田中順也 ポルトガルでの日々と日本代表への想い | Shining Star★+。*

Shining Star★+。*

フィギュアスケートとサッカー大好きです。





スポルティング・田中順也が語るポルトガルでの日々と日本代表への想い
SOCCER DIGEST Web
9月7日 10時40分


▼「ネルシーニョには『お前は動きすぎる』と言われ続けた」

 9月5日、新生日本代表の初陣となるウルグアイ戦でスタメン起用された田中順也。今夏、活躍の場をポルトガルの強豪スポルティングに移し、さらなる飛躍を期すシーズンを迎えている彼を、スペイン在住のライター豊福晋氏が現地で直撃した。

 柏レイソルの合宿で韓国にいた田中順也の下に連絡が入ったのは、6月下旬のことだった。

 当時はブラジル・ワールドカップの最中で、田中は地球の反対側でプレーする日本代表をチームメイトとともに応援していた。ワールドカップに出たい想いは当然あったけれど、力不足だったという認識もあった。TVの向こうに映る世界は、距離にも増して遠く感じられた。

 連絡は代理人からのものだった。
「ポルトガルのスポルティングが獲得に興味を示しているということでした。ポルトガル側の代理人がすぐに答が欲しいと。突然の話でした」

 リスボンのホテルのロビーで、田中はほんの数か月前の出来事を思い出していた。8月23日、スポルティングのユニホームを着て、念願のリーグデビューを果たした。田中はそこで決勝点を呼び込むシュートを放ち、スタジアムに詰めかけた地元ファンの喝采を浴びている。

 移籍に迷いはなかった。スポルティングは世界的に名の知れたビッグクラブだ。しっかりとしたクラブから話があれば、海外挑戦をしたいというのは、田中がプロ入り後から考えていたことだった。

 スポルティングから条件や契約書が届き、彼は「移籍します」と強化部に伝えた。彼にとって幸運だったのは、柏の強化部トップに信頼関係のある吉田達磨氏がいたことだった。クラブとしては戦力ダウンにつながる田中の放出は避けたいと考えるのは普通のことだ。

「吉田さんは元選手だったから気持ちを分かってくれたんです。『スポルティングはチャンピオンズ・リーグに出るし、自分も選手だったら間違いなく移籍を選ぶだろう。俺だったら行く。強化部のトップとしては止めるが』と言ってくれた。吉田さんじゃなかったら、(柏を)出られなかったと思う」

 柏にはもうひとり話さなければならない人がいた。監督のネルシーニョだ。彼は大学でプレーしていた田中を評価し、育て上げた人でもある。ネルシーニョに時間を作ってもらい、ふたりはいろんな話をした。

「大学まで目立った経歴もなかった僕が、プロに入ってリーグ優勝まで経験させてもらった。勝つチームのなかで、日々の努力について彼に全部叩き込まれましたね。毎年タイトルを獲らせてもらったし、これ以上の感謝はない。その結果で代表にも入れた。彼に上手く育ててもらった5年間でした。大学時代はほとんど感覚だけでやっていましたから」

 ネルシーニョに口酸っぱく言われたのは、ピッチの上での動き方だった。田中はFWにサイドハーフと、攻撃的なポジションならどこでもこなせる選手だ。90分間走り続けられる運動量は彼の持ち味でもある。しかしネルシーニョはそんな田中に反対のことを求めた。

「ネルシーニョには『お前は動きすぎる、使いどころを考えろ』と言われ続けましたね。自分は運動量が持ち味なのに、動くなということで最初は苦労しました。それでも、監督の要求に応えているうちに、徐々に分かっていった。それで少しずつ成長できて、日本代表にも手が届くようになってきた。今回のように、いきなりビッグクラブにも入れて……。それもネルシーニョや、周りに叩き込まれてきたことがあったからでしょうね」

 プロになってから海外移籍に対する興味はあったものの、田中は幼い頃から海外サッカーを観てきたわけではない。さらに言えば、Jリーグにもほとんど興味がなかった。自分がプレーすること以外は、なにも関心がなかったのである。

