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僕は東京の23区内の西部にあるアルコール依存症者の自助グループの会員です。

実際には仕事で東京から異動してしまって、もう二年半程は例会に参加できてはいません。

しかし、断酒初期を過ごしたその自助グループとは(僕の思い込み?勝手で。笑)強い絆で結ばれており、今で胸を張ってそのグループのメンバーだと言うことができる気がします。

思い起こせば、そのグループにディープに参加することができたのは、断酒初期、アルコール病棟を自主的に途中退院して自分なりの断酒の道を探していた半年間でしかありません。

ご多分に漏れず、僕も自助グループは苦手で、

「AAは宗教臭いが、断酒会は説教臭い」

などと言って、本心では参加を嫌がりながらも「断酒のため」と歯を食いしばって参加していたのが、この断酒初期、自分なりの断酒の道を探していた期間でした。

結果的に今振返ると、この自助グループに参加できたことと、もうひとつ「内観」という治療法に出会ったこと、このふたつが曲がりなりにも現在断酒を続けることができている、そんな状態の背景にあるのではないかと思われます。

自助グループにありがちな「先行く人」「先を歩く人」の価値観の押しつけがほとんどない、そんなグループでした。

毎回まいかい「こうすべきだ!」だとか「こうあるべきだ!」とか、そういう言葉がほとんど出ない例会でした。

ともすれば、断酒初期のメンバーにとっては最大の関心事でる

「どうすれば上手く断酒できるか?」

とか、そういう話は、同時に、

「断酒するためにはかくあらねばならんのだ!」

というお説教とも表裏一体であるように、僕は感じます。

自助グループにおいては、断酒会に限らずAAにおいてもこの種の決めつけが多く話に出てくるように感じ、それが僕をして自助グループへの参加を億劫にさせた、そんな理由の一つかと思います。

もちろん自助グループへの参加における最大のメリット、そのひとつは、

「既に断酒に成功している仲間、先輩の生き方を見詰め、そこから断酒の手法を学ぶ」

ということだと思います。

実際僕の自助グループへの参加においてはこの効果を実感する日々でした。

僕の所属するそのグループでは、説教ではなく、先輩が、

「断酒して行く上での日々の悩み」「日々の楽しみ」「苦しさ」「喜び」

などを淡々とお話、共有してくださる、そんな場がありました。

その肩の力の抜けたスタンスが、参加しやすい雰囲気であることはもとより、その気張らない威張らないスタンスこそが、

「一生続く断酒という行為を継続させる一番のこつ」

であることを言葉ではなく背中で見せてもらったような気がします。

何しろ会員の中の一番の有名人はある漫画家の先生でしたが、マスコミに堂々と発表する漫画において

「私はアルコール依存症者の自助グループが嫌いだ!」

と描かれる方でした。笑。

自助グループ嫌いを公言しつつ、結構な頻度で例会には参加されており、気安く僕と写真撮ってくださったり、会報に漫画を描いてくださったり!しておられました。


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