今日は友達が来てクリスマス用の飾りを作りました。あー楽しかった!

 

サンクスギビングが終わるとあっという間にクリスマスムードいっぱいになりました。そろそろツリーの生木も用意する予定です。AA・アラノン会場にも売っているので、そこで買おうかな(笑)

 

Cateのセッションを半年以上経て、彼女からはInnerwork(インナーワーク)をすることを学ぶことができたのですが、ここ数ヶ月、インナーワークをしている時に、前回指摘されたこと以外と、全く別の案件で何だか泣けてしまうことに気づきました。過去ブログ

 

子供の頃のこと。

 

正直、私は本当に家族に恵まれ愛情たっぷりの両親に育てられたと、自分では思っています。自分の夢は両親のような家庭を築くことだったし、年輩の方からは「モモちゃんを見ていると愛情たっぷりの家庭に育ったんだろうなって思うわ」と口で言ってもらえた程でした。両親は子供の前で喧嘩をほとんどしたことがなく、夫婦仲もすごく良かったです。友達も我が家に遊びに来るのが好きだったし、私の両親に会うのも好きそうでした。

 

家族が大好きで誰よりも誇れる家族です。

 

子供の頃も、誰からも苛めを受けた記憶もありません。からかわれたりはもちろん当たり前の範囲でありましたし、もしかしたら苛めを受けていたとしても?それをそうと感じないくらい割と強い子供だった気がします。あまりネガティブな部分を形成するような問題は無かったと記憶しています。

 

20歳前後になってから、バイト先ですごくキツイ態度を私だけにしてきたり無視してきたグループがいました。そういう露骨な人達に出会ったのは初めてで、悲しかったし1年もしない間にそのバイトはやめたけれど、そういう人がいたからって、自分という人間を自分で否定したり、蔑んだりすることはありませんでした。そういう人は可哀想な人達なんだろうなという認識しか無かったです。

 

学生の頃は友達は多ければ多い程良いなんて思っていた時期もあったけれど、年を重ねるごとに友達は(自分にとっての)クオリティだということに気付きました。

 

忙しい毎日の合間のプライベートに割く時間は本当に大切で、一緒にいて楽しい友達とだけ居たいと、年々気付いてきました。それは社会人になって忙しくなってからだったと思います。

 

沢山の友達!というわけではないけれども、自分にとって大切な人たちが誰か分かるということは、ある意味自分を知ることにも繋がるため、生きることがどんどん楽になってきたように思います。おばちゃんになって図々しくなってきたということもあったのかもですね。

 

それはアメリカに来ても同じで、無意味に毎日スケジュールを詰め込まなくても、沢山の人と会わなくても、誰と会っていれば自分で居ることが出来て楽しいのか、それが今は分かるからこそ、夫の病気のこと関連以外のことでは、ほとんど苦しんでいないというのが現状です。

 

文句を言えば、バチが当たる。

 

そう思っていたくらいに正直恵まれていた環境に居たと思います。又は、恵まれていると感じやすい単純な人間だったのかもしれません。

 

だからこそ、過去ブログでCateに話した問題も「問題視」することすら申し訳ないと思っていたくらいだったのです。

 

もっと大変な人たちがこの世にはいるんだから、私ごときの問題なんて小さなもので、取り扱われる必要もないものだと。

 

それを彼女は「インナーワークをした時に、子供の頃の問題で涙が出るのは大人のあなたじゃないのよ、その涙は当時の子供のままのあなたなのよ」と言ってくれました。

 

片付けられていない思いを片付けてあげること、そして、何歳になっても、それは自分の中で問題として取り上げてあげて良いこと。

 

誰かの悩みと比べて大小を比較する必要がないこと。

 

自分の問題は、カウンセラーなどの力も借りて、自分で癒してあげることが出来ること。

 

そして子供の頃の消化されていない問題が、大人になってからの問題に何らかの影響を及ぼしていること。

 

そのようなことが学べたのは、本当に大きな収穫だったと思います。

 

Cateも、心理学者のEmmyも自分の問題のインナーワークをしたし、必要に応じて今もしていると言っていたので、本当に大切なことなのかもしれませんね。

 

だからインナーワークを自然にするようになってきたのですが

 

どうも泣いてしまうポイントが2点ある。

 

過去ブログに書いたものとは全く関係のない子供時代の記憶です。

 

不思議なのは

 

誰に何をされたとかじゃない。意地悪されたとかそういうことでもない。

 

ただの「とある日常」のこと。

 

私にとっての日常のこと。

 

どうしてそのポイントで泣けちゃうのかな。

 

今まで話したことが無かったし、問題視したことも無かったのです。

 

でも、もしかしたら今の自分を形成している一部で

 

消化した方が良い過去かもなのかもしれない。

 

私にはなぜそこで涙が出てしまうのか、さっぱり分からない。

 

良いことでも、悪いことでも何でもないことだから。

 

もし時間に余裕があれば明日Cateに聞いてみようかと思います。

 

そしてもし、セッションでその話になってそのことをブログに書くことになったら、

 

初めてアメンバー限定にするかもしれません。

 

まだ分かりませんが。

 

もしアメンバー限定にすることがあって、読みたいと言ってくれる方がいた場合、

 

今までコメントをやりとりさせて頂いている方と、過去にメッセージを送ってくれたことのある人だけにすると思います。

 

ご了承くださいね。