「あなたはあの男の人と知り合いだったのね。あの男の人は私は正直好きではなかった。あの人と真広は付き合っていたけれど、あの人には家庭があったのよ。だから私はあの人は嫌だった。どうせ金目当てに娘と付き合っていただけだったんだろうって、虫酸が走るほどイヤだった」祥子は愛歩に優しく語りかけるように本音をいった。

「知っていたんですね」

「そりゃ、そうよ。仲が悪くたって親子なんだし、妹がいて、妹は真広とすごく仲良しだったのよ。情緒不安定な真広の唯一の理解者だったのかもしれない。妹からもいろいろ聞いていたの。だからあの子が亡くなったと聞いたとき、あの胡散臭い、家庭持ちのあの男を凄く疑ったの。そういう記事も出ていたし。私も私立探偵を雇ってあの男を調べたわ。出てくる、出てくる、変な話たちがね・・・離婚もしていないのに、結婚もしていないのに、あの男の会社の負債をどこからかお金を工面してきて返済したというのよ。きっとあの子は利用されて殺されたんだって思って、腹わたが煮えくり返っていた」祥子は遠くをみながら近くて遠い深遠な目を湛えていた。

「沢村さんはすごく真面目な人というか一途な人だと思います。本当は」愛歩はしみじみといった。

「誤解だったようね」

「あんなに一途な人がそんなこと出来る訳ないですよ。普通なら忘れて他の女性とつきあったりするのに、それさえもできないんですよ。それどころか私まで復讐の駒に使われて・・」愛歩は言いかけて慌てて口を噤んだ。

「えっ?」祥子の穏やかな貌が一瞬にして変わった。

「いや・・」

「あなた娘を殺した犯人が誰か知っているのね!本当の、本当の、犯人を!」祥子は愛歩をみる目がキツくなった。

「今はいろいろ複雑すぎて、いろいろあって私の口からいうことはできません!!本当にいろいろあるんです。でも、必ず謝罪するために尋ねてくると思います。その人は。それまでは聞かないで下さい」愛歩は勘弁してと言わんばかりに懇願した。

「そう。それなら遅かれはやかれあの男に聞けばわかるわね。でも娘をなくして私は凄く自分自身も真広に償わなければいけないことに気がついたの。犯人以上のつぐないなのかもしれない」祥子は遠い目をしながら、無意識にスプーンでコーヒーをかき混ぜていた。コーヒーがクルクルと回っていると祥子の意識のコーヒーの渦に巻き込まれるように深遠な瞳を湛えていた。

「真広さんに対する償いですか?」

「あの子を死ぬまで許すことが出来なかった。本当は千佳から結婚することを知らされた時、本当はもう許してあげようって思っていた。お祝いの一言でも伝えて許してあげようと思っていたのに、邂逅することなく、わかりあえることもなく、喧嘩したまま、無視したまま、最低な母親で永遠の別れになってしまった。それって殺した犯人よりひどい母親だと思わない?」祥子の目から大粒の涙がこぼれおちた。

「人はいつかは遅かれ早かれ死ぬものだけれど、まさかこんなに早く死ぬなんて夢にも思わなかった。何でもっと優しく出来なかったんだろう。つまらないプライドで大事な娘を大切に出来なかったんだろう。悔やんでも悔やみきれないわ。」祥子は思わず両手で顔を覆った。

「人っていつ死んでしまうかわからないですからね。すごく大きな病気にかかって死ぬ死ぬって言われても長く生きる人もいるし、どんなに恵まれている人でさえも思いも寄らない所で命を落としてしまうかなんてこればっかりはわかりませんよ」愛歩は慰めるようにいった。

