夜になって一人になるタイミングで、よく不安な気持ち、泣きたい気持ちが出てきました。
その時考えることは「いま、目の前に誰がいれば、その人にこの不安や悲しみを全部話して大泣きすることが出来るんだろう?」ということでした。
そう考えると、実はその人が誰なのかは分からないし、いないかもしれません。
親?とも思ったけど、なんか違います。
夫のことじゃなければ、夫だったかもしれません。
今、私のこの状況を全て知っていて夫の病気に関する悩みを自由に話せるのは
神さま、カウンセラー、友人A
現状報告として話しているのは
義両親
病気の初期の頃でまだ回復に意欲的だった頃に少しだけ話したことがあるのは(でもほとんど知らない)
親、友人B、友人C、友人D
今の状況も、不安も悲しさも、もっとおおっ広げに何もかも話せたら、もっと私は楽になるのかな?そう考えたりもします。
でも一方で
やはりこの気持ちを全て開放出来る聞き手さんに選びたいのは「病気の知識がある人」です。
親しいから・親しくないから、じゃなくて「病気の正しい知識がある」ことが、私が安全に話せる相手なのだと思います。
聞き手は色々なリアクションを取るでしょう。
軽く取る人もいるかもしれない。たかがお酒でしょ?まさかお酒が、社会生活も人格も仕事も結婚も健康も家族も失わせるほどのパワーを持ってるなんて普通は信じられないと、理解出来ない人は多いと思います。
逆に必要以上に怖がる人がいるかもしれない。早く逃げなさい!別れなさい!相手が100%悪い!
その両方ともが面倒くさいと感じてしまうのです。
というか、その極端なリアクションに対する丁寧な説明や、理解をしてもらおうと頑張るそのエネルギーが無いんですよね。
たぶん、私みたいな家族側の人でこういう風に思う人は少なくないんじゃないかな。
あと、もう一つ。パートナーの病気について本人の許可無しにバンバン広げられないという意識も2割ほどあります。
そんなわけで、沢山の人には話せてないです。
そして話せていないことが、嘘をついているみたいで心地は良くないです。気持ちよくありません。スッキリしません。
でも前にCateに教えてもらったとおり「自分の中で処理が終わったら、話そうと思う時がくる。その時期が来るまでは、自分の中で考えを巡らせて処理しようとしている時だ」という心強い気持ちを持ってます
世の中スッキリすることだけではない。
白黒じゃない。
白と黒の間のグラデーションだなぁと思う日々です。