瀟洒な煉瓦張りの御屋敷からどこからともなくカンツォーネが流れている。
昔のLPのレコードは年季が入りその昔ながらの大きなレコーダーがただものの家ではない貫禄を示していた。
「おい、大嶋!!」蔵田暢三は重圧なドアに叩きつけるようにいった。
「は、はい!」ドアの向こうで明らかに強張った声で秘書の大嶋清也が佇んでいた。
「こいっ!」蔵田の怒声に大嶋は小さくノックすると凍りついたように俯き加減に入ってきて蔵田の前に棒立ちになっていた。蔵田は新聞を大嶋に差し出すと手で新聞をテーブルに叩きつけた。
「これは何なんだ?どうしてうちの内部情報が漏れているんだよ?ええっ?コンビナートの建設に議員までが住民達とグルになって運動を盛り上げているじゃないか?ええっ。誰だ、うちの内部機密を漏らして、コンビナートの建設を阻止しようとしているものは!!造反者を洗い出せ!」蔵田は激昂しながらまくしたてながらいった。
「は、はいっ」大嶋は緊張した面持ちで直立不動になりながらいった。
「わしを愚弄しようなんて、舐めんじゃないよ。わしを舐めんじゃない・・」蔵田は握り拳を震わせなりながら敵対意識を燃やしながらいった。
ドアの開いた隙間から蔵田悠人は蔵田と大嶋の緊迫したやり取りをじっとドア越しに見つめていた。

悠人は足音を立てぬように一階の暖炉のソファー座りこむと、愛犬のゴールデンリトリバーのゴンも悠人の横にやってきてちょこんと座った。
「クゥー」ゴンは元気のない悠人の横で声を鳴らした。
「お母さんは調子が悪くて寝込んじゃうし、お父さんは何だか怖いし、どうなっているんだろう?パパより家族のように僕を可愛がってくれた添田さんはいなくなっちゃうし、寂しいよぉ」悠人はゴンを抱き寄せて細長い顔を撫でた。
「あの大嶋さんっていう人、なんか仲良くなれないよ」
「グゥー」ゴンはいたわるように小さく吠えた。
「添田さんに、会いたいよ。本当のパパより優しかったあの人に会いたいよ。今頃何をしているんだろう。今頃、何しているの?会いたいよ・・・」
「グゥー」ゴンは寂しそうな悠人の手の甲をペロペロと舐めた。
瀟洒な煉瓦張りの御屋敷からどこからともなくカンツォーネが流れている。
昔のLPのレコードは年季が入りその昔ながらのレコードがただものの家ではない貫禄を示している

キンコンカンコーン、キンコンカンコーン、放課後を告げるベルと共に、煉瓦張りの私立の小学生たちは元気よく、登校時よりも元気に帰っていく。生徒の中には親が迎えにきて帰っていく子供達も多数いる。放課後は迎えにくる親の車も多数ある。そんなの見慣れた光景だった。悠人は添田の顔を思い浮かべていた。
(あのおじちゃんががパパの秘書だった頃はよく迎えにも来てくれたのに、今の人になってからは迎えにも来てくれない・・)悠人は少し肩を落としながらトボトボと放課後の帰路を歩いていた時、悠人から少し離れた所で一台のセダンが止まった。中から添田満成が車から降りると悠人の背中に向かって声を掛けた。
「悠人ー!」満成の声に悠人は思わず足を止めて、後ろを振り返った。
「おじちゃん!」悠人は思いもかけぬ、心の奥で待っていた来訪者に思わず笑顔になった。
悠人は駆け足しで添田の所へ向かった。悠人が息を切らして添田の所に向かうと添田は優しい微笑みを浮かべた。
「添田さんに会いたかったんだ」悠人は目にすこし涙を浮かべながらいった。
「そうか?大嶋とはうまくやっているか?」添田の問いかけに悠人は仏頂面をしながらも正直にかぶりを振った。
「あの人は冷たいよ」
「そうか?じゃあ、久しぶりにおじさんの家に遊びに、来るか?」添田の言葉に悠人は次第に嬉しさがこみ上げてきて、明るい笑顔に変わっていった。
「本当にいいの?」
「勿論さ。パパには私から連絡を入れておくから、心配はするな!」
「ありがとう」悠人は満面の笑みに変わった。添田は車のドアを開けると、悠人を車に招きいれた。優しげな笑顔で悠人を車に招き入れるとドアを閉めた。添田の顔が一瞬冷ややかになっていたのを悠人は知らなかった。