「だからあなたも親を大切にしなければならないよ。許すことが大切なことだったのよ」祥子に言われて、愛歩の胸が一瞬、ズキンときたような気がした。

「あの子の気持ちを尊重できなかったことが亡くなったことより、悲しい気持ちにさせるのよ。だからわたしが娘の夢を引き継ごうと思った」

「あの人の夢とは何だったんでしょう?」愛歩は祥子に伺うようにいった。




「あの子の夢ねぇ、芸能活動していたからアイドルになりたいとか浮ついたものだったのかもしれないわね。でもそれも辞めてから会社を起こしたり、変わった小説を書いていたようだからいろいろあったんじゃないの?でも何も叶えられなかったわね。」

「でもいろいろやって幸せだったんじゃないですか?今だって<悲しみの雨>という真広さん作品は売れているし」

「死んでから評価されたって仕方ないわ」祥子はさっぱりとした口調でいった。

「人生が短くてもいろんなことに挑戦されたのからよかったのかもしれません」

「だから私の反対を押し切ってもやったことは正しかったのかもしれないわね。あの子を尊重できず、親のエゴを押し付けたまま、和解することもないまま別れたから、それが一番つらいことなのよ。犯人なんかどうでもいい。私自身が憎い。わたしが憎いのよ。私が一番悪いのよ」祥子は自分を強く諌めるようにいった。

「あまり自分自身を責めない方がいいと思います。きっと今はすべてを理解していると思いますよ」

「理解しているかどうかなんてわからないわ。本人が見える訳ではないし。私がいくら悔やんでも何も変わらないなら、あの子の小さい頃の願いを代わりに叶えてあげようと思っているの」

「真広さんの小さい頃の夢ですか?それはなんですか?」真広の問いかけに祥子は携帯電話を取り出すと画像フォルダーから一枚の写真を愛歩に見せた。幼児が書くような絵だった。

「これね、真広が小さい頃に書いた絵なの。この頃ね、あの子はお花屋さんになる夢があったの。それでこれが小学生の頃に書いた絵がなの。この頃はここにマイクを握っているでしょ。だからアイドルになりたかったのね。きっと。中学の時に書いた絵には青空の空の下でなんか両手を広げているでしょ。でもあの子の絵を見ているといつも花が出てくるのよ。私にあの子がくれたものに四つ葉のクローバーの栞を手作りでくれたのよ」

「そうなんですね!」

「だからここをお花屋さんにしようと思っているの。あの子が大好きな花をたくさん並べてちょっと休めるようなものにしようと思っているの!!」

「それは素晴らしいですね!たくさんの花に囲まれて、休めるなんて」愛歩は心から祥子の考えに賛同した。

「でも私が思うのは真広さんは何かを表現したかったのではないのかな?って思うんですよ。それがしたかったのではないかって思うんですよ」愛歩はやんわりといった。

「あの子が表現したかったことって何なのかしら?」




「沢村さんは<悲しみの雨>の続きを書きたいのかもしれないっていってました」

「きっとあの子が表現したかったものとはたくさんあったのよ」

「でも、真広さんは悲しみから晴れ間が覗く青空を描きたかったのではなかったのではないかって思うんですよ。何となく。他人であっても、彼女の志を私が受け継ぎたいと思っているんです」愛歩は慎重に言葉を選んで祥子に伝えた。

「でもあの子の本当の願いって最果ての願いって普通の幸せに辿りついて、私と和解することだったんじゃないかって思うの。あの子の最果ての願いは普通の女性としての幸せと普通の親子にただ、戻りたかったんだと思うの。だから、ここで花屋を営もうと思ったの。もし、あなたがあの子の気持ちを受け継ぐというのなら、あなたもあの子ができなかった幸せをあなたがなることだと思うよ」祥子は愛歩に諭すようにいった。

「私も花屋を手伝ってもいいかしら?」

「それはなぜ?」

「あの方亡くなった日、私の夢も潰えた日でした。なんかすごく変な日でした。そこから真広さんに纏わる不思議なことがたくさんありました。それは何を意味しているんだろうってすごくよく考えました。多分、彼女は私にバトンを渡したいのだと思います。お互い潰えた夢を再生していきたいと思います。彼女ができなかった夢のかけらを私が再生していきたいと思います」


