直すことのできる問題が潜んでいたりして驚きでした。

 

家族を失いたくて断酒する。

素敵です。

でも何もかも失ってもいいからお酒飲みたい。

これが、私自身が見てきたアルコール依存症でした。

 

今、夫は断酒を頑張っているけれども、それは自分のためにやっているのだと思います。

 

皆さんに教えていただいた「誰かのために断酒なんて出来ない」というのが本当なんだと思います。