 型にはまったプレーではなく、普通なら打たないような場面でも振り抜く独特の感覚は、むしろ観なかったことで養われたのかもしれない。どこか日本人離れしたゴールが多いのもうなずける。

 しかし、昔から海外サッカーを観ておけば良かったなと思う気持ちは、スポルティングに来てからより強くなった。

「今は観ます。観ないと、全然ダメですね。海外に来ると、まず身体能力の部分で差を感じるわけです。それでも、同じ体格でもやれている選手もいる。だったら、自分もできるんじゃないかと。他の選手のプレーを観ることも勉強になります」


▼「インステップのミドルより、エリア内のやや外側から巻いて流し込むのが理想」

 スポルティングに加入し、2か月が経った。出発の際、成田空港で買ったポルトガル語の参考書は日々開いているけれど、会話はまだ簡単なものしかできない。練習でもミーティングでも、周囲にはポルトガル語が飛び交う。そんななか、田中は必死で溶け込もうと努力している。

「僕はオープンなほうなので、片言でもすごく話しています。昨日もチームメイトとご飯に行ってました。歌って踊っていれば問題ないです(笑)。ただ、最初は勢いで仲良くなれるけど、課題はある程度時間が経ったあと。結局、シリアスな話はできないので、そこからの付き合いは難しくなってくる。もう自分は新しい存在でもないし、変顔にしろ、踊りにしろ、もう笑ってくれなくなった。勉強は常にしているんですけど」

 ピッチの上で今悩んでいるのは、意外にも守備の仕方だという。ホーム開幕戦を前にしたある日の紅白戦で、こんな出来事があった。プレシーズンで絶好調だった田中は、9試合に出場し5得点。プレシーズンのチーム得点王である。地元紙『ア・ボラ』が一面で特集したこともあった。結果を出したことを買われ、田中は紅白戦で先発組に入った。

 しかし周囲と連動した前線からの守備ができず、サブ組にいいようにやられてしまう。後半、田中に代わりフレディ・モンテーロが入ると状況は一変。そして数日後のリーグ開幕戦、先発はモンテーロだった。

「今は4-3-3のFWとしての守備ができなくて先発になれていないんです。元々自分は守備が下手だったけど、日本ではそれがバレていなかった。日本でもボールは奪っていないんです。俺は追い込んで、大谷(秀和)くんとかが奪っていた。でもこっちは前線から奪いにかかる。その感覚がまだなくて、先発を勝ち得ていない。ただ、こんなことはネルシーニョの下で100回は経験しました。がむしゃらに追わないで、ここは取れるというポイントで行く。そこを磨きたいですね」

 田中は体力があるだけに動いてしまう。動きすぎることで疲れて、攻撃の際にもその疲労が影響する。一方でエースのモンテーロはあまり動かずに、ピンポイントで器用に守備をした。

「動きすぎるな」
 かつてネルシーニョが言った言葉は、ポルトガルの地でも普遍だ。

 攻撃面では豪快なシュートよりも、近距離の精度の高いものを狙うように意識が変わりつつある。
「スポルティングのスカウトに評価されたのは、たぶんYou Tubeにあるようなゴールでしょう。ああいう風にまとめると良い選手に見えますよね(笑)。もちろんポルトガルでも同じゴールを決めたい。ただ今はインステップのミドルシュートよりも、エリア内のやや外から巻いて流し込むのが理想。ストライカーはあの距離が一番大事なんです。プレシーズンのイテハド戦で決めたような。そこは自信を持って今後もやりたいです」

 田中がそのプレーを研究し、目指そうとしているFWがひとりいる。レアル・マドリーのフランス代表FWカリム・ベンゼマだ。

「ベンゼマは周りを活かし、自分も活きることができる。個人よりチームを活かせる選手なんです。(クリスチアーノ・)ロナウドと(ガレス・)ベイルは完全に自分のプレーが中心になる。ベンゼマのようなタイプがいないとチームは機能しないと思うし、スポルティングでもそれを考えてやっている。もっと味方から、助かる、と思われたい。こいつがいるとやりやすいな、と。そして味方が作ってくれたチャンスを決めることです」

