「・・・そう」愛歩は特に感心がなさそうに頷いた。


ドアを開けるとドアについていた鈴の音が美しいシャリシャリーンという音と共に2人な中に入っていった。

「いらっしゃいませ」愛歩と純子をみて女性が丁重な挨拶をした。愛歩と純子は店内を見回すと店内は疎らに人が点在しているだけだった。

「今日はお二人でよろしいでしょうか?」

「ええ・・」

「ではこちらへどうぞ」愛歩と純子は上品な女性店員にうながされて角にあり、外がよく見える日当たりのいい、テーブルに案内された。

愛歩と純子は向い合わせに座ると、店員から差し出されたメニュー表をみつめた。案の定、とても高いケーキのセットメニューになっていた。

「やっぱりたかっ・・」愛歩は思わずホンネをつぶやいた。

「大丈夫よっ!私が出すから」

純子はニコッと笑った。

メニュー表には高価なケーキがずらりと並んでいた。

「ここのケーキは外国から直輸入のものばかりなのよ」

「・・・そう」

「あっ、私が気になっていたアースっていうケーキが食べたいわ」

「アース?地球?」

「そうそう、青くて美しい球体のようなケーキなのよ。」

「金箔でもついているのかな?」愛歩は冗談めかしに笑った。

「大丈夫よ。今日は私が出すから。それよりもこのアースっていうケーキが食べたいわ。何だか神秘的なケーキが食べたい気分だわ」

「何でもいいですよ」

愛歩は諦めたように言った。


注文してから愛歩と純子の元に運ばれてきたアースというケーキというものが深青の球体をしていて、金箔がまぶされていた。その上にはカラフルなチョコペンシルでアーティスティックな模様がデコレーションされているように滅多にお目にかかれないケーキの仕様になっていた。

「わぁ、すごい」愛歩と純子に差し出されたケーキは人生でみたこともないような美しく球体を描いた傷一つない透明なケーキだった。

「こんなケーキみたことはないわ」愛歩はさっきまでのネガティヴな気持ちを忘れて愛歩は嬉しさで心が満たされた。

「何か引き込まれそうなケーキね」愛歩はため息をもらした。

「ずっと行ってみたいと思っていたのよ。最後に来れて嬉しい!」

「最後、最後って何なのよ」愛歩は再び、純子の言葉にひっかかって再度、聞き直した。

「いや、こんな高価なケーキを食べられるのは最初で最後だっていう意味よ」純子は取り繕うように笑った。

「そう。でも大丈夫?こんなに高いもの」

「いいのよ。一人で来る勇気もないし、人間、時には紙切れの奴隷から解放されるのもいいんじゃない?」純子はどこか意味ありげにいった。

「えっ?紙切れからの奴隷?」

「毎日、生活に追われて、精神も崩壊しそうだっていうのにさ、すべてにいやんになっちゃうのよ」純子はなげやりになっていった。

「追い立てられるような暮らしよね。暮らしという名の時間に追われているのよね。時間に追われないゆとりのある時間というものには縁がないわね」純子はなげやりにしみじみといった。

「ホントよね」愛歩もしみじみ同調した。

「別にどん底だからという訳じゃないけれど、最近、宇宙とかスピリチュアリティーなものについて考えるのよ」

ギー。オード・アド・ミラブルの扉を開けると男が疲れた顔で中に入ってくるとカウンターの前に座った。

上品なウエイターなのか、オーナーなのかわからない女はカウンターの隅に座る男に何の注文を受けていないのに、ウイスキーをグラスに氷と一緒に注ぐと黙ってウイスキーを飲み干した。何も言わなくても阿吽の呼吸でいいたいことがわかるなんて、知り合いでいることは遠くからみている愛歩にだってそれくらいはわかった。

「どうしたの?」純子はどこか違う所をみている愛歩にさりげなく問いかけた。

「あっ、ううん、何でもない」愛歩はカウンターに座る男からすぐに目を逸らすと純子にすぐに意識をむけた。

「何か世の中を嘆いても何も変わりはしないけれど、富める者と貧しい者、利用する人間と利用される人間、罪と罰、諌める人間と諌められる人間、支配する人間と支配される人間、報われる者と報われない者、まぁ、こんな感じでこの世の中はなりたっているのよね」純子は分析するするようにいった。

