日曜の朝から資格の体験に出かけた長女。長時間のしっかりした内容。
大学生のけじめとして何か打ち込みたい気持ちに駆られたのか、いつになくリラックスした中にも真剣な面持ち。
アルバイトにも真面目に取り組み好きな事にはフットワークが軽くなった。
帰宅すると「お母さんにケーキを買ってきたの」と娘がニコニコしながら迎えてくれた。
私は娘が帰ってくる時の「ただいま!」という声が大好き。
最近大学の講義で近くに座っていた外国人の学生に「何時もファンシーな服装だね」って言われたらしい。
面白い表現だけど言われてみれば上手い表現かも。
でもそもそも娘自身が素のままでもファンシーに映る。
ピンク色の肌で細っこくて頭が小さくてあまり人間らしくない。
ふとフェースブックに5年前の写真が出て驚いた。
娘は中学の頃から中高一貫校に通ったものの心の葛藤から不登校になった。
高校に上がったばかりの頃心入れ替えてちょっと頑張って通ったけどゴールデンウイーク後にはまた、行けなくなっていた。
あれから、もう5年経ったのだ。
その時には、私自身も心理的に苦しくなっていた。でも、本人は尚更苦しいだろう。
もし母親が一方的に学校に行け行けと怒鳴り続けたら彼女はどうなっただろうか。
私は堪らず、背を向けてベットから出て来ない娘に「もういい。そんなに嫌なら学校なんて行かなくていい。」と叫んでいた。
その時の娘の顔は今でも忘れない。
「お母さん、本当にいいの?
有難う。」
いつの間にか座って私の顔を見ていた。
この魔法が解けたように輝く安堵の笑顔は思春期になって3年以上寡黙に悩んで初めて見せる母への信頼の笑顔だった。
それは天使のようにきらきらして全身が柔らかな光で包まれていた。
その時思った。
学業がなんだ。適材適所で彼女の未来を選んでこの笑顔が守れるなら、それが私達の幸せなんだと。
何処にも就職できなければ家事手伝いだっていいじゃないか。
吹っ切れた、というか、吹っ切った。
「責めたいならばかかって来ればいい。」母として肝は座った。学校を辞めた。
でも、今仲良くお喋りするようになって、娘とその頃を振り返って話して見たら意見は一致。
あれはひどい経験だったし母親としてはもっと早く話して欲しかった。
でも無駄な経験なんてない。あの長い試練、試行錯誤があったからこそ今平穏に大学に通う悦びがある。
受験期に席を並べた個性的な学生達に刺激を受けた。
入ったサークルに間もなく手芸男子が仲間に入り、細やかな気遣いができる子で場をあかるくしてくれて、サークルが終わって帰宅するとその子の心遣いの話しが出てきて、感心して、家庭は笑いに包まれた。
色んな事情で集まった学生はそれぞれ目標も違ったけれど気づけばラストスパートで受験期を駆け抜けていた。
そうそう、金持ちのボンボンで二浪し、未だにどうなったか分からない困った男子が一名だけいたっけ。
居心地が良くて前に進みたくないのかもしれない。
大学受験を通してすっかり先生に対する尊敬と信頼の気持ちが生まれ、今や大好きな大学で綺麗な校舎の中で学生らしく学ぶ毎日。
最初は私のアドバイスも聞き入れない事もあったけれど!
英語だけでの講義もとれば授業の間に英会話やフリートークに参加するようになり、楽しそう。
英語に力を入れている大学でもあるので周りの子も気付けば色々な国に留学してて、すっかり視点が変わってきた。
難しい事にも尻込みせず、挑戦し始めて、逞しくなった。
お手紙がケーキに添えられていた。
ある意味ワイルドで素敵な娘を側に置いて下さった神様に感謝の気持ちで一杯になる。
検討している資格もハードルが高そうで少々ハラハラしているけど娘が将来を思って決める事なので暖かく見守るつもり。
化粧で盛ってオシャレに決めたりスッピンでマスクで顔を隠したり、お化粧マジックは行動力を掻き立てて、凄いと思う。