「シュートは他の人よりも上手いんじゃないかという自信もある。プレシーズンでもそれは感じました。トップ3とやる時の難しさは感じるけど、それ以下とやる時にいかに点を取れるか。10点は少なくとも取りたい。アシストは減るかもしれないですが、得点だけは増やしたい。こっちでもゴールが一番評価されるので」


▼「とにかく結果を残したい。新しいチームだし、インパクトが必要」

 8月末、リスボンをあるニュースが駆け巡った。
『田中が日本代表に復帰』

 所属先のスポルティングが、招集のレターが届いたことを公式に発表したのである。それは田中に期待するスポルティングファンを喜ばせ、日本にまで知れ渡った。

 田中は2012年の親善試合・アイスランド戦で日本代表にデビューしている。今回は2年半ぶりの招集だ。当時の代表で過ごした数日間は、田中にとっては大きな経験となった。

「アイスランド戦の時は、まだ浮き足立っていました。プロ3年目で自分がどうやっていいか分からないままだった。感覚的に、代表に入るのはまだ早かった。メンタルが自分のいる場所についてきてなかったんですよ。大学を出て、すぐにJで優勝してしまった。目標は27歳で代表入りと立てていたんですが、それより数年も早く、ここは未完成では行ってはいけない場所だと思った」

「代表は日本サッカーの頂点で、ストレスも違う。あの頃は自分のなかに幹がなかったので自信もなかった。自信を持ってやっているつもりでも、折れてしまう。その年のシーズンは30数試合で5点しか取れなかった。自信がなくなって、ゲームの入り方で、調子が良い時と悪い時がばらついたんです。代表で周囲の期待値が上がって、自然とミスりたくないと思うようになる。自分は代表選手だからボールを取られたくないと。自分がやらなきゃという思いが変についてしまった。そしてミスを恐れている時は、周りが見えていないんです」

 2年半後の代表で受けるのは、ハビエル・アギーレの指導だ。アギーレは運動量や献身を求める監督だ。田中のトータル面での能力が認められたのだろう。

「代表に定着したい想いはあるけど、それは分からない。あの短い時間で結果を出すには、どうしても高い個人能力が必要。ミドルシュートも毎回ばんばん入るわけではない。どうなるか分からないけど、とにかく頑張りたい。欧州と日本を移動しながらのプレーは、ACLで経験しているので、よりタフにはなっている。昔、代表に呼ばれた時よりは、精神的にも。ウルグアイとベネズエラとの2試合ではとにかく結果を残したい。そうでないと、次に呼ばれることもないと思う。新しいチームだし、インパクトが必要ですしね」

 代表に入った2年前に折れかけた自信。その記憶は今も残っている。そして今回、リスボンの地で受けた代表招集。スポルティングで切磋琢磨し、代表定着を願う彼の心は、もう揺らぐことはないだろう。

 韓国で受けた一本の電話から数か月、田中順也の人生は大きく変わろうとしている。

取材・文:豊福 晋

※『週刊サッカーダイジェスト』9月16日号(9月2日発売号)より


【プロフィール】
たなか・じゅんや/ 1987年7月15日生まれ、東京都出身。181センチ・77キロ。三菱養和SCユースから順天堂大に進み、卒業後に柏に加入。1年目にJ1昇格に貢献し、翌年にはJ1初制覇に貢献する活躍を見せた。今夏、スポルティング移籍を決断し、2年半ぶりの代表復帰も果たす。破壊力抜群の左足が最大の武器で、豊富な運動量も兼備するアタッカーだ。


田中順也選手の公式ブログ「Junya Tanakaオフィシャルブログ」は
http://ameblo.jp/junya-tanaka/





+++


順也くん(^^)
ポルトガルで
大活躍してくれるはず!
ポジティブさ見習います(;_;)