生きている人は忘れて生きていく生き物だけれど、死んだ人には朝も昼も来ないんだよ。

ただ意識がそこだけに点在していてずっと想いが続いていくだけだっていう。


人間は幻の世界を生きているって想うの。

だって過ぎた日々を想えば、もう二度戻ることのない幻の世界だもの。ほんの一瞬の瞬きのごとく短い幻想だった。


だからどんな栄光の中で生きていてもどん底の中で生きていても

全ては幻の世界を時間の流れを

なぞるように生きていただけなんだって思う


人間は年老いて生きていくもの

死んだ人間は若返っていてさどんどん若返っていってまた生まれてくるもの

人間は毎日寝てはどんなものも忘れて生きていくもの。

死んでしまうと朝も昼もないから

どんなことも忘れることなく意識がずっとそこにある点みたいなもの

君が思っている以上に何も忘れていないんだよ

苦しいほどに何一つ忘れられずにいる

何一つ・・忘れてなんていない・・

あの日、あの悪夢の時からまるで時間が止まったように

私の悲しい最期の記憶から立ち直れずにいた。

私の叶えたかった願いは

心のない少年たちによって引き裂かれた

その後も、悲しみが癒えることはなく、

私の時間はあの時のまま止まったままだった


でも運命は時間の終わりだと知った時、どんな悲しい結末であっても、時間の終わりを変えることをできないと知った時、私自身が変わって行かなくては行けないと知った。


ほんの少し幸せな時間を過ごすといつまでも未練がましくてしがみついていたいと思うけれど、何もなくて、燃え尽きてどうでもいいと思っている人ほど前に進めるものだと知った時

どちらが幸せかはわからないものだとつくづく思う


でもあの時、止まった時間から

今、少しでも立ち直って

少しずつやり残したものを

消化していこうと思う。


死んでから夢を叶えようと変わってるけれど、それでも叶えたいものがあるのよ


死んだくらいで願いが終わるものではなく

永遠の願いは決して消えることはない

今日から君の影のプロデューサーになって

君が望むのではあれば

手を差し伸べてあげてもいいとさえ思っている


愛歩は机の上で突っ伏して寝ていたら微睡みの中からゆっくりと顔をあげた。

机の横のデジタル時計を見ると午前2:30を指していた。愛歩は午前2時でないことに内心ほっとした。

(よかった、2時を過ぎていて・・)愛歩は訳もなく深い安心を覚えた。その理由はその時まではわからずにいた。

 

愛歩は机の上で突っ伏して寝ていたら微睡みの中からそろそろ起きる再び起き上がった。

机の横のデジタル時計を見ると午前2:30を指していた。愛歩は午前でないことに内心ほっとした。

(よかった、2時を過ぎていて・・)愛歩は訳もなく深い安心を覚えた。その理由はその時まではわからなかった。


むかし、買った家のパソコンが埃を被って眠っていたのを取り出すとノートパソコンを開いてみた。ノートパソコンをつけると、スマホからWi-Fiを飛ばしインターネットに接続した。ピコピコー

音を立ててパソコンが立ち上がると何やらいろいろな表示がされている。愛歩は全部閉じると、検索欄に藤本真広と打ち込んでみるとあの人に纏わる検索ワードがたくさん出てきた。

その中に事故というワードをクリックすると、彼女の「死」に纏わる記事がたくさん出てきている。愛歩はその中の一つの記事をクリックした。

なんと無しに記事を読む訳でもなく、ただ、ぼっーと眺めていた。ぼっーと目で文字を追っていると愛歩は思わず胸を突かれるような衝撃を突如として覚えた。

あの人が息を引き取った時間だった。

<2010.7.20  午前2時に息を引き取った>という見出しをみて、愛歩は思わず息を飲んだ。