「じゃあ、私たちは何なのだろうか?支配されている人間?それとも利用されている人間なのかな?」愛歩も分析するように

「支配とか利用とまでもいかない気がするけれど、少なくとも報われない気がする」純子はため息をつきながらケーキを一口口にした。


「でも世渡りはうまくできないのかもね。うまく男に甘えられたり、嘘でもおだててさ、スキンシップで距離を縮めていく女もいるのにそれも出来ないのよね」愛歩も分析するようにいった。

「でもさ、そんなことを考えても仕方ないよね。人生なんてなるようにしかならないんだし。生きている時は生きているし、死ぬときは死ぬ訳で、何やってもうまくいかない時はいかない訳で、ただそれだけの話じゃないか?病気になるときは病気になるし、健康な時は健康な健康な訳でそれだけなのよ。今、私な何をやってもうまくいかない時期で体調もよくないけれど」純子は微笑みかけるようにいった。純子は愛嬌があり、ぽっちゃりな体型だけれど、アイドルが30歳近くになっても、どこか憎めない感じがしたけれど、どこか脆く弱い感じがする女性(ひと)だった。優しくて弱い感じがした。

「なんかやんなっちゃうのよね。暇で金なしだからテレビばかりみていたらよく延命治療を断る人っているじゃない?そこまでして生きていたくないよってさ。ホントにその気持ちがわかるんだよね?」純子はコーヒーをロイヤルミルクティーを一口飲み干した。

「あなたもまだ若いんだからそういう人と比べることもないんじゃない?」愛歩は牽制するように言った。

「でもこの世の中、いつそんな風になるかなんてわからないじゃない?」純子はどこか達観したように深遠なまなざしをティーカップに向けるようにいった。

「まぁ、そうだよね。いろいろあるからね」

「でもさ、あなたは何も心配する必要はないと思うよ」

「・・・えっ?」

「私は、こうみえて、大学は哲学部だったのよ。心理学を専攻していたんだけれど、その時、仲よかった友達に連れられて自己啓発セミナーにすごい超能力をもった人がいてね、その人と接するようになったら、全部ではないけれど、うっすらと未来が見えるようになったのよ。まぁ、オカルトみたいな何の役に立たないようなことが好きなのよね」純子は急に生き生きとした表情(かお)になって想いを語り始めた。

「人間の悲しみには二つの悲しみがあることを知っている?」

「2つの悲しみ?」愛歩は思わず反問した。

「そうそう、悲しみにはさ、天罰のために受けるための悲しみと、幸せを知るための悲しみがあるということなんだ」純子は遠い目をしながら言った。





「2つの悲しみ?」愛歩は思わず反問した。

「そうそう、悲しみにはさ、天罰のために受けるための悲しみと、幸せを知るための悲しみがあるということなんだ」純子は遠い目をしながら言った。

「何となくいいたいことはわかるような気がするわ」愛歩は言葉の意味を推し量るようにいった。

「もっと端的にいうと、永続的に続く悲しみと、一過性の悲しみというのかな?永続的に続く悲しみって救えないのよ。まるで迷宮の中に潜り込んで出口のみえない迷路をどうする術もなくあてもなくただ彷徨うの。信じるものは救われるっていうけれど、そんな生易しいものではないわ。信じたって救われない、どうすることも出来ないことってたくさんあるのよ」純子は愛歩の顔をまっすぐにみていった。カウンターに座る男はウイスキーを飲みながらさりげなく純子の話を聞いた。

「・・・そうね。私もなかなか報われてないわ」愛歩も頷きながら同調した。

「でもあなたは違うの。一過性の悲しみだと思うの。一過性のつらさなの。その場合は全く意味が違うのよ。実は本当意味で幸せを知るための悲しみなのよ。通り抜けていくというか、突き抜けていくというか?最初から幸せな土台にいる人は本当の意味で幸せを知ることができない。この世に生まれてきたのは何かしら意味を知るためであり、その意味を知るためにはその真逆の感情を理解する必要があるんだよ」純子はアイドル好きのするあどけない面影からは想像も出来ないほど、深い思想の持ち主で愛歩は内心、脱帽していた。

(この人・・・一体何者?何のためにこんな深い話をしているの?)

カウンターに座っている男はグラスを握りしめたまま、身動きできないでいた。

「同じようなつらさや悲しみを背負っていても向かっていく方向が全然違うんだもの。地を這うような、いやむしろどんどん落ちていく自分と、這い上がっていこうとするあなたは一瞬、すれ違っただけの出会いだったのよ。あなたがこの先、どんどん駆け抜けて幸せに向かっていったら、私のことなど想いだすことなんてきっとないと思うの」純子は何か悟りの境地にいるような気持ちで、愛歩に語りかけた。愛歩は言葉では表しがたい何も不思議な気持ちになった。

(まるで遺言みたい・・この人・・一体何者なの?)愛歩は呆気にとられながら聞いていた。

カウンターに座る男はグラスを握りしめたまま、ゆっくりと後ろに座っている愛歩と純子をそっとみつめた。

「夢なんてないんだ。誰かに想いをたくしたいなんていう気持ちもない。私は今が楽しけりゃいいんだ。何にもないし、ずっと誰かに愛されたりもない。明日、死んだらそれはそれでいいと思うんだ。誰も悲しみはしない。でも夢や野心がある人は生きて、ちゃんと結実させないといけないと思うよ。夢がある人ほど、どんなことがあろうと、愛されなくても、生きて、生きぬかなくてはいけない」純子はまっすぐに愛歩を見据えていった。

「適当に生きている人より、人生の重みが違うんだから」純子の目に、脳裏に一体、何が見えて、感じているのか、愛歩はふと疑問がよぎった。


愛歩と純子を店を出るために純子がお会計をしているとカウンターに座っている誠一と愛歩は何気に目があった。

愛歩はたじろいで、訳もわからず、軽くお辞儀をした。誠一はそっと目を逸らした。愛歩も慌てて目を逸らして、お会計を終えた純子と一緒に店を後にした。

「あっ、お客様!」店から女の店員が慌てて愛歩と純子に声をかけられ、愛歩と純子は思わず振り返った。店員は慌てて中から出てくると、愛歩と純子に可愛らしい高価な封筒を一部ずつ差し出した。

「こちら、来店時された方、皆様に差し上げているんですよ!またのご来店をお待ちしております!」女性はそういうと深々とお辞儀をした。

「あ、ありがとうございます」愛歩と純子はおのおのとお辞儀をした。


愛歩と純子はその場を立ち去ると渡された封筒を開封した。

「なんか、高いだけあってアフターサービスもしっかりしているね」

「ホントだね。なんだろう?」愛歩が封筒から出したものは一枚のポストカードだった。

綺麗な外国の景色があり、ポストカードの下には英語でodeadMirabullと金字で刻印されていた。そして裏をめくってみると薄い文字でポエムが出ていた。

「これ、ポストカードなの?」純子は愛歩に問いかけた。

「たぶん・・・」

「ポエム入りのポストカード。なんかすごいわ」

「センシティブ・・っていうポエムだけれど、三沢さんのは?」

「私のもセンシティブって書いてあるわ」

愛歩はポストカードの裏に書いてある綴りがきのようなポエムを愛歩は小声で読み始めた。


センシティブ


夢を追いかけながら

生きている少女がいました

ひたむきに夢をおいかけている

都会の隅のすみにけなげに

働いている少女をみて、私は思わず微笑ましくなりました

私は君を応援しているよ

誰も君の夢をまだ理解できなかったとしても  

いつの日か夢が君をおいかけてくれるよ

今はまだ見果てぬ夢を追いかけていたとしても


ほんの少しの可能性を逃さないで

世界中から、宇宙から贈られてくる

メッセージを見逃さないで

想いは時間や空間を超えて残り続けている

ほんの少しの時差で送られてくるメッセージを逃さないで

想いは時間や空間を超えてつながっていくはず

今はまだ大きな夢を

見果てぬ夢を追いかけている

すべてがはかないと泣いてしまう夜さえも

いつか笑えるくる日が

今はまだ大きな夢を追いかけていても

つまづいても

全ては学びへのone  way

小さい頃はみんな同じことを学んでも

大人になっていくと

それぞれのカリキュラムをこなしていく  


この現実(せかい)で出会うことがなかったとしても

すれ違うだけのもう出会うことのない

君だとしても

いつの日か夢が君を追いかけてくれるはず   

私もたくさんの過ちや失敗を

繰り返したけれど、ひょっとしたら

一生、バカだと言われ続けていくのかもしれない

一生、誤解を受けたままなのかもしれない

けれど、君がいてくれたから

このどうしようもない

悲しみを乗り越えることができた

時間と空間という概念のないこの想いだけの

深遠の彼方から   


今、君に果てしなきエールを贈ろう。