夢インタビュー【Vol.3】
内田篤人選手
スルガ銀行presents
「夢インタビュー」
—サッカーを愛するすべての少年・少女へ—
夢に向かって頑張ってきた人には
きっと新たな夢や目標が見つかる
—ドイツの名門クラブ、シャルケで活躍する内田選手。「努力次第で未来は変わってくる」と、夢を持つ大切さを語ってくれた —
高校1年のとき、
一度、夢をあきらめた。
そんな自分が悔しかった。
小さい頃の夢は、サッカー選手になることでした。正確には『キング・カズになりたい!』と思っていました。三浦知良さんに憧れて、あんな風になれたらいいな、と。現時点でまだカズさんのようにはなれていませんが、サッカー選手になるという夢は叶えることができました。
でも、夢について、僕にはひとつだけ後悔していることがあるんです。清水東高校に入学した日のことでした。うちの高校はサッカーも盛んなのですが、静岡県内で有数の進学校でもあります。だから新入生は、将来入学したいと思っている大学とその学部名を第一希望から第三希望まで書くように言われます。
もちろん、僕だって、高校を卒業したら大学に進学するのではなくて、サッカー選手になりたいと思っていました。でも、そこでサッカー選手になりたいと書くのではなく、周りに合わせるように、とりあえず大学と学部名を3つ書いてしまったんです。他人の目を気にした面もあったし、サッカー選手なんてどうせ簡単になれるものではないとも思ったからなんですけど……。
結局、その後、サッカー選手になりたいとみんなに言えるようになったのは高校2年生のとき。鹿島アントラーズをはじめとして、Jリーグのいくつかのクラブから入団の誘いを受けてからなんです。つまり、僕は高校1年のとき、一度、夢をあきらめてしまったんです。普通に自分の夢を書けばよかったのに逃げてしまった。そんな自分が、ちょっと恥ずかしかったし、悔しかった。それが少しだけ心残りです。
だからみなさんには、夢を聞かれたとき、「僕の夢はこれです!」とか、「私の夢は○○です!」みたいに胸を張って言えるような人になってもらいたい。僕みたいに逃げてはダメですよ(笑)。
そういえば、高校のサッカー部でともに戦った友人のひとりが、少し変わった道を歩んでいます。彼はプロになれず会社員として働いていましたが、あるとき「仕事も手につかないし、やっぱり夢であるサッカーをしたい」と相談してきたんです。それで僕が代理人の方を紹介したことがありました。友人は頑張った結果、JFLのクラブに入って、今もサッカーを続けています。会社員として働いていたほうが収入も安定するし、良かったのではないかという意見もありますが、夢を追って満足のいく生活ができるのなら、それも幸せですよね。
夢を持つといっても、大袈裟に構える必要はありません。どこの大学に入りたいとか、どんな職業に就きたいとか、そういう感じでいいと思います。なにも考えずに高校、大学と進んで、大学がつまらなくて辞めてしまう人がいますよね。それではもったいない。小さい頃から先を見据えて、夢を持っていれば、その後も自分の意志で進んでいけると思うんです。
最後にひとつだけ、「内田がそんなこと言っていたな」と思い出せる程度に覚えておいてほしいことがあります。“夢”をテーマとする話でこんなことを言うのはおかしいかもしれませんが、すべての人の夢が叶うわけではない、ということです。悲しいけど、それもまた現実です。
ただ、ひとつの夢が叶わなくても、夢に向かって頑張ってきた人には、きっと新たな夢や目標が見つかるはずです。これを読んだみなさんは、僕と比べればまだまだ、若いと思う。可能性はいくらでもあるし、努力次第で未来は変わってくる。ぜひ、夢を抱いて頑張ってください。
Vol.3 内田篤人
シャルケ(ドイツ) DF
PROFILE うちだ・あつと
1988年3月27日生まれ、静岡県出身。176㌢・65㌔ 。O型。函南SSS-函南中-清水東高-鹿島-シャルケ。スピードと高い技術を持つ右SB。08年1月から日本代表に定着。010年南アフリカ・ワールドカップ後、鹿島からシャルケへ移籍し、日本人初のチャンピオンズリーグベスト4入りを果たした。
