ハプニングが頻発して退屈する間がない旅行の最後はラスベガスから乗り継ぎのポートランドのこんなアナウンスから始まった。
急遽座席が2席必要になりました。
フライトを変更する余裕がある方には便の振替と謝礼金を差し上げます。
何度も繰り返されるアナウンスが、そう簡単に名乗り出る人が出てこないのを如実に間物語る。
やっと搭乗して着席すると間もなく、積み荷が重量オーバーしてて離陸出来ないという。
何方か一人降りて頂きたいので名乗り出て下さいという。
確かに飛行機が小さくて、荷の積載量の超過は
深刻だ。しかし、乗り継ぎの関係で勝手に降りるわけにも行かず事の成り行きを黙って固唾を飲んで見守っていると、黒人の乗務員が少々感情的になりながら、人命が掛かってるんだ、誰か名乗り出て下さいと訴えかけた。
すると私の列の白人が、私が出ますと席を立った。私としてももっとしっかりお礼を言いたかったがあっという間にいなくなってしまった。
乱気流で随分揺れたが無事にポートランドに付き、昼1時の成田行きの飛行機に乗れば今回の長旅は終わると考えていた。
搭乗口15番ゲートにはかなりのお客さんが溢れていた頃に、出発の遅延のアナウンスがされた。
機材の不具合が見つかり最低4時間の遅延と発表される。途中墜落するよりはと思ったが、搭乗した代替え機が離陸直前に最後のどんでん返し。
「度重なる遅延により機長を含むクルーの勤務時間が超えることが発覚し、違法となるので出発できなくなりました。速やかに手荷物を降ろして降りる準備をしてください」
しかも最初日本語でのみアナウンスされ、思わず学生のように、『えーっ!!』と叫んでしまった。
「会社の指示を仰ぐので、そのままお待ちください」と付け加えられ、英語でのアナウンスもされ、結局は降ろされた。
搭乗口のカウンターで一人一人振替か翌朝の成田の便を希望するなら今晩のホテルと夕食と朝食のチケットを発券すると言うことで、手続きをる長蛇の列が出来、一人一人に時間が掛かり、旅行会社を通しているお客さんはそれぞれの事務所に連絡し、別個にホテルを手配してもらったようだ。中にはエアポートから1時間掛かるホテルに宿泊した邦人もいたようだ。

私たちはデルタ航空が用意したホテルに送迎シャトルに乗って10分ぐらいのところで、一泊することになった。
送迎シャトルの運転手さんに、少々遅い時間に次々と乗り込む私たちに、どの飛行機会社かときかれ、みな口々に「デルタ」と答え、「みんなデルタ孤児なの」と白人女性が付け足した。これには思わず苦笑いをしてしまった。
たまたまいつもの航空会社を使わず、今回の欠航の憂き目に出くわしてしまった人が何人もいた。

思いの他広い部屋に通され、レストランで、美味しそうな食事を選んで摂って、早々に休んだ。

寝室の境に洒落たデザインのガラス。小綺麗なキッチンがついています。

急遽座席が2席必要になりました。
フライトを変更する余裕がある方には便の振替と謝礼金を差し上げます。
何度も繰り返されるアナウンスが、そう簡単に名乗り出る人が出てこないのを如実に間物語る。
やっと搭乗して着席すると間もなく、積み荷が重量オーバーしてて離陸出来ないという。
何方か一人降りて頂きたいので名乗り出て下さいという。
確かに飛行機が小さくて、荷の積載量の超過は
深刻だ。しかし、乗り継ぎの関係で勝手に降りるわけにも行かず事の成り行きを黙って固唾を飲んで見守っていると、黒人の乗務員が少々感情的になりながら、人命が掛かってるんだ、誰か名乗り出て下さいと訴えかけた。
すると私の列の白人が、私が出ますと席を立った。私としてももっとしっかりお礼を言いたかったがあっという間にいなくなってしまった。
乱気流で随分揺れたが無事にポートランドに付き、昼1時の成田行きの飛行機に乗れば今回の長旅は終わると考えていた。
搭乗口15番ゲートにはかなりのお客さんが溢れていた頃に、出発の遅延のアナウンスがされた。
機材の不具合が見つかり最低4時間の遅延と発表される。途中墜落するよりはと思ったが、搭乗した代替え機が離陸直前に最後のどんでん返し。
「度重なる遅延により機長を含むクルーの勤務時間が超えることが発覚し、違法となるので出発できなくなりました。速やかに手荷物を降ろして降りる準備をしてください」
しかも最初日本語でのみアナウンスされ、思わず学生のように、『えーっ!!』と叫んでしまった。
「会社の指示を仰ぐので、そのままお待ちください」と付け加えられ、英語でのアナウンスもされ、結局は降ろされた。
搭乗口のカウンターで一人一人振替か翌朝の成田の便を希望するなら今晩のホテルと夕食と朝食のチケットを発券すると言うことで、手続きをる長蛇の列が出来、一人一人に時間が掛かり、旅行会社を通しているお客さんはそれぞれの事務所に連絡し、別個にホテルを手配してもらったようだ。中にはエアポートから1時間掛かるホテルに宿泊した邦人もいたようだ。

私たちはデルタ航空が用意したホテルに送迎シャトルに乗って10分ぐらいのところで、一泊することになった。
送迎シャトルの運転手さんに、少々遅い時間に次々と乗り込む私たちに、どの飛行機会社かときかれ、みな口々に「デルタ」と答え、「みんなデルタ孤児なの」と白人女性が付け足した。これには思わず苦笑いをしてしまった。
たまたまいつもの航空会社を使わず、今回の欠航の憂き目に出くわしてしまった人が何人もいた。

思いの他広い部屋に通され、レストランで、美味しそうな食事を選んで摂って、早々に休んだ。

寝室の境に洒落たデザインのガラス。小綺麗なキッチンがついています。

帰りの飛行時間が10時間余りあるので、今のうちに湯船につかろうとお湯を出そうとしたら、栓が付いてなかった。本意がどうなのか分からないが、こんなことがあると丁重にもてなされているのか、そこそこにもてなされているのか分からなくなる。
しょうがないので手持ちのもので穴を塞いでお湯を溜め、ゆっくり疲れを癒した。
翌朝再度同じレストランで食事を取り、シャトルで飛行場、搭乗手続きを行い、今度こそは時間通りに出発できた。
帰国直前の滞在延長になったけれど、部屋でコーヒーも飲め、ゆっくり休めて食事も美味しかったので、気持ちに余裕が生まれ、遅延の末10時間半も乗るよりかは遥かに楽でよかったのかも。
成田に付いた頃には戦友のように顔なじみになった乗客のひとりが、「ウェルカムホーム」といって労ってくれた。
今回の旅行でも思いがけない出会いが沢山あり、国内で日々ルーティーンをこなすのが必死な毎日を逸脱し、多少体調崩すことがあったけれど、無事に帰国できてほっとした。
かえっていきなりダンスの外せないレッスン予定が2時間後に迫っているのに気が付いた。新しい振りが分かってないので、焦りはあるけれど、まずは頑張らないと。慌しいけれど、まずは仕事の引継ぎもできたし、山済みの仕事を端からかじり取るように手をつけないと、と思いつつまずは荷物を解かないと玄関も狭くて通れないことに気づいた。
飛行場近くで案内されたホテルのレストラン。朝早い出発のお客様のために朝4時から